第8話

「……え?」


 思わず、呟いてしまった。はっと我に返るももう遅い。

 白沢さんは、理解が追い付いていないのか呆けた表情をしている。そりゃあそうだ。同級生にいきなり「おねえちゃん」なんて呼ばれたら普通はそうなる。

 全く、私は何をやっているのだろう。白沢さんがあの「おねえちゃん」であるはずがないのに――


「……松崎さん」

「……はい」


 震える声で呼ばれた。次に出てくるのは、どんな言葉だろうか。


「……もしかしてさ、松崎さんって有坂小学校出身、だったりする?」


 耳を疑った。

 ……彼女は今、何と?


「……ねえ、答えて」

「ッ、ああ、えっと、うん。そうだよ」


 私の返答を聞いて、納得がいったように一つ頷く白沢さん。こちらに向き直り、一息ついた後に、言った。


「……久しぶり。強くなったね」

「――――~~~~!!!!」


 それは、あの時私を助けてくれた「おねえちゃん」と全く同じ笑顔だった。私は思わず白沢さんに抱き着いてしまった。ちょっと情けないけど、涙も出て来た。

 ……まさか、白沢さんが。そんな思いは未だにある。だけど、どうしても私には白沢さんが「おねえちゃん」にしか見えなくて。

 私は、白沢さんに背中をさすられながら、暫く泣きじゃくっていた。


     *


「……一か八かだったのあれ」

「うん、何となーくそうなんじゃないかなーって気はしてたんだけど、確信は持てなかったからね……だったら反応を見てみようかなって」

「……間違ってたら完全に引かれる奴だよそれ」

「そう、だね……でも、結果的に合ってたんだから別にいいじゃん」

「……勇気あるねえ……」


 あれからすっかり日も暮れてしまったので、電話番号を交換した後すぐに家に帰った。今は夕食も食べ終えて、自室で白沢さんと電話をしているところだ。

 色々話を聞いて、結局白沢さんが「おねえちゃん」であることが確定した。どうやらあの時、向こうは私の事を知っていたらしく、当時の私の話を事細かにされることになった。

 どうしてあの後会ってくれなかったのか、と聞いてみると、恥ずかしかったから、なんて言われた。

 ホームルームの時やその後の一週間近く、私に近づいて来なかったのも、もし本人だったらと思うと恥ずかしくて仕方がなかったからという事らしい。私の顔が怖かった訳ではなかったそうだ。

 今インドア派である理由としては、六年生の時に交通事故で骨折して、激しい運動が出来なくなってから、読書や音楽鑑賞が趣味になっていった、という事らしい。そういえば、当時交通事故があったなんて話もあったな、と思い出した。

 お互いあの時から十年間で何があったのかを話した後は、趣味の話に没頭していった。結構共通の趣味が沢山あって、かなり盛り上がった。

 ……こうやって話していて、再確認した。私は、彼女の事が好きだ。友人として、ではない。恋愛的な意味で、だ。

 アウトドア派からインドア派に、という大きな変化こそあるものの、根っこの性格はあの時と変わらなかった。優しくて包容力のあるお姉さん、みたいな感じ。

 これまでは一時の気の迷いかもしれないという不安を感じていたが、今こうして話していると、不思議と胸がドキドキしてくる。心臓の音が部屋に響きそうなぐらいだ。

 電話で話をしていると、耳元で囁かれているような感じですごくぞくぞくする。息が吹きかかっている錯覚まで起こしてしまいそうだ。

 三時間ぐらい話し続けて、日を跨いだあたりで電話を切った。もう寝なくちゃいけない、という理由もあるが、何よりこれ以上彼女の声を聞いているとおかしくなってしまいそうだった。

 下腹部が焼けるように熱い。これまで「おねえちゃん」の妄想をして自慰をすることはあったが、今日はその比ではなかった。


「……ん……っ……」


 熱を鎮めるために指を動かしながら、明日告白しよう、と決心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る