第15話 宰相達の話

「20年前も現在と同じ状況でございました。地殻変動、異常気象、そして魔物によるおぞましい惨劇の数々。しかし今回と大きく異なるのは、あの時、知能ある魔物の多くが魔王の子の誕生を祝福する言葉を発していたのです」


そこまで話すと、ドイルは渇いた口内を湿らすために目の前の月花茶つきのはなちゃを含んだ。


「魔物は皆高揚して手の付けられない状態でした。陛下に召喚の儀による勇者召喚を進言いたしましたが『今はその時ではない』と仰られ…」

「イスルド国王は慎重な御方だが、あの時はあまりにも判断を先送りにし過ぎた。その間にも多くの国々が被害を受けたのだ。我が故国の討伐隊が魔王の子を葬るまで――!」

「…ウルバ殿は、今は亡きヴァンディエール帝国の宰相でいらっしゃったのです」


ドイルがウルバについての補足をした。


「白き国の第一王子も、我が国の魔法騎士団を率いて魔物の鎮圧にあたられたのですが、非業の死を遂げられてしまわれました。勇敢で明晰な素晴らしい御方でございましたものを…。――帝国のお力により、世界は再び平穏を取り戻すことが出来ました。ですが、またしてもこのような事態に見舞われてしまったのです」

「魔王は力を取り戻すや否や、真っ先に我が帝国を滅ぼしおった。あまりにも突然だった。不意打ちだ!なす術もなかった!一瞬で滅ぼされたんだ!!」


ウルバは興奮して両の拳をテーブルに叩きつけた。


「皇帝も兵士も皆亡くなり、うのていで国を抜け出した私は、この危機を訴えるために白き国へとやってきたのだ」

「さすがの陛下も、此度は召喚の儀の施行を指示なさいました。あとは、陛下から勇者様達へ直接お言葉をいただくのみでございます」


これでひと通りの説明は終わったようだが、まだ納得のいかない点がある。


「最初に神殿で説明された時は、魔物や魔王の話なんて全くされなかったのですが、それはどうしてなんですか?」

「…先ほど述べましたとおり、原因が魔王によるものだとの確証がないのです。前回、魔物達は一様に魔王の子の誕生を口にし、歓喜に打ち震えておりました。しかし今回は、なんというか、魔物の動きに統一感がないというか、同じ命令を受けて動いているようには見えないのです」

「だが我らが帝国は滅ぼされた!」

「ええそうです。しかし、それも死火山の大噴火をはじめ、帝国内全ての火山の噴火によるものでした。誰も魔王の姿を見てはいないし、奴の声も、名も、聞いてはいないのです。――白き国に於いては魔物の出没も稀な状況にございます故、最高神祇官のお立場としては憶測でものを言う訳にはいかなかったのでしょう」

「それでも、魔王の元へ行けと?」

「陛下によりますと、魔王が関わっていることは間違いないようでございます」


確か国王はこの国で最も力ある魔法の使い手だと、ニノスが言っていた。


「国王陛下は何か知っているんですか?」

「陛下がイサナド神の末裔だということはご存じでしょうか?」

「はい。グレオさんから聞きました」

「王家には、直系の後継者のみに口述で継承される、イサナド様より賜わった御言葉みことばがあると聞きます。そしてそれは、勇者様へ伝えるべきお言葉なのだそうです」


だからこそ、国王との面会にこだわっているということか。


「現在唯一の後継者である第二王子もまだ4歳になったばかりでして、イサナド様の御言葉みことばを理解なさるにはまだ時期尚早かと思われます。ですから、陛下から直接お言葉を賜わるしか、今は術がないのです」

「…陛下は、確か御齢129歳でしたよね?」


今気にすべき点はそこではないと分かっていたが、どうしても岸にはそこが気になった。


「はい、そうでございます」

「王子が4歳になったばかり」

「はい」


小出もそれは気になっていたらしい。

宰相達の耳に入らない小さな声で口にした。


「125歳の時の子か…。さすが国内最高の魔法使い」

「お前は30過ぎて魔法使いになると思ってたんだけどな」


隣で正面を向いたまま小出にしか聞こえない声で東堂に揶揄され、何か上手いこと言い返そうと考えていた時、入室の許可を求めて広間の扉を叩く音がした。


「失礼します」


現れたのは、城へ着いた時出迎えてくれた魔法騎士団団長リズト=ナザンだった。


「魔法騎士団としても勇者様方にお話がございます。お時間ありましたらこちらへもご足労いただきたく存じます」

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