2章③装備を調える

 美容院を出てから十分ほど歩いて、きれいなビルにたどりついた。 

 仙台エヴァース。

 よくテレビCMを流している、県内では有名なファッションビルだ。

舞が僕の手を握り、引っ張ってくる。

「さて次のクエストです。ここで服を買いましょう!」

(わわっ、手すべすべで、滅茶苦茶小さい……)

 女子と手を繋いだのなんて、三年前に高嶺さん(憧れの先輩)と以来だ。心臓がバクバクする。

 中に入る。

 仙台エヴァースは1階~2階がユニクロやGUなどの低価格帯の店。3階以上がブランドもののフロアになっているようだ。

 まずエスカレーターで三階に行き、手近な店に入ってみた。

 なにげなくTシャツを手に取る……タグを見て仰天した。

(高い!)

 七千円。

 Tシャツなのになんという価格。新作ゲームが買えるじゃないか。

「『新作ゲームが買える』って顔してますね」

 タグを覗き込んできた舞に、図星をつかれる。

 Tシャツのデザインを見ても、高い理由がわからない。白地に、ブランド名のロゴがあるだけだ。デザイン以外の特長があるのだろうか。

「これ、ユニクロより丈夫だったりするの?」

「そんなことはないですよ」

 舞は値段の理由を説明してくれた。

「ユニクロが安い理由の一つが、同じ品を大量生産するからです。こういうブランドものは、少数生産だから高くなるんですよ」

「くっ。陸奥大生が、女子高生に経済論理を教えられるとは……年上としての立場がないよ」

「今日、ほとんど『年上の立場』なかったじゃないですか」

 納得してしまう自分が悲しい。

「勉強を教えてくれる時は、頼りがいあってカッコイイんですけどねー」

 今日教わったマイナス・プラス話法か。手玉に取られていても喜んでしまう自分も悲しい。

 やられっぷりもシャクなので、こう言い返してみる。

「僕には『頼りがいがある』か……なるほどね」

「え、なんですか?」

「一度はそこに、君が惚れたくらいだからな」

「そ、それはガウェインへの話ですっ! ガウェインの!」

 舞が頬を染めて食ってかかってきたとき、トートバッグから着信音がした。

「あ、すみません。ちょっと友達から電話です」

 舞はスマホを耳に当て、廊下へ出て行った。

 ひとりになった僕。手持ちぶさたにジャケットの値札を見ていると、足音が後ろから近づいてきた。

「どんな商品をお求めですか?」

 若い女性店員だ。いきなり声をかけられ、たじろいでしまう。

(いかんいかん。これもコミュニケーションの練習)

 『声の張り』『笑顔』『目を見る』を一つずつ意識して、相対する。RPGで、防御魔法かけまくってから戦うヤツみたいだな。

「あの、普段着られるものが欲しくて。あとは……」

 僕の拙い説明に「へぇ」「なるほどぉ~」などと、笑顔でハキハキ返してくれる。

「是非、お客様にオススメの商品があるんです」

 そして店員さんが持ってきたのは、鮮やかすぎるほど紫色のジャケットだった。

(え、紫??)

 戸惑う僕に、店員さんは流れるようにセールストーク。

「これ今すごい売れてて、残り1着しかないんですよ。紫は今年『くる色』と一部で言われてますし、着回しもききます。読モの峰岸トオル君も着てますし」

「へー。売れてる……残り1着しかない……」

「お客様にお似合いだと思います」

 素敵な笑顔。この店員さんが言うなら、検討してもいいのでは?

 それに結構会話したし、何も買わないのも申し訳な……

(いや待て!)

 こんな派手なジャケット買っても、普段着にはしたくないぞ。絶対無駄になる。

「すいません! 持ち合わせがありませんでした」

 逃げるように店から出る。

 そこに、舞が立っていた。電話は終わったらしい。

 柔らかそうな髪を耳の上にかきあげながら、

「今のやりとり見てましたけど、あのショップの店員、在庫を消化するつもりでしたね」

「そうか」

「でもあの店員さん見ると好感持っちゃって、なんか『買わないと悪いな』という気分になりますよね。さすが接客のプロです。ああいう笑顔とか、見習った方がいいと思いますよ」

 世間には、手本とするべき人間が山ほど居る。それは、一人だと気付けないことだな。

 しかしあの店員……ダサイ僕をナメて、在庫を売りつけようとは。ちょっと腹が立ってきた。

「おのれ……つうか『ショップの店員』ってなんだよ。ショップって『店』って意味だから、訳すと『店の店員』になるじゃないか。『山の山奥』みたいなもんだろ」

「はいはい、そーゆーのいいですから」

 舞が面倒そうに流して、僕の腕をひっぱってくる。ボ、ボディタッチ多いな。兄がいるせいか、それともリア充だからか。

「まだセンパイは、このビルで一人にはできませんね。店員に食い物にされるおそれがあります。姿勢の悪さ、ダサめの服装などが、店員にナメられる要因ですよ」

 強い仲間なしでは魔物に瞬殺される、ザコプレイヤーみたいだ。

 ふだんは孤独を気取っていても、人の中で揉まれるとなかなか上手くいかないもんだな。



 とりあえず、店をひととおり見てみることにした。

「『この店の服、なんかいいな』と思うのがあったら、覚えておいてください」

 舞に言われた通り、そういう店をスマホでメモしておく。

 店員さんが話しかけてきたら、『笑顔』『声の張り』『目を見る』に留意しつつ応対する。猫背になってきたら、頭頂部をつかんで直す。

 受験勉強と同様、訓練はコツコツやるのが大事だ。

 一通り店を見終わった後、舞にメモを見せてみる。

「じゃあこの三つの店の、どこかで買いましょうか」

「僕が選んだ店でいいの? 自信がないけど」

「直感は大事です。自分が『この服着てみたい』と思わないと、買っても楽しくないですからね-」

 それから僕たちは、その中の『ヴィズマ』というブランドの店に入った。

「ここ、全体的に落ち着いた感じで、なんかいいな、と思った」

「なるほど――あ、あのパンツ、センパイにいいですね」

 なんで下着? と思ったら、舞が指さしたのは、マネキンが穿いている黒いデニム生地のジーンズだった。ジーンズをパンツっていう風潮、ややこしくない?

 だがこのジーンズ、もといパンツは……細い。身体に張り付くような感じだ。僕が穿いているブカブカのものとは随分違う。

「こういうの穿くと、僕の貧弱な足腰が丸見えになって、ひ弱さが際だたないか?」

「センパイの体形は、確かにド貧弱ですけど」

「おい」

 僕が軽く突っ込むと、舞が白い歯を見せた、

「あはは、ごめんなさい――でも、手足が長くてモデル体型ともいえるんですよ」

(モ、モデル体型?)

 そんなの初めて言われたぞ。貧弱体型は高校時代にイジられたこともあり、コンプレックスなのに。

 納得しきれないでいると、男の店員さんが近づいてきた。

「お連れの方が言われた『モデル体型』というのは正しいと思いますよ」

 そう言った店員さんこそ、モデルみたいだった。

 身長は180半ばくらい。かなり整った顔立ちに、安心感を与えるような柔らかい笑み。

 スーツが似合っているけれど、履いているのは革靴でなくスニーカーだ。これが今日スマホで調べた『外し』ってやつか? なるほど、革靴より親しみが持ちやすい気がする。

(あれ? でも、この人どこかで見たような……)

 怪訝に思っていると、店員さんが僕の脚を見て、

「いま穿かれてるゆったりしたパンツより」

 そして先程、舞が提示したマネキンを指さす。

「あれくらいの方が、お客様の美しいシルエットを活かせていいと思います」

(美しい)

 自分の体で、そんなこと言われたの初めてだ。

 僕は頬を染めて、もじもじした。

「そ、そこまで言うんだったら……試着しちゃおっかな」

 純朴な田舎娘が、おだてられて水着グラビアを撮らされる時ってこんな感じかもしれない。


 試着室に入ってジーンズを脱ぎ、店のものを穿いてみる。

 そして、鏡に映った自分を見てみた。

「お……」

 さっきまで穿いていたジーンズは、今考えるとだらしない感じだった。

 でも今はシュッとしてて、足が長くも見える。驚いた。パンツ一つでこんなに違って見えるのか。

 期待半分、不安半分でカーテンを開けてみる。

「「いいですね!」」

 舞と店員の、異口同音の賛辞。

 舞がしゃがんで、パンツの裾を伸ばしながら、

「私の予想通り綺麗なシルエットですね。しかも黒なら、他の服とも合わせやすい! さあレジへ!」

「君は店員か」

 そう返すと二人が笑う。僕も嬉しくなった……なるほど。笑顔って、会話相手を気持ちよくするものなんだな。

 店員さんは外人のように肩をすくめて、

「私の言いたいこと、お連れ様に全て言われてしまいましたね。でも本当にお似合いですよ」

「ですよねー! じゃあ店員さん。次は上着を見繕いましょう」

「喜んで」

 そして舞は店員さんとともに、シャツやジャケットを手に取って議論したり、僕の背中に服を当てたりする。

 ……その真剣な姿に、少し見とれてしまった。

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