第5話

「大好きな親友ってことですかね。思い当たる人は?」


すべてのカードを順に並べ、女性警官はつぶやいた。


大学時代の友人とは浅く広くの付き合いで、就職後はほとんど連絡を取っていない。地元の友人も同様だし、わたしが今どこでなにをしているかなんて、両親が言わない限り知るはずもない。



――まさか。



一抹の不安が心をよぎったが、いくら他人との垣根が低いあの土地でずっと暮らしてきた両親でも、さすがに本人の了承なしに連絡先を教えない程度の分別は持っているはずだ。


(女性の一人暮らしなんだし)


それに、親友と呼べるような友人はいなかったと思う。同学年は一クラスのみ。男子15名、女子13名のみの少人数のクラスで、表向きは結束が固いように見えて、幼い頃から人間関係はどろどろだった。


ほかとちょっと違うことをしたり、目立つことをすれば、陰口をたたかれる。仲間外れにされる。


閉鎖的な村の、閉鎖的な学校の、閉鎖的なクラス。


――ほんとうに、嫌いだった。


思い出したくもない過去を振り返り、ぼんやりしているわたしの背後で、酔った中年男性が騒ぎ始めた。飲み足りないとかなんとか、大声でわめいている。



「んー、これだけじゃなんともいえないですね。気持ち悪いだけなら、受け取り拒否もできますよ。受取拒否って書いたメモにハンコか署名もつけてポストに入れるか、配達員に渡すか、郵便窓口に持っていくと対応してくれます。差出人がないので返送はしてもらえないけど、その場合は一定期間郵便局が保管したあと破棄してくれるはず」


机をこつこつと爪で叩きながらカードを見比べていた警官はそう言って、唇をへの字に結んだ。


「あ、そんなのあるんですね。……でも一度は受け取らなくちゃいけないんですよね。差出人が書いてないのは配達しないっていうのはありなんですか」


尋ねると同時に中年男性が暴れ始め、椅子が倒れる音も響いた。女性警官は明らかにそちらに気を取られ、わたしの背後に視線を置いたまま早口で答える。


「いえ、わたしは郵便局員ではないのでそこまではちょっと。とりあえず新しい住所のほうには届いてないんですよね? なら、住所は知られてないはずだから、もう少し様子を見たらどうでしょう? 不安なことがあればいつでもご相談ください」


この話題は早々に切り上げて酔っ払いのほうの助っ人をしたいといった態度に、ついため息がこぼれた。


「そうですね。またなにかあったらご相談します」


アパートに戻り、会社の手紙をぼんやりと眺めた。


『総務部 竹原 美代子』


どこか見覚えのある名前だ。特別珍しい名前というわけでもないから、高校か大学のそれほど親しくない人の氏名と一緒というだけかもしれない。




翌日、出社して間もない頃に店長から内線がきた。


「早川さんに本社から」


本社と聞いただけでわたしの心は浮き立ったが、直後にあの郵便物のことかと思いなおし、こぼれそうになったため息を押し殺す。


接続が切り替わる音を待ち、

「早川です」

と名乗る。


「本社総務部の竹原です。早川さつきさんですか?」


「はい。郵便物を転送してくださった方ですよね? お手数おかけして申し訳ありません」


おそらく注意のための連絡だろうと思い、先に謝った。


「以前の住所のオーナー様には連絡しましたか? いつ頃までに転送届を出してくれるか知りたいとのことですが、先方には早川さんからご連絡いただけますか」


「ゆうべ、ネットで手続きをしました。休憩時間に連絡します。ただオーナーさんの連絡先が手元にないので、もしご存知でしたら――」


「申し上げますね。03の――」






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