第18話 リャリャリャーリャリャーリャリャ

やはりこの国の歌には何か力があるのか、マトは興奮冷めやらぬ感じで、祈りの間を出た後もご機嫌でゴム毬のように弾んでいた。


案内をしてくれた女中はまだ中で王子の側近と話をしており、先に外へ出た小鳥は祈りの間の前の階段を下りていた。

その間にもマトは何度も跳ね回っては小鳥にその小さな体をぶつけたり、肩に乗って頬に頭をぐりぐりと押し付けてきたりと落ち着かなかった。


「ちょっ、危ないよ。待って」


さすがに階段を下りている最中にそれをされては危ない。

捕まえようとするがスカートに入り込んで悪戯にまくり上げるだけで、結局階段の中ほどでバランスを崩して派手に尻餅をついてしまった。

スカートは完全にめくれている状態で、誰もいなくてよかったと思っていたが、下方から視線を感じた。

嫌な予感をして眼下を見ると、そこには目と口を大きく開けて小鳥のあられもない姿を凝視する魔法騎士団長の姿があった。


「て、誘惑テンプテーション――!!」


咄嗟に小鳥は魔法騎士団長ナザンに向かって誘惑テンプテーションを唱えた。

誘惑テンプテーションの術中のことは何も覚えていないという小出の話が脳裏を過ぎったのだ。

これでナザンの記憶をうやむやに出来ないかと図ったのだが、誘惑テンプテーションの効力の方を失念していた。


「小鳥様ーっ! 素晴らしいです! 最高です!!」


などと言いながら脚を抱きしめて太腿に頬擦りをしている。

慌ててスカートは直したが、大人の男性、それも騎士団長などという相手を引き離す力はない。

頼れる仲間もいない状況で、自分でナザンを殴って正気に戻すしかないかと拳を固めていると、後方から舞い降りてくる影があった。


「ナザン殿! 何をなさっておるか!!」


ウルグド王子の側近である護衛騎士がナザンの傍に降り立ち、そのまま力任せに拳を振り下ろした。


「大変失礼いたしました。この者は厳罰に処しますので」

「あの。違うんです! あたしがうっかり魔法を唱えちゃって。マトちゃんがぶつかってきて転んじゃってそこにナザンさんが居合わて…」

「どんな理由があろうとも、大事な客人に失礼を働いたことに変わりはありません。ましてや魔法騎士団長が魔法を回避できず、このような所業を働くとは、実に情けない」


護衛騎士は心底呆れたように首を振った。

後方では、このような場面を幼いウルグド王子の目に触れさせぬよう女性の側近が身体で視界を塞ぎ、女中は軽蔑しきった目で魔法騎士団長を見下ろしていた。




小鳥の嘆願もあって、ナザンへの厳しい罰は免れた。

しかし無罪放免ともならず、今日1日、厩舎の掃除を課されている。

ここにいるのは、物流を担う荷馬車馬や、騎士達の乗馬用の軍馬などだ。

そして勇者達も、旅の足となる馬を選別するためそこに呼ばれていた。


馬についての説明は、魔法騎士団長に代わり、副団長と厩長がしてくれることとなった。


「こちらが、多くの騎士達の相棒であるリャーという種類の馬です」

「リャー…」


それは昨日見たリャリャとは違い、サラブレッドにも似た体つきの軍馬だった。

色は白、黒、茶と様々だったが、どれもプライドの高そうな顔立ちである。


「ペガサスはいないんですか? ほら、羽の生えたやつ」

「リャリャリャーですか? まことに残念ですが、白き国では絶滅してしまったのです」

「えー。マジっすかぁ」

「リャリャリャー…」


岸の質問に対し、副団長は申し訳なさそうに答えた。


そんな誰もが馬で旅することに疑問を持たないでいる中、とらが恐る恐る声を掛けた。


「あのー、すみません。馬に乗るのって結構難しいと思うんですが、皆さん乗れるんですか?」

「え? 乗って手綱引けばいいんだろ?」

「俺、近所の乗馬教室の短期体験に通ったことあるんですけど、そんな単純じゃないですよ?」

「大丈夫だって。運動神経いいんだし。ほら見てろよ」


小出はそう言うと手前にいたリャーの手綱を取って、見様見真似で乗馬に挑戦した。


――結果。


1度目は左足をあぶみに引っ掛けて跨ろうとしたが何故か跨がる前にひっくり返り、2度目は跨ったと同時にバランスを崩して落馬し、3度目は厩長の補助もあって乗るところまでは出来たが、どれほど手綱や脚で教えられたとおりに合図を送っても、ピクリとも動かなかった。


「さっきのあれ、振り落とさなかったか?」

「振り落としたね」

「あの馬、なんか不本意そうな面してません?」

「まあ、馬だって譲れないプライドぐらいあるよ」


「ちょっと! 聞こえるように内緒話するのやめてくれませんか!?」


小出が羞恥で真っ赤になって大声を出すと、リャーもつられるように嘶いて、結局また振り落とされてしまった。


「確かに落馬して骨折ってよく聞くよな。それで佐田の治癒魔法ムダにするとか、戦力欠くとかになるのは馬鹿馬鹿しいな」

「勇者様達が普段から馬に乗る暮らしをなさっていないとなると、リャーは難しいですね。我々だって乗りこなすまでには時間が掛かったわけですし…」


高橋の言葉を受けて、副団長も頭を悩ませた。

そこへ厩長が提案をする。


「初心者向けですと、リャですかね」

「リャですか? リャは旅には向いているが、戦闘には向かないでしょう」

「でも荷物持ちにでしたら…」

「リャ…」


と見せられたのは、ロバのような背の低い馬だった。

顔つきもリャーに比べると庶民的な感じがする。

しかしこのサイズでは、武晴など乗った日には潰れそうだ。


昨日ロザリーンと心を通わせた佐田が、リャリャでは駄目なのかと尋ねてみたが、リャリャは食事量も多く、長旅には向かない馬という残念な回答しか得られなかった。


一同がどうすべきか悩んでいる中、小鳥はなんとなく小型のリャと見つめあっていた。

リャも小鳥が気になるらしくまじまじと見つめてくる。


「こいつはオースティンといって、頭の良いリャなんですよ」

「小鳥様。気になるようでしたら乗ってみてはいかがですか? 及ばずながらお手伝いいたします」


厩長が説明していると、掃除係のあるはずのナザンがいつの間にかその隣にいて小鳥に手を差し伸べていた。

小鳥の願望叶ってか、ナザンは先ほど見た小鳥の醜態は記憶にないとのことだった。


「わあ、ありがとうございます! 馬に乗るのなんて初めてです」

「大人しいやつですから振り落とされる心配はありませんよ。万が一の時には、このナザン、身を呈して姫様をお守りいたします!」


小鳥は嬉しそうに乗馬しているが、掃除係の仕事を投げ出してぐいぐいとアピールするナザンに、外野の目は冷ややかだった。


「なんだあれ。まだ誘惑テンプテーションが完全に解けてないのか、後遺症か何かか?」

「ただのムッツリだろ」


面白くなさそうに訊く小出に、東堂はばっさりと答えた。

そして空気を読んだ副団長が


「なに藁やら泥やら付けて格好つけてるんですか。そんなに獣臭くてレディに失礼だと思わないんですか」


とナザンを連れていってくれた。


小鳥が1人になったところで、高橋が「じゃあ、俺話してくるわ」と佐田と武晴に声を掛けた。

少し緊張してのが分かる。

嫌な役を買って出てくれる高橋にはいつも感謝していた。


「その間に馬の方決めておくよ。祐真はどれがいいと思う?」

「えーと、リャーリャ? リャリャリャ…リャ…?……、まあ、適当に決めておいてくれ」


馬の種類名に自信のない高橋は、それだけ言い残すと、今後の話をするため小鳥の方へと向かっていった。



オースティンは人懐こいらしく、乗っている小鳥の言うことをよく聞いてその辺りをぐるぐる回って小鳥を楽しませていた。

だがそこに高橋が現れ、小鳥を少し離れた場所に連れていってしまった。

遠目でも、深刻な話をしているのは見てとれた。

その様子を見ながら、岸が口を開いた。


「俺達がレベルアップしたりニノスさん助けられたのって、なんだかんだ小鳥さんの力が大きいと思うんですよね。一見事故っぽいけど、回り回って俺達にいいように進んでいるっていうか」

「それが幸運と不運の影響なんだろう。春日野さんがいなくなったらその幸運がなくなるわけだから、これからは自分達の力でなんとかしていかないとな」

「そうだね。俺達にとってはいいけど、そのために小鳥が目を回したり小出にスカートの中頭突っ込まれるようなひどい目に遭うのは居た堪れないよね」


岸と東堂に呼応して佐田がしみじみとそう言うと、記憶はないものの、小出は自分のしでかした行為に居た堪れなくなり


「すみませんけど!俺の事例だけ詳しく上げるのやめてくれないですか!」


と悶絶していた。


そこで佐田が、


「んー、まあ、じゃあその話は置いといて、――どの馬にするかもう決めないといけないといけないんだよね」


と、突然違う調子で強引に話を切り替えてきた。


「みんなの意見聞かせてくれる? はい小出から」

「え? えーやっぱあのカッコいいやつ?」

「格好いいじゃ分からないだろ。ちゃんと名前で!」

「えーえーえーっと、なんだあれ、リャーリャ…?」

「はい残念。東堂は?」

「俺は生き物に直接乗ってさっきの人みたいに獣臭くなりたくないんで、出来ればリャリャがいいです」

「……。岸は?」

「ちょっ、えーと、リャッ…リャリャリャー?」

「残念。次、とら」

「はい。あのえー……リャ?」

「んんー。まあ、とらなら乗れるか。最後、武晴」

「リャー」

「チッ」


種類名など覚えてないだろうメンバーにこれをやりたくて、ずっと復唱して覚えていた佐田は、武晴に迷いもなく即答されて舌打ちした。




高橋と小鳥の話は終わったらしく、高橋だけがこちらへ戻ってきた。

小鳥の表情は見えないが、落ち込んでいるのは明白だった。

必ず迎えにくるからと声を掛けてあげたかったが、そこへお呼びが掛かってしまった。


ついに、国王からお言葉をいただけるというのだ。

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