第3話 カップラーメン

 テレビ横にあったリモコンを取り、テレビをつけた瞬間に、部屋は明るくなった気がする。そして気まずい雰囲気もなくなり、勝手に賑やかになっただろうと思った所で、俺の興奮度はより増してきた。


 超絶美少女が同じ部屋の隣のベッドに私服で座っている。抑えられない衝動に駆られたが、契約書に書いてあった文を思い出し、自制した。


 ──拷問だ。


 しばらくテレビを見ている風で、千鶴の妄想をしていると、


「桐崎千鶴」

「ん?」


 千鶴が本名を晒したのだ。知っていたが。


「ん? じゃない! 自己紹介しろって言ったのあんたでしょ!」

「あー、ごめん。千鶴ね、いい名前だね」

「でしょ。ってかキモい」


 お世辞でもなく、そのちづるといういい響きの名前を褒めただけなのに。


「俺は、南雲綾斗」

「なぐもあやと……。なんか聞いたことがある」

「そうか!?」

「キモい近づかないで」


 俺の最高のオカズに知られているかも知らない事に、目を輝かせただけなのに辛辣すぎる。



「なぁ千鶴」

「何。ってか名前で呼ばないで」

「じゃあ、ちづ」

「友達の呼び方じゃん、やめてよ」

「じゃあ千鶴」

「……もぅいいよそれで。で?」


 少し理不尽気味でいる千鶴だが、やはり彼女から何を言われてもいいような気がした。

 

「あのさ……俺さ、桜ヶ丘高校──」

「ひぃっ!!」


 途端に千鶴は、一気に顔を青ざめさせて、座っていたベッドからさっと飛び降り、後退りをする様にベランダの窓に背をつけた。


 ベットを間に挟んで、俺は彼女になにかまずい事を言ったかと思った。


「どうしてそれを知って!」


 ああ、そういうことか。千鶴は俺が同じ高校じゃないと思っているんだ。流石に俺のこと知ってるわけないか。


 ガタガタと震え、華奢な体を両腕で守るようにしている千鶴を見ていて、俺は決して行動にしてはいけない加虐心に駆られた。


「俺と同じ高校だって」

「は?」

「同じ高校の綾斗だよ」

「……意味がわからない」


 とは言いつつも、震えは治ったようで安心した。


「……なんでこんな所にいるの?」

「こっちも同じセリフだよ。ただ楽して稼ぎたかっただけ」

「何その煩悩は。馬鹿なの?」

「いや、このバイトをしない方が馬鹿だね。そーゆー千鶴はどうなの」

「私は短時間でたくさん稼げて、忙しくないからこの仕事にしたの」

「お前の方がよっぽど煩悩だよ」

「は?」


 なんだろう、千鶴の言うことは軽く論破できそうだ。人のことを言えないのだ。しかしそんなとても可愛くて自由な千鶴を見ていると、論破する気もしたくも無くなる。これが彼女の魅力なのだろうか?


 相変わらず彼女との物理的な距離は変わらない。ベットに腰掛けている彼女の後ろで、俺がベットに腰をかけたらどんな反応されるか。予想がついた。そしてそのベットが大きい理由も二つある枕の理由も納得がついた。そして思った。


──そうか、二人でここで寝るのか。


 そして、その日の日中、殆どはテレビを見ることで過ごし、夜を迎えたことがベランダ越しの空模様で分かった。


 お腹が空いてきたが、家では基本的に母が料理を振る舞ってくれるため、ここにキッチンがあるも、俺に料理はできない。


 そして、もうこの空間に慣れたようにベットに寝転がり、相変わらずスマホを見ている彼女に、


「ちょっとカップラーメン買ってくるわ」

「ブッ!」


 そう言うと、スマホを目の前にしながら横目で俺を馬鹿にしたよう笑った。そんな千鶴にささやかな腹が立った。


「何がおかしい」

「いや、だってカップラーメンとか愛ないじゃん!」


 ベットに横たわりながら、足をバタバタさせて笑う千鶴に、今すぐ口を押さえて犯したいという衝動に駆られた。


「貴様、カップラーメンを馬鹿にするなよ」

「はいはい」


 そーゆー千鶴はお腹が減ってないのだろうか、先ほどと冷蔵庫を見たが何も入っていなかった。料理をできるのだろうか? いや、あれほど俺を煽るんだできるに決まっている。


「それじゃ、鍵閉めるから留守番頼んだ」


 そして玄関に向かい鍵を開けたとき、


「綾斗ー。私のも買ってきて」


 ──ふざけんなよ。


 返事はせずに扉を閉めた。


 


 コンビニはこの細い路地を抜けて、すぐそばだ。この二週間は殆どそのコンビニにお世話になるだろう。


 コンビニの前でお辞儀をした。


「お会計690円になります」


 まだ中身に余裕がありそうな財布から700円を支払いお釣りの10円は募金した。


 そして醤油味のカップラーメン二つの入った袋に手を入れて、ついでに買ったミント臭のゴムを取り出して、ポケットにしまった。


──何があるかわからないからな。



 もう8時か。


 家を出て20分くらいだろうか、そんな頃に玄関前につき、持っていた鍵を差し込み扉をあけた。


「ただいま」

「遅い」


 彼女からの返答は、どちらかというと「おかえり」の方が俺は嬉しかったが、それは無理な願望だったようだ。


 鍵を閉め、靴を脱ぎ、その靴を揃えようとして隣の千鶴の靴が目に入った。


「ちっさ」


 思わず声に出してしまった。


 


 部屋に入り、袋からカップラーメン二つと、セルフで取ってきた割り箸をそれぞれ取り出して、キッチンに並べた。


「へぇ、本当に私の分買ってくれたんだ」

「はぁ? これは二つとも俺のだ。お前のはない」

「じゃあなんで割り箸二つあるの?」

「……ほら……俺両利きだから」

「もういいよ」


 何故だろう。彼女に負けるのが悔しかったが、それも悪くなかった。


 ヤカンに水を入れ、ここに来て初めてのコンロを使用する。自分で家事をやることがなかった俺にとって、これはなにか社会的に成長している気がした。

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