第8話

「なぁ、太一。お前はどう思う?」

竹中はいつものように笑っていた。相変わらず、オレは何も言えないままでなんでそんなことが言えないのは理解できていないからだ。

「まぁ、お前に聞いても答えてくれないか」

竹中はしょうがないって顔をして空をみあげた。

あのときのような真っ白で何もない空間じゃなかった。

「生きていて楽しいかなんて、聞くべきことじゃないな。そんなこと考えるだけでめんどくさくなるな。それでも考えてしまうんだよな。そんな必要なんてないのに」

なんでいつもそういうことを考えているのかわからなかった。

ただあれからもう三年たったという事実だけが残っているのはたしかで彼は実際にはいない。オレは地べたに座り、あのときと同じように彼の顔を見上げていた。

「けどなんでいまさらオレはお前を思い出しているんだろうね」

「多分、お前がそう願ったからじゃないかな?」

三年たったというのにオレはまだちゃんと顔を覚えていたんだな。

「そこのところはありがたいけどな」竹中は笑った。

「それにしてもお前は変わらないな」

オレより身長の低い竹中をみる。

「あぁ、もういないからな。それに太一。お前は身長が伸びただけで頭の中は変わらないじゃないか?」

「あぁ、確かに、お前の言うとおりだよ。何も変わってねぇや」

オレはクククと笑った。それに釣られて竹中も笑った。

「けどこれから変わろうとしているんだろう?」

「どうかな?オレはよくわからねぇや。ただ日常を過ごすだけで大変だから、何も考えられないな」

竹中はそれを聞いて笑った。

「本当にお前は変わらないな」

そのときオレは目を覚ました。



翌日、オレは昨夜の疲れを体に残したまま登校した。

家に帰るとそのまま自分の部屋に向かいベッドに倒れるようにして眠った。

それにしたって体中が痛い。これからどうあいつらと顔を合わせればいいのかなんてナーバスなことを考えている。馬鹿らしい。何をそんなにオレは動揺してるのかわからない。

なんて下駄箱でため息をついていると後ろから肩を叩かれた。

ん…? 後ろを振り返る。多分、そのときのオレの顔は滅茶苦茶、アホ面をしていただろう。肩を叩いた人物はいつもの仏頂面でオレを見ていた。

「そこにいると邪魔なんだけど」底冷えするような声でそいつは言った。

 「あぁ、よっ、よう。綾瀬川」

なんて我ながらアホなことをいったんだろうと思った。

「とにかくどいてもらえないかしら?」

「わ、悪い」

綾瀬川は仏頂面のまま、下駄箱から上履きを出す。

上履きに取り替え、表情何一つ変えず外履きを下駄箱に入れる。

「なぁ、綾瀬川」

「何かしら?」

「昨日のことなんだが…」

「別に気にしなくていいわよ。それにリーダーが言っていたように太一君の監視は解除されたから」

「解除されたのか」

「だから、部室にも顔を出す必要もないし、私と一緒にいる意味もない。ダグラのことなら気にしなくていいわよ。こちらも警戒は怠らないから。多分、太一君のとこには現れないんじゃないかしら?」

「そこは確かに心配なんだが」

「なに? 関係ないとかいっていたのに私たちと関わって興味が出たのかしら?」

「別にそんなわけじゃないんだが」

綾瀬川はオレの話をきかず、まくし立てるように言った。

「お笑い種もいいとこね。興味本位で顔を突っ込んだら今度こそ命はないわよ」

それだけを言うと綾瀬川はそのままスタスタと歩きだした。

「そういうことだから。先に教室に行くわ」

「おぉい!」

そのまま、綾瀬川の姿はん見えなくなった。

「まだ、いうことがあったんだが…」

他の生徒がこちらを見ていることに気づき少し、恥ずかしくなった。

考えてみれば綾瀬川は意外とこの学校では有名な部類に入るんだった。そんな奴と話してれば勝手に見てくるだろう。しかし、これからどうしようか。

などとまた悩みが頭に浮かびつつも、下駄箱から上履きを取り出し履き替える。

すると肩に重い何かが絡みついてきた。

「よう、色男。そして我らが敵よ」

その聞き覚えのある声が聞こえるのと同時に肩に手を回されていることに気づいた。

ニヤニヤと殴りたくなるような笑みを浮かべている谷山がいた。

「どうした、末原。とうとう嫌われたか?」

「はぁ、何のことだよ?」

「しらばっくれるなよ。俺は見てたんだぜ。お前が綾瀬川と話てたとこを」

別に何もないのだが、まさかこんな奴に見られていたと思うと我ながら情けなく感じる。

「オマエ、綾瀬川になんだか言われてたみたいだが、何を言われたんだ」

「別に何もありはしないさ」

「本当かよ?まさか告白して振られたとか?」

あいかわらず本当に殴りたくなる奴だ。

「まぁ、似たようなもんだな」

「マジか。これで他の男子も告白するチャンスが増えたぜ」

「何をいってるんだ、オマエ?」

「知らないのか、お前? いや知るはずもないもんな」

「何がいいたいんだよ?」

「オマエと綾瀬川さんとオマエの関係だよ」

「何でそんなのが噂になるんだ」別に部活が一緒なだけだし、命を奪われかけたということくらいだ。

「付き合ってるんじゃないかっていう噂になるんだよ」

実に馬鹿らしい噂だな。まぁ、高校生ならそういう噂が立つだろうな。

「けど、さっき感じならそういうこともない」

谷山は一人でうんうんと頷いた。

「谷山、オマエは何か勘違いしてるぞ」

「勘違い?オマエこそ何をいっているんだ?」

オレは綾瀬川のことや持田達のことを話す気にはならなかった。話したところで信じてもらえるものでもないからな。

「別に何でもねぇよ」

オレは外履きを下駄箱に戻し、そのまま教室に向かうことにした。

「おい、意味がわからないぞ!」

後ろで谷山が叫んでいるのを聞きながら、オレはこれから本当にどうしようかと同じな悩みをループし始めた。


それから放課後までの八時間ほどオレはずっと悩みっぱなしだった。自分でもなんで悩んでいるのかよくわからなかった。授業中、なぜか綾瀬川のことが気になっていた。

彼女の横顔を寝たフリして何度か見てしまった。暗い奴だなとおもわれそうな行動だなと自虐してしまう。

それにしたって綾瀬川の表情は変わりなくいつもの表情だった。ただなんだかいつものような雰囲気ではないなと思った。

下駄箱のときから話かけづらかった。奥手かと自分で突っ込んだりしてみたりしたが、それで何かが変わるわけじゃない。いろいろと考えた末にどうしようかと考え抜いたオレはいつものように部室にいくことを決めた。

部室のドアをノックする。しかし、反応はない。

まぁ、普段通りだ。

気にせずオレはドアを開ける。

いつものように部屋には白石が長机に座っていて、パソコンのキーボードをカタカタと鳴らしていた。

「よう、白石」

オレは白石に挨拶をするが白石はこちらを一瞥するとまたパソコンの画面に目を戻す。

これがいつもの挨拶。

昨日のことなどなかったかのようにいつもの風景があった。

「そういえば白石。昨日のこと、ちゃんと礼をいってなかったな」

パイプ椅子に座りオレは白石に言った。

「オマエのおかげで命拾いしたよ。でもすごかったよ、オマエの能力。ここから公園までワープするなんて想像もつかなかったけどな」

白石は何も言わず、こちらを見ていた。まるで動かない石造のように微動だにせず、ただ見つめていた。

「ただあのとき少し、吐きそうになったけど。まぁ、そんなことを言いにきたんじゃない。昨日は本当に助けてくれてありがとな」

白石は何も言わない。

「……」

オレは席を立ち冷蔵庫に近寄り、いつも持田が飲んでいるコーラを取り出し一口、すすった。しかし、このコーラ、あんまりおいしくないな。

そうふと思った。

「礼はいらない。私はただ任務を果たしただけ……」

白石は何の前触れもなく口を開いた。

「あの場から貴方をつれだすことは重要項目に値した。けれどダグラとの接触を避けられなかった。そこは私たちのミス」

オレはおどろくこともずにただ黙って聞く。

白石は表情こそ何も変化はないが、自分のミスを素直に反省しているらしい。

やっぱり、あの三人の中ではまともな奴だな。

「それに礼を言うのは私ではなく、綾瀬川のぞみ、彼女の方」

「どういうこった?」

「一番、早くダグラたちに気づいたのは彼女。あなたが標的になっていることに気づいた」

アイツがか?オレは缶のコーラを飲み干す。

「そう。彼女が気がつかなければ貴方は今頃、彼らに連れて行かれていた」

あいつらに…、そう考えるとオレは寒気がした。

「だから、礼を言うのは綾瀬川のぞみにして…。私は貴方にお礼を言われる権利はない。それに貴方は来ないとおもっていた。少しだけ、意外…」

白石は、また無表情で言った。

「……。そうか。わかったよ。あいつにお礼を言っておくよ」

オレは席を立ち入り口へと向かった。

「でも白石、オマエに助けてもらって本当に助かったっよ。それから…」

白石は無表情だが感情のこもった瞳でオレを見る。

「明日もまたここにくるよ。持田にコーラありがとうって言っておいてくれ」

うなずいた白石の顔を一瞥しオレはドアノブをまわし、部室の外に出る。

さてとこれからどうするかな……。

ずっと頭を使うという慣れないことをしていたオレは考えぬいた末、綾瀬川を探すことに決め、屋上へと向かう。

異世界人に気づかれてしまったがまだ何か、任務をしている可能性だってある。

でも、白石に聞けばよかったなと思った。しかし、後悔しても遅いため、とにかく歩を進める。

屋上にでるためのドアの前に立ち、あせる気持ちを抑えつつ、一息入れ替える。

自分でもこんなになんでこんなに冷静になれないのかよくわからないが、とにかくオレはドアを開けた。開いた先の光景には――――。


―――綾瀬川の立つ姿はなかった。

オレの予測がはずれたというわけだ。しかし、こんなことでダメだとネガティブに陥るほど頭が良くない。しかし、考えることはできる。どうする、ただアイツが行きそうな場所なんて考えもつかない。

ふと、フェンス越しに中庭の方を見る。

中庭にはある人物が一人だけベンチに座っていた。屋上からだと、横顔だけしかみることはできない。けれど、オレはその人物の顔を知っている。いやいつも見ているし、今、オレが探している人物だ。絶対に間違えることなどない。

思わず、駆け出した。

階段を一段飛ばしで駆け下り、途中、他の生徒とぶつかりそうになったが奇跡的に誰ともぶつからず、中庭へと走った。

考えて見ると綾瀬川との行動を共にしろと手紙で強制的に伝えられたのはほんの一ヶ月前だ。不思議なもんだな。

一階の中庭へと続く出口を抜けたところで走るのをやめ、普通に歩いているように見せかける。

中庭のベンチに座っている人物に近づく。

「よぉ、綾瀬川」

オレは綾瀬川に手を上げ、挨拶する。

綾瀬川はオレを一瞥すると何事もなかったかのように真正面に顔を戻す。

「その行動は白石、特権だろ」

オレはおどけていう。

「……」

「無視かよ。隣いいか?」

ベンチの真ん中あたりに座っていた、綾瀬川は何も言わずにベンチの端に移る。

オレはベンチに腰を下ろす。

「なぁ、そういえばさ、昨日、言い忘れたことがあったんだけど」

「何かしら?」

「昨日はありがとうな、助けてくれて。それだけを言いにきただけなんだけどさ」

綾瀬川は笑っているような、笑っていないようなよくわからない表情をしていた。

「本当に太一君って馬鹿よね」

「何がだよ?」

「別に何でもないわ」

「一番、最初にダグラのこと気がついたの綾瀬川、お前なんだってな」

「余計なことを言うわね、白石」

綾瀬川はチッと舌打ちをした。

グラウンド方から校舎を超え野球部の掛け声が聞こえる。

オレは空を仰ぐ。

どうしようもなく懐かしいような感じがする。

そういえば三年前もこんな感じだった。

「でもお前が気がついてくれてよかったよ。そうじゃなきゃ、オレは死んでいたしな」

「別にそのまま、あの世に行けばよかったんじゃないかしら」

「お前は本当に愛想がないよな」

「……。余計なお世話よ」

綾瀬川はそっぽを向いていう。

「なぁ、綾瀬川」

「何よ?」

「持田にこれから部室に来なくていいよといわれたが、オレは今までどおり部室に行くぞ。馬鹿じゃないとかいうなよ。ただオレは好きで行くんだ。バイトがない日はやることがないからな」

「……」

「別にダグラや異世界人に襲われるのは嫌だが、おまえらと話せないのは悲しいからな」

「太一君は本とうに馬鹿よね。あきれるくらい」

「だからそれはいうなって」

オレは笑った。ふと綾瀬川を見る。笑っているというか微笑んでいるような顔。

なんとなく見とれてしまった。なんだか最初に会ったときよりも冷たい雰囲気が薄くなったような感じがした。

「やっぱり、お前は笑っていたほうがいいよ」

「なっ…!?」

綾瀬川の顔が赤くなった。また赤くなったと思った次の瞬間、右頬に痛みが走った。

「いってぇ!」

どうやらオレは平手を打たれたらしい。凶器を使わなくなったのはいいことだが、さすがに手をだすのは直らないみたいだ。

「へ、変なこと言うんじゃないわよ!」

「変なこと一つも言ってねぇよ!」

綾瀬川はそのままそっぽ向いてしまった。どうやら、正直に自分の気持ちを出すのが苦手らしい。まぁ、いいんじゃないだろうか。

オレは頬をさすりながらそんなことを思った。

「とにかくあさってからもちゃんと部室にいくからな」

「……」

「あと、綾瀬川」

「……」

「帰るぞ」

綾瀬川は別の方向からこちらに顔を向ける。意味がわからないという表情をしていた。

「言葉の通りだよ。帰るぞ。ほら」

「本当に頭が壊れたのかしら?」

「頭は悪いが壊れてはいねぇよ! 今まで通りにするってことだよ」

「今までどおり?」

「そうだよ。今まで、オレを監視するとかいって放課後は一緒に行動してただろう。それに一緒に帰ったことはないけど、それも同じようなもんだ。だから大丈夫だろう」

綾瀬川はオレを疑うように見る。

「本当に頭がおかしくなったんじゃないの?」

本当にこいつは…。頭がひねくれているのだろうか?

けどオレは引き下がらない。

「だから、普通に帰ろうっていってるだけだって! 別にオマエに危害を加えるつもりもない。監視していた今までどおりでいいんだよ」

綾瀬川はきょとんとした顔をした。コイツにしては珍しい顔をしたなと思った。

「本気で言ってるの?」

「だからそうだっていってんだろ!」

綾瀬川は少し、考えたような表情をしベンチから立ち上がった。

「そう、じゃあ、帰りましょう」

そのまま綾瀬川はすたすたと歩いていってしまった。

「おぉ、おい!」

「何してるの、早くしないとおいていくわよ」

「ちょっと待て!」

今日の朝のデジャブじゃないだろうかと、オレは思いながら綾瀬川を追いかけた。

どうやら綾瀬川は素直になってくれるのは先のことらしい。

いつの日か、綾瀬川が笑って話しているところを見てみたいなと思った。

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