第6話 祈りの歌

神殿の朝は早い。

今の時期の日の出は5時頃のようだが、神殿内の者達はそれと同時に起きてきて働き始めている。


毎朝トレーニングやランニングをしている武晴ととらも起き出し、遠方から通学している高橋もいつもの習慣で目を覚ました。

部員のほとんどが元の世界から腕時計を着けたままでいるのだが、どうやら時間の進み方はこちらも似たような感じのようだ。



ちょうどその頃、昨夜の騒ぎの後疲れて深く眠り込んでいた小鳥も、窓から差し込む日差しに目を覚ました。

山の上にある背の高い建物を縁取るように朝日が昇る様子をぼんやりと眺めながら、やはり昨日の出来事は夢でなかったのだと思い知った。

昨日舞台衣装に着替える際に腕時計を外してしまったため時間は分からないが、そろそろ神殿内の人達が活動を始めているような気配がする。

小鳥はベッドから出て、元の衣装に着替えることにした。



着替え終えた小鳥は、取り敢えず声のする中庭の方へ行ってみた。

そこには、武晴を中心にストレッチをしている3年生3人の姿があった。

誰かが近づいてくる気配を感じたとみえて、武晴がこちらへと視線を向けてきた。


「お、おはようございます」


昨日の今日で顔を合わせる気まずさはあったが、助けてもらった身で知らない振りも出来ない。

思い切って自分から挨拶をすると、残りの2人も振り返り小鳥に気付いた。


「おはよう…」

「お、おお、おはよう」

「おはよ〜」


朝に弱い佐田は、まだむにゃむにゃした口調で、目も完全には開いていないようだった。


「昨夜は…、あの、すみませんでした」

「いや、いやいや気にするな。まあ、なんだ。無事でよかったというか、なあ、うん」


小鳥が気にしないよう、自然に振る舞おうとすればするほど不自然になっていく高橋の様子を隣で見ていて、元々口下手な武晴は、これに関して自分は何も喋らないでおこうと心に決めた。


「でも、あたしのせいで眠る時間が無くなってしまったんじゃ…」


大欠伸をしている佐田をチラと見ながら言うと、佐田は手を横に振った。


「いや〜。昨夜はそもそも皆寝つけなくってさ、高校に入学した頃の思い出話とかしてウダウダ過ごしてただけだから気にしなくていーよ」


眠そうでも朝の日の光の似合う佐田は、キラキラとしてどこか爽やかだった。



その時、昨夜耳にしたのと同じ「キューッ」という鳴き声がして、どこからか現れたマトが小鳥に飛びつこうとした。


「こら待て!昨夜あれだけ言っただろうが」


高橋がマトにそう言いながら、その体を捕まえた。


「おっかしいんだよ、こいつ。昨夜この神獣相手に大真面目に説教してんの。俺見ててもう笑い死ぬかと思った」


佐田は高橋を指差して言いながらも、堪え切れずにププッと吹き出した。


「こういうのは最初が肝心だからな。ほら、お前、ちゃんと小鳥に謝れ。『ごめんなさい』しろ」


高橋が掌の中のマトにそう促すと、マトは分かっているかのように「キュゥ」と鳴いて小鳥に深々と頭を下げた。


祐真ゆうますっげえ!」


大真面目な高橋祐真とマトのやり取りに、佐田が「神獣使いかよ」と笑い出すと、マトが高橋の手から飛び出し、その大きな尻尾で佐田の顔をくすぐった。

それから揶揄うように首の周りをぐるぐる回ってから、捕まえようとする佐田を掻い潜って武晴の肩の上で勝ち誇った顔をしていた。


「動物は相手が自分より上か下か見抜くからな」

「ええ〜」


小鳥は昨夜のことがあってマトに対し少し怖さも感じていたが、彼らのやり取りを見ているうちに、そんな気持ちが薄らいできた。


「昨夜はあたしもびっくりしちゃって。ごめんね、マトちゃん。仲良くしよう」


手を伸ばす小鳥に合わせて武晴が屈み、そのままマトを撫でると、満足そうにされるがままになってくれた。




それから4人で周囲の様子を見ながら歩いていると、裏庭の方から何やらよく分からない大声が聞こえた。


「目覚めよ!秘められし俺の真の力!ギャラクティカ・マグナム・アターーッック!!――ほら、岸たんも」


「いやぁ。俺は流石にそれは…」



「…――お前ら、何をやっているんだ?」


朝からよく分からないテンションでいる小出と岸に高橋が声を掛けると、元気よく小出が答えた。


「おはようございます!何って、魔力解放ですよ。いざという時のために鍛錬しておかないといけないですからね!」

「おはようございます。でもこれはなんか違ってると思います」


小出とは逆に力ない物言いの岸は、単に先輩に付き合わされているだけのようだ。


「とらは?」

「…あいつはランニングに出掛けました」


下の方から声が聞こえたと思ったら、東堂が建物の柱に凭れるように座っていた。


「よう。東堂もいたのか」

「こんな煩いのがいて、ゆっくり眠れる訳がないじゃないですか…」


東堂は言いながら怠そうに立ち上がると、ふと小鳥に目を止めた。


「春日野さん、どうしたの?それ」


言いながら自身の鎖骨をトントンと叩いて見せると、小鳥は自分の鎖骨を見て歯で付けたような傷があることに気が付いた。


「あ…。昨夜、マトに噛まれちゃって」

「マト?」


昨夜あの場にいなかった岸が首を傾げる。

その岸の前に武晴が拳を差し出すと、マトが腕を伝い手の甲まで降りてきて、岸と対面した。


「何すかこれ。めっちゃ可愛いじゃないですか」


子どもの頃から家でキンクマハムスター等の小動物を飼っている岸は、嬉しそうに指先でマトを撫でまくった。

対してあまり動物好きではない東堂は、睡眠不足もあって不機嫌そうに人差し指でマトの鼻先を指しながら言った。


「コレ可愛いか?神獣だか何だか知らないが、人に噛み付くような凶暴な獣だぞ」


言い終わるが早いか、マトがガブリと東堂の指先に噛みついた。





「おはようございます!」


ランニングに出ていたとらが、子ども達の集団を引き連れるように戻ってきた。

子ども達は裏の畑で作業していたらしく、それぞれ農具を持っていた。


「あ!勇者さま。その指どうされたんですか?」


男児の1人が、東堂が指先から血を流しているのに気が付いて声を上げた。

どうやら彼らにとって、小鳥がお姫さまで残りは全員勇者さまらしい。


「獰猛な獣に襲われた」

「ええっ!!大丈夫ですか?」

「こら東堂。無駄に怖がらせるな」


「小鳥さま」


小鳥が声のした方を向くと、昨夜別れた時のようなはにかんだ笑顔のアクリが、ざるのような物を抱えてそこにいた。

腰にぴったりと纏わりついている男児は、おそらく一緒に寝ると言っていた弟だろう。


「おはようございます。小鳥さま」

「おはよう、アクリちゃん」


「小鳥さま。今朝はウルーの葉がたくさん採れたんですよ。朝食楽しみにしててくださいね」


誇らしげにざるをかかげるアクリに続いて、他の子ども達も次々と声を上げた。


「ぼくはねイズの実を採ったんです」

「ジンの根っこは栄養がいっぱいあるんですよ」

「こんなにたくさん採れたの初めてです。やっぱり勇者さまが来てくれたからですね!」


彼らは目をキラキラさせて収穫した物を見せてくれるが、どう見ても全員が食べられる量があるようには見えなかった。


「ありがとう。とっても楽しみだけど、あたしたくさんは食べられないから、ちょっとでいいのよ」


「俺も昨夜いっぱい食べたから、しばらくはそんなに食べなくても大丈夫だよ」


小鳥に合わせるように、とらがジンの根を掲げる男児の前にしゃがんでそう言うと、他のメンバーもそれに続いた。


「そもそも俺達の世界では朝食を食べる習慣がないしな」

「霞食ってれば問題ないだろ」


どうやら彼らも、昨晩子ども達から話を聞いたようだ。



そんな子ども達の様子を見ながら、後ろからポツリと岸が話し始めた。


「昨夜、俺達に部屋を貸してくれた子ども達と寝るまでずっと話をしていたんです。この世界のことを知りたいっていうのもあったし」


そこで分かったのは、この国では大飢饉によって多くの人が亡くなり、親を失った子ども達がこの神殿に引き取られて教育を受けているということ。

15歳で独り立ち出来るように、学問を始めこの先身に付けておくべきことを教わっているそうだ。

それは料理や掃除などの日常生活に関することであったり、農業や工業などの職業的なことであったりする。


「それでも、この国はまだいい方らしいです。ここは神の力が強くて抑えられているけど、魔物に乗っ取られている国もあるとかで、そういう所では子どもの扱いは酷いようですからね」



結局、子ども達がどうしてもというので、少しだけ朝食をいただくことになった。

さっきからずっと無言だった東堂が、去っていく子ども達の姿をじっと見ているのに小鳥が気が付き、背中をポンと軽く叩いた。


「東堂くん。あたし達も行こっか」

「ん?ああ」

「東堂ー。俺達も行こうぜ」


小出も真似してバシバシと背中を叩いてくる。

それが、小鳥に触れられた部分を狙ってきているのはよく分かった。


「うぜぇ」



――その時、鐘のの合図に続けて、辺り一帯に歌声が響きわたりはじめた。


「朝のお祈りだ」


子ども達は動きを止め、静かに歌に耳を傾ける。


声のする方を見上げると、御神体である透き通った大きな石のような物が、朝日を浴びて七色に煌めいていた。


神殿の上部にあり御神体へと続く「祈りの間」は、声がよく響くように造られている。

神殿の外、より遠くへと。

この国に於いて、民の祈りは神官達の歌声によって神に届けられ、神の声は歌を通して民に伝えられる。


その神聖で重厚な歌声は、この国の神を知らない小鳥達も聴き入ってしまうほど、何か大きな力を感じられた。

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