第9話 誘惑の甘い罠

東堂の言葉に、小鳥は不安が脳裏を過ぎった。

余程悪いのか、何か問題でもあるのか、と。

男子部員達に限っては「まさか小鳥が勇者なのか!?」という思いにまで至った。


だが、東堂は気を取り直したように咳払いをして、小鳥のステータスについて説明した。




「 春日野小鳥かすがのことり

  Lv. 8

  無属性

  習得魔法:誘惑テンプテーション

  特殊技能スキル:鼓舞、幸運、不幸、魅了(Lv. 10)


『鼓舞』は、パーティ全体を励ましてやる気を出させる技能スキル

『幸運』はパーティ全体の幸運値を高める。

それに反して春日野さん本人には『不幸』を呼んでしまう。

『魅了』に関しては、文字通り周りの人を惹きつけて夢中にさせる技能スキルだけど、この数値が尋常じゃない。

他の人の技能スキルはLv. 1だったから省略したけど、いきなりLv. 10だし…


ステータスの方は、普通の人の平均値って感じ。MPは高いかな。あと精神攻撃耐性もかなり高いな」




「…魅了。魅了か。なんか分かるな、それ」


「でもいきなりLv. 8っていうのはどういうことなんですかね?特にトレーニングとかしてないですよね」

「昨夜マトと格闘したからじゃない?」


「それもあるけど、春日野さんの場合は精神面での技能スキルが中心だから、レベルアップにも精神的なことが作用しやすいんだと思います。――例えば、相手を魅了すれば経験値が貯まる、とか。恋愛感情に限らない気もしますしね」


「マジか」

「それ際限ないだろ」



「…それで、あたしも魔法が使えるってことでいいのよね?これはどういう魔法なの?」


わくわくしている小鳥の質問に東堂が答える前に、高橋がなんとなく小鳥に訊いた。


「何て魔法だったっけ?」


「ええっと。…――てんぷてーしょん?」


その瞬間。


「小鳥ーっ!好きだああああーっ!!!」


高橋が小鳥に勢いよく飛びつき、頬擦りを始めた。


「た、高橋さん?」


小鳥は勿論のこと、その場にいる全員が真面目な主将のらしからぬ行動に驚いた。


「ちょっ。祐真何やってんの!?」

「高橋さんが狂った!!」


佐田と岸が小鳥から高橋の腕を解いて引き剥がそうとしていると、後ろから伸びてきた逞しい腕が、80kg以上ある高橋を片手で難なく持ち上げて、軽く後ろに放り投げた。

武晴である。


放り飛ばされた高橋は、地面にぶつけた右肩を摩りながら、不思議そうな顔をしていた。


「??――痛てて。なんか急に肩が痛くなったんだが…、何があったんだ???」


その様子に、何が起こったのか高橋以外全員理解した。


「小鳥さん!これが誘惑テンプテーションの魔法なんですよ!」


ゴクリと唾を飲み込んで、とらが隣に座っている小鳥に言った。


「高橋さんがあたしの誘惑テンプテーションの魔法に掛かったってことは分かるけど、でもあたし、何もしてないのにどうして…」


小鳥は、とらの顔を見ながら疑問を口にした。


「小鳥さああぁぁぁーーーん!!!」


小鳥が台詞を言い終わらないうちに、とらが小鳥のふっくらとした胸に飛び込んできて、顔をうずめたまま頬を擦りよせた。


「ちょっ、とらくん!!」


「とら!てめえ許さねえ!!ファイアー・ニードル!!」


小出の叫び声と共に、小さな火の針がとらへ降りかかった。

それは細く、すぐに消えるようなものだったが、それでも熱さでとらは正気に戻った。


「あ〜。さすがにこれは手当てした方がいいかな。とら、おいで」


佐田がとらを呼び、少し離れた木陰で治癒魔法を使いはじめた。



「小鳥さん。多分声に出したらその時目の前にいる人に誘惑テンプテーションが掛かってしまうんですよ。誘惑テンプテーションと口にしないように気を付けてください」


助言をしてくれる岸に対して、小鳥は至極真面目に頷いた。


「分かった。誘惑テンプテーションて口に出して言うから駄目なのよね。言わないようにする!」


「!! ――小鳥さん! 最初から貴女に決めてましたあーーーーー!!!」


思わず言った小鳥に岸が反応して飛びかかり、白くスベスベとした太腿を抱え込んで息を荒くしている。


「こら!!離れろ、岸!!!」


高橋の怒鳴り声と同時に小さな雷が落ちてきて、岸は気を失った。


「祐真〜!気持ちはすごく分かるんだけど、手加減しなよ。貴重な1年生なんだよ」

「すまん。つい」


気を失ったままの岸を武晴が脇に移動させて、東堂が岸の状態を解析した。


「怪我は大したことないみたいです。ショックで気を失っただけですね。ま、治療はしておいた方がいいとは思いますが」


その言葉どおり、佐田が治癒魔法で治療を始めるとすぐに岸は目を覚ました。


それを見て安心した高橋は、小鳥に向き直った。


「小鳥!お前は言ったらいけないと言われているのに、なんで言うんだ!!」

「す、すみません〜」


普段小鳥に甘い高橋も、小鳥の身に関わることであるため、さすがに叱った。

小鳥も自分が悪いと分かっているので、皆から離れて反省することにした。




なんだかんだで先ほどの一連の流れで、それぞれ何らかの耐性を獲得したり経験値を得たりして、レベルの上がった者もいた。


「小出先輩、習得魔法はなかった筈なのに、さっき火の魔法使ってましたよね」


「カッとしたらなんかこう、身体の奥から燃え上がってくるような気がしてさ。気が付いたら放ってた」


あははと小出は笑い、離れた場所で落ち込んでいる様子の小鳥を元気付けようと、照れ臭そうに続けて言った。


「春日野さんが傷付くのは見てられないから、さ。ほら。大切な仲間なんだし?」


本当は仲間以上の気持ちがあったが、今の小出にはこれが精一杯だった。

それでも小鳥には自分を気にかけてくれる彼の気持ちが伝わり、胸の内が温まってくるような気がした。


「ありがとう、小出くん。…ごめんね、あたし昨夜からみんなに迷惑掛けてばっかりだわ」


「そんなことないって。迷惑掛けてるって言ったら俺の方が掛けてるから」


「分かってるんじゃないか」

「小出こそ大人しくしてた方がいいよね」

「こいつに比べたら春日野さんは全然迷惑掛けてないから。本当に」


他のチームメイト達から散々に言われた小出が膨れっ面をしていると、東堂が昨夜から今朝に掛けて、どれだけ小出に迷惑を掛けられたかを愚痴りはじめ、その内容に周りは同情していた。

普段と変わらないそんなやり取りに、小鳥はクスッと笑った。


「あたしも迷惑掛けないよう気を付けなきゃね。――それにしても不思議よねぇ。普段は全然口にしないような言葉なのに、何でか言っちゃうのよね。今までの人生の中で誘惑テンプテーションなんて言ったこともなかったのに」


「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

「…」


小鳥がうっかりその言葉を口にした時、皆から2mは離れていた。

体育座りをしたその膝に唇を埋め、小さな声で呟いただけだった。

だが、その時、上目遣いに小出と目が合ってしまったのだった。


「春日野さんーーーーっっ!!愛してるーーーーーー!!!!」


小出はその離れた場所から飛びかかるなり、小鳥のスカートの中に勢いよく頭を突っ込んだ。


「きゃああああああああ!」


「小鳥さん!!」

「小鳥!!!」

「小出先輩、離れてください!!」

「…………」


――その刹那、小出に大量の水が降りかかり、雷が落ちて、鋭い風が切り傷を作ったと同時に、力強い腕に投げ飛ばされた。



「ちょっと!もう俺MP切れなんだけど」


今後こそ嘘でない佐田の言葉に、小出の治癒が行われたのは、それから半刻してからのことだった。

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