第15話

 日本のテレビを観てまず驚いたのが、コマーシャルの豊富さだった。

 洗剤などの日用品の宣伝はイングランドのテレビでも頻繁に見かけたが、それらは至ってシンプルだった。しかし、日本のコマーシャルのなかには構成がこだわり過ぎていて、一見しただけでは主旨が良く分からないものもあった。例えば「お父さん」と呼ばれる猫が出てくるシリーズが、俺にとっての「一見すると何を宣伝しているのか不明なコマーシャル」に該当した。目撃当初は戸惑ったが、最後まで眺めていると携帯電話の新機種が出てきた。そこでようやく「新発売されるスマートフォンの宣伝だったのか」と気付いた。驚く俺の目に最後に飛び込んでくるのが企業名である。あまりのインパクトに俺は一発で憶えた。

 猫がお父さんであったり、どこぞの人気バンドのメンバーである顔が白塗りの男が踊っていたり、登場人物が奇抜なこのコマーシャル。だが、こうして視聴者に瞬時に企業名を憶えてもらえるのなら宣伝として大成功と言えるだろう。俺は独り部屋のなかでテレビを観ながら妙に感心してしまった。

 

 「猫のお父さん」のコマーシャルの次に、最近よくテレビで見かけるようになったのが、クラウドバーストという新人バンドのアルバム発売を予告するものだった。先日、日本のみで先行リリースされたシングル『虹を待つ人』はイギリス発の外国人アーティストのなかでは極めて異例の初動売り上げを記録したらしい。大手新聞、雑誌、テレビなど各メディアがこぞって彼らの作品に対するレビューを掲載し、そのどれもが高評価であった。ここに加えて今回のアルバム発表の運びとなったのだからメディアのあちこちで天と地をひっくり返したような大騒ぎとなっていた。

 インターネットユーザーが手厳しく忌憚の無い意見を書き込むことで有名な某巨大掲示板ですら、ことクラウドバーストに関しては好意的な感想で溢れていた。質の高い作品のみならず、クールそうな外見とは裏腹に、インタビューで感じ取れる親日的で気さくなメンバーの人柄に惹かれたファンも多いようだった。特にフロントマンを務めるアダム・ベックマンは華やかなルックスと歴代の名ボーカリストに引けを取らない歌唱力で一気にファンを獲得した。

 クラウドバーストは本国イギリスのみならず、遠く離れた日本でも信じられない速さでスターダムにのし上がろうとしていた。

 俺はテレビで何度も流れるクラウドバーストのコマーシャルをじっと観た。ギターの男は顔が金色の長い髪に隠れていたが、シューゲイザー独特の首を縦に小刻みに振るたび目鼻立ちが垣間見えた。渋谷で宣伝トラックに泥を引っかけられて以来、俺のなかでもやもやと続いていた疑惑が確信に変化した。


間違いない。あいつだ。

あいつが日本に来る日は近い。

俺はそう直感した。

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