第3話

なぜこんなに気持ちの悪い封書が届くのか。


たった一文字だけ送ってくる意味も分からない。


誰にも迷惑をかけず、ただ退屈な日々を過ごしていたわたしが、なぜこんな目に合わなくてはならないのか。



スマホで不動産情報を調べ、敷金礼金をローンで組める比較的安い物件をピックアップする。


(変な手紙のせいで、こんなに出費がかさむなんて)


敷金礼金だけではない。引っ越し業者に支払う金額もある。


(どうせなら、もう少し店に近いところに引っ越そうかな)


就職が決まったときは、本社に近い住所で部屋を探した。それが店舗勤務になったものだから、乗換は一回で済むものの、想定していた通勤時間よりも二十分ほど長い。


(朝の二十分は、かなり大きいし。もっとゆっくりできるなら、それにこしたことはないし)


――本社勤務が決まったら、また引っ越せばいい。


お金より、毎日ポストを見るたび怯えなくてはならない精神的負担のほうがつらい。


わたしは気になった物件にチェックを入れ、不動産会社からの連絡を待つことにした。


店舗は京葉線沿線上にあったため、千葉方面の駅近くで部屋を借りることにした。ここなら現在より家賃も安いうえ、築年数も新しい。



エントランスにはオートロック、ポストも暗証番号を入力して開く仕様だ。建物のオーナーでもある管理人が昼間は常駐しているから、見知らぬ者がポストに近づく心配もない。


物件を決めてから引っ越しまでほんの一週間。勤務時間以外は引っ越し作業に追われ、あまり封筒のことは考えずに済んだ。


引っ越し先への郵便物転送届は出さない。必要なものだけ住所変更の手続きを日々行いながら、差出人不明の封書は配達しない設定があればいいのに……などと考える。


コンパクトなシュレッダーも購入し、毎日届く白い封書が細かい紙片となって透明なボックスの中に落ちていく様を眺めるのが日課となった。




一週間後。


新居に引っ越し、何も入っていないポストを確認したときは、大きな安堵に包まれた。シュレッダーの出番も、今後はずいぶん減るだろう。出費に見合う安心感を得ることができたと、そのときは思ったのだが――


しばらくは、ポストを覗くたびに緊張していた。


そこに白い封書がないことに安心し、10日も過ぎる頃には白い封書は過去のものになっていた。喉元過ぎれば――といった心理状態なのだろう。




「こんばんはー。お疲れ様です」


その日は早番で、19時に帰宅した。管理人もちょうど帰ろうとしていたところで、すれ違いざま笑顔で挨拶する。70代くらいの痩せた老人は照れたような笑みを浮かべて会釈し、アパートを出ていった。


管理人室前にあるポストを確認すると、宅配便の不在票が入っていた。荷物を受け取った管理人が、ポスト横にある宅配ボックスに入れておいてくれたらしい。メモにあった番号を入力して中を覗くと、会社の総務部が差出人の小型段ボールが入っていた。


(異動が決まった?)


まず、そんな考えが浮かんだ。入社時、本社営業部もしくは企画部への配属を強く希望している旨を伝えていたから。


そのための書類が、届いたのではないかと思ったのだ。


異動が決まるにはさすがに早すぎるだろうと思いつつ、いそいそと箱を開ける。


目に入ったのは、ゴムでひとくくりにまとめられた、見覚えのある白い封筒の束だった。


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