第17話

 ビートルズのオリジナルメンバーであり、生きる伝説であるポール・マッカートニーはファンからの質問にこう応えている。

「好きなお茶は二種類。伝統的なイギリスの“一杯”って気分の時はイングリッシュ・ブレックファスト・ティー。日本人の人達ほど濃くして飲まないけど、緑茶も大好き。軽くて、リフレッシュした気分になる」

 ポールのこの意見には大いに賛同したい。それは俺が大のビートルズファンであるからではなくて、イギリス人の父と日本人の母を持つ男であるからだ。俺は遺伝子のレベルで紅茶と緑茶を愛する男なのである。そんな風に運命づけられているのだ。

 そもそも、俺が無事にこの世に生まれてこられたのも、ビートルズのお陰だと言っても過言ではない。父は自身が敬愛するビートルズのメンバーが日本人女性と結婚した影響を受けて母と恋愛したのだ。冗談みたいな話だが、事実なのだから仕方がない。ミーハーな我が父をかばいだてするわけではないが、人気メンバーの電撃国際結婚の一報は世界中を驚嘆させ、欧州では白人男性とアジア人女性のカップルがにわかに急増したとかしないとか。

 ジョン・レノンがオノ・ヨーコと結婚しなければ、若かりし日の父は日本人である母を妻にしようとは思わなかった。何よりビートルズが結成されなければ輝かしいロックミュージックは生まれてこなかった。アフリカの奥地までその名を轟かせる程に世界を熱狂させることもなかったわけだ。

 黒くて針金のごとく硬い髪質と、笑うと横一直線になる目。黄色みがかった肌など、洋のなかにもオリエンタルな魅力を持つこの俺の身体が出来上がったのも、ひとえにビートルズの活躍の賜物である。まさに奇跡のロックバンドだ。  

 当然ながら俺はビートルズが大好きであった。オリジナルアルバムは全て発売当時のレコードで持っている。今度出るリマスター盤ももちろん聴くつもりだ。誰もが知っている名曲の殆どはレノンとポールの共作だが、俺はどちらかといえば小難しいレノンより親しみやすいポールの曲の方が好みだ。

 中野のアパートで淹れたてのイングリッシュ・ブレックファストを飲みながら『アビーロード』を再生する。この瞬間が何よりも俺にとっての心休まる至福の時だ。ビートルズの四人がレコーディングスタジオ近くの交差点を渡るジャケット写真は何度見ても心が躍る。何てことの無い風景でも彼らが存在するだけで名画に変わる。ぱっと華が開いたように輝いて見える。有名すぎるこの交差点をどれだけの回数、俺は往復したか。

 彼らのロックによってポピュラー音楽の歴史が始まったのと同様に、俺は彼らによって人間の身体を与えられ産み落とされたというわけだ。素晴らしいことじゃないか。俺がビートルズを、ロックを好きにならないわけがない。俺は自分の出生の経緯を誇りに思う。

 今日もまたイングリッシュ・ブレックファストの入ったカップを飲み干してからレコードに針を落とした。『レイン』を歌うジョンの掠れた声が部屋いっぱいに響いた。折しも外では雨が降り始めていた。

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