第11話 初めての戦闘 1-1

「…マジかよ」


呆然として呟く高橋に、東堂が追い討ちを掛けるように言った。


「春日野さんかなりレベルが上がって魔法も強力になってます!武晴さんがどういう行動に出るか分からないですよ!――小出も何やらかすか分かりませんし」


それを聞いて「うっ」と低く唸った高橋に佐田が更に畳みかける。


「祐真ちょっと行ってきなよ!追いつけそうなの祐真しかいないんだから」

「でもリャリャはどうするんだ」

「こっちよりもあっち。こっちの面子の方が安心感あるだろ」


残りの2人の顔色を伺うと、彼らも佐田と同じ気持ちらしい。


その時、ガクンと荷車が揺れ、幌の上から何かが岸の頭の上に落ちてきたと思ったら、弾んで地面をコロコロと転がった。


「マト?」


それは朝食後から姿を見なかった神獣だった。

ずっと幌の上にいたということか。

その小さな瞳でその場にいる人間の顔を確かめるように順に見回した後、鼻をスンスンと鳴らすと勢いよく武晴達の消えた方向へと走り始めた。

マトは小鳥のことを気に入っていたし、武晴にも懐いていたから、おそらく彼らを捜しに行ったのだろう。


「俺行くわ。――後頼んだぞ!」


そうしてマトを追いかけるように、高橋も走り出した。




高橋の後ろ姿が小さくなっていくのを見送ると、残りの3人は向き直って作戦の練り直しを開始した。

といっても、魔法で直接攻撃できるのは岸しかいないわけだが。


「取り敢えず馬のことは捨て置いて、魔物を倒すのに集中した方がいいと思います」

「リャリャを見捨てるんですか!?」


東堂の言葉に岸が驚いて反対しようとしたが、代わりに佐田が間に入って話を纏めた。


「この国はかなり動物も減少したっていうから、このリャリャって相当希少なもんなんだと思うよ?俺達だって、この先城に行くにも神殿に戻るにも乗り物がなくなったら困るし、死なせる訳にはいかない。――でも、相手は俺達よりレベルが上だしこの人数だ。集中しないと倒せない。倒せばリャリャだって助けられる。だよね、東堂?」


「――分かりました。そういうことなら出来るだけ攻撃してみます」



結局作戦と言える作戦は思い浮かばず、岸が唯一習得している水魔法『驟雨しゅうう』を、緑の草に擬態している魔物に放ってみた。

文字通り強い雨だ。

この場所は大木の下にあり、普段は雨などから遮られていると思われる。

アリ地獄は溺れるのを避けるため、雨のあたらない場所に作られるというが、この魔物もそれと同じなら、効果はあるはず。

それを3発ほど放った後で、東堂が岸にストップをかけた。

岸の放った水は乾いた土に吸収されていくのみで、状況に変化は見られない。


「ノーダメージだ」


心なしか、緑が生き生きしてきたようにさえ見える。


「そういえば五行では水より土の方が強いんだっけ?」


ここで陰陽五行説が関連しているかは不明だが、効果がないことは分かる。

半径でさえ10mをくだらない巣だ。

この程度の水量ではとても歯が立ちそうにない。

岸のMPが尽きる方が先だろう。


だがそこで水での攻撃を諦めかけた時、佐田が何かを思い付いた。


「溺れさせるだけなら出来るかも。無闇矢鱈に水を掛けるんじゃなくて、顔――口や鼻に集中して呼吸できなくさせるんだ」


「どこに顔があるか分からないんすけど」

「んー。そこだよねえ。――ねえ東堂、俺レベルアップしてから治癒魔法以外の魔法なんか習得してないの?出来れば攻撃に使えそうなやつ」

「――新しく習得した魔法…『灯光ともしび』くらいですね。攻撃魔法ってのはないです」

「灯光――光だよねえ。照明弾みたいにさあ、目眩しに使えないかな?」

「期待はしない方がいいと思います」

「ま、やってみるか」


と、佐田は魔物に向かって両手でを差し出し意識を集中した。


――結果、魔物の一部である草に似た部分を照らすように、ぽっと仄かな明かりが灯った。


「…優しい光ですね」

「うーん。夜に役立つやつか」


先輩2人がそんな緊迫感とは程遠いやり取りをしている最中さなかにも砂は下方へと流れていき、リャリャはもはや立っていることも出来ない状態で、荷車を引き摺りながら魔物の元へと近づいていく。


「食事する瞬間でも顔出してくれないかな」

「どうですかね…。そのまま中に引き摺り込まれると厳しいですね」

「…しゃーない」


佐田は魔物に向かって2,3歩行くと、振り返って後ろの後輩達に言った。


「ちょっと行ってくる。何とかしてみるから岸もあと何とかして」


ニッと笑い片手を挙げて歩きづらそうに砂の中を数歩進んだ後、砂の流れに乗るように滑っていった。


「ちょっ、何行き当たりばったりなこと言ってるんですか!危ないですって!!」

「岸」


止めようとする岸の肩を東堂が掴む。

もう動き出しているのだ。今更遅い。

それよりも佐田の作るチャンスを逃してはならない。

岸も意を決して、佐田の動きを固唾を呑んで見守った。


あっけらかんとしている風な佐田も、実は内心ドキドキしてはいる。

最上級生としてのプライドみたいなもので格好つけて来たものの、自分は特にパワーがあるわけでもスピードがあるわけでもない。

しかし、器用さと臨機応変な動きには定評のある方だ。

落ち着いて今の状況で出来ることを考えた。

取り敢えずはあの草の部分に乗ってみるかな。

そんなことを思ってはみたが、どうやらその前にリャリャの方がヤツの元に辿り着きそうだ。

何とか腕を伸ばして荷車の幌の端を掴むと指先に力を入れて、そのまま懸垂するように荷車の側面に体を寄せてしがみ付いた。

後は砂の流れを利用しつつリャリャへ近寄る。


「ちょっとごめんね」


そんなことを言いながら、佐田は横たわるリャリャの大きな胴体の上へと降り立った。

さて、ここからどうするか。

当初の予定通りあの上に飛び乗るか、それとも相手のアクションを待つか。

もう間近に迫った所で、相手がどう動いても対応できるように腰を落とし身構えた。


自分の流されていく先を凝視していると、リャリャの鼻先に、砂の中から細く湾曲している物が突き出て光っているのが見えた。

ヤツの体の一部に違いない。

あれを引き上げれば、岸が攻撃する絶好のチャンスとなるはず。


その先端がさらに突き出してリャリャを捕らえ突き刺そうとした瞬間、佐田はリャリャを足掛かりに飛び移り、抱え込むようにそれにしがみ付いた。

その長さは、佐田の身長よりやや短いといったところか。

しかし飛びついてすぐに湾曲しているその内側がギザギザとした切れ味のよいの刃物のようになっていることに気が付いて、慌ててその向こう側の草に似た部分へ飛び移った。

そこで足元にある緑色を力任せに引っ張ると、佐田を振り払わんとばかりに体を大きくジタバタしだした。

地面を流れていた砂の動きは止まったようだが、魔物の上でバランスを崩して落下しそうになる。

それでも何とかしがみ付いて持ち堪え「このままいけるんじゃね?」と調子に乗ってきたところで、敵は再び砂の中に潜りはじめた。

佐田は慌ててジャンプをし、頭上にある太枝にぶら下がった。


「失敗か」


いや、これで諦めてくれれば当面の安全は確保できるからそれでもいいか――とも思ったが、それも束の間、ぶら下がった状態の佐田目掛けて砂の塊を飛ばしてきた。


「うわっぷ」


顔に当たりそうになり、咄嗟に横を向いて腕でガードする。

命中率は低いが、当たると結構ダメージが大きい。

枝の上に上がってしまおうと、鉄棒の大車輪の要領で体を前後に大きく揺らしかけたその時、やにわに飛び出してきた魔物が佐田に襲いかかるべく、その全身を現した。


小さな頭部と胸部、そして大きく膨れた腹部は、如何にも幼虫らしい黄ばんだ白い色をしている。

蝿の足にあるような毛が全身まばらに生えており、大きな体に不似合いな細く節だった6本の足がワキワキと蠢く。

小さな目が7つ付いているが、口はない。

代わりに、先程佐田の捕まっていた湾曲した大顎があり、先端付近から透明な液体を滴らせていた。


「うわぁーっ!気持ちワル気持ちワル気持ちワル!!!俺虫は平気な方だけど、これは無理無理無理無理無理!!!岸!早く何とかして!!」


先輩としての威厳など微塵も感じさせない喚き声に応え、岸は魔物の顔を狙って驟雨を放った。

口が見当たらないため、呼吸できそうな部分は大顎くらいしかないが、そこでいいのだろうか。

魔法を使いつつも不安になって東堂を横目で見ると、特段焦った様子はない。

多分これで問題ないと判断して続けていたが、何か違和感を覚えた。


「…もっと抵抗するかと思ったけど、なんか大人しく魔法を受けてくれてますね」

「あ?ああ。俺が麻痺でアイツ動けなくさせてるから」

「えぇっ。それ先に言っておいてくださいよ」

「ちゃんと出来るか確証がなかったし…」


どうやら先程麻痺を使えば武晴を止められたのに、咄嗟に出来なかったことを東堂なりに気にしていたらしい。


「それにこれそんなに長くは――佐田さん!時間切れです。またそいつ動くんで気を付けてください!」


そう東堂が言うのと同時に再び魔物が動き出し、大顎を振り翳して佐田の方へ向かってきた。

佐田は今度こそ大車輪で大顎を蹴って大枝の上に飛び乗った。

蹴られたことで向きの変わった魔物は、今度は目前にリャリャがいると気付き、そちらに砂を掛けはじめた。

やはり命中率は低いが、リャリャは嫌そうに暴れている。

止まっていた砂がまた流れ出した。

佐田はリャリャの元へ飛び降りようとしたが、上から様子を見ていて、あることに気が付いた。

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