第2話

「え~、今日からこの学校に転校してきました、綾瀬川のぞみさんです」

もうとっくのとうに髪の毛がなくなった頭部を汗で普段の二倍ほど輝かせて、二年二組の担任である山辺は言った。

「で、彼女は……」

山辺は綾瀬川について何かしらの説明を始めたがオレは聞く気になれなかった。

あの出来事から二日たち、月曜日の朝のホームルームの時間。

学校に行く事に恐怖を覚えたのは初めてだった。

持田の言っていた通り、綾瀬川はオレの学校に転校してきた。まさか本当に転校してくるとは思わなかった。

二日前の持田の言葉を思い出す。


―――太一君は僕らの秘密を知っちゃったからねぇ。逃がすわけには行かないし、他の人に喋られても困るからさ、のぞみちゃんに君を監視してもらうよ。 それにたまたま、のぞみちゃんと同じクラスだから一石二鳥だね。もし誰かに喋ったり、下手なことしたら痛~いお仕置きが待ってるからそこんとこよろしくね。


―――という言葉をオレを脅すように持田は言った。

もうこの物騒な人たちとは関わらないつもりでいたのに……。

当然のことながらこのことに綾瀬川は滅茶苦茶に持田に反論した。

しかし持田はそれを受け流してそのままどこかへ姿を消した。

オレは神様がいるとしたら、とても恨んでいる。これが運命とかふざけたことだったら多分、拳をグーにして殴ってやりたい。 

 ほんとなんという面倒な展開だよ……、ずっとびくびくして生活していかなければいけないなんて酷だ。

オレがこれからのことについて悲観していると近くの席に座るバカで悪友の谷山(たにやま)がひそひそ声で話しかけてきた。

「なぁ、末原。あの転校生、綺麗じゃないか?」

「そうですか……?」

オレはもうやる気のない声で谷山に返事を返す。

「そうですかって、お前、何も反応なしかよ。あんなきれいな子がこの学校に来るなんて珍しいぞ」

オレはその可愛い子にカッターナイフで殺されかけた。

なんて谷山に言いたいがさすがに無理だ。言った時点でオレは持田の言う『痛い』ことが待っている。

「別に……、いいんじゃないの?」

「なんてのれねぇ奴だ、お前という男は。 いいかこの学校には可愛い子はいることはいる。けどあの子は別格といっていいほどの存在だぞ!」

「あー、はいはい。とにかく静かに座って聞いてたらどうだ? オレに話しかけてる間に多分、何かしら役にたつ情報が山辺の口から出るかもな」

「そうだな、お前の言うとおりだ。お前と話してもあの子と仲良くなれるわけないもんな」

谷山は軽い調子で笑う。 コイツは本当に女が大が二回つくほど好きなんだと実感した。

まだ山辺は何かしら話しているがあまりもう興味がない。

ただクラス全体が綾瀬川を見て、ざわついていた。

谷山とオレみたく綾瀬川をみて何か話している奴、まるで興味がないといわんばかりの奴、オレは後者に入るのだろうか? まぁ、どちらでもいいか。

オレは顔を窓の外にやる。

しかし、今日は空が晴れていてとてつもなくいい日のはずなのに、オレの心は曇っていた。

「それでは綾瀬川くん。 あそこの席に座ってもらおうか」

山辺の一言にクラスの雰囲気が変わった。何だこの、オレを取り巻く変な感覚は!?

まさか…、そんなことはあるまい。

オレは外の景色から教室の中へと視線の位置を変える。

クラスの全員と目が合った。

みんなの視線がオレの方へと集中していた。

山辺は教室で窓側での一番後ろ、一番端であるオレの席の隣を指差していた。

 まさかのまさかだった。 オレの隣の席は誰も座っておらず、オレはいちいち隣の奴に気を使うことなく生活していた。他の席だって空いているだろうに! なんで一番後ろの席でしかもオレの隣なんだ?

間隔は少しあるとはいえ、気まずいにもほどがある……。

「わかりました」

綾瀬川は席にむかって歩き出し、一歩ずつ、こちらに近づいてくる。

額から何かへんな汗が流れ、顔を下に向けていた。

彼女の顔をまともにみれない。

隣に綾瀬川が座ったのがわかる。オレは勇気を出して綾瀬川をチラッと見た。

綾瀬川と目が合った。

オレはすぐに目をそらした。

綾瀬川は無言だった。しかし彼女にはなんともいえぬ威圧感漂うオーラをまとっていて、ちょっとでも気を抜いたらすぐにあの世にいけるくらいの緊張感があった。

「ということでみんな、綾瀬川くんと仲良くして過ごしてください」と担任の山辺は言い、なにかしらの連絡事項をみんなに伝えていた。

しかし、このなんともいえない緊張感が漂う奴とどのように仲良くしろというのだ?

 もう一度、綾瀬川を横目で見る。

綾瀬川はまっすぐに前を向いて山辺の話を聞いていた。

谷山の言うとおり綺麗だよな……。

あったときは殺されかけながらもなんとなくわかっていたけど、改めてちゃんと見ると綺麗なんだよな。何色にも染めていない真っ黒な髪は艶があって、鼻筋は高く、まっすぐに伸びる眉毛。それに真一文字にむすんだ唇は、意外と小さくて色も薄い。

 この年くらいの女の子って可愛いって言葉が似合うけど、綾瀬川はちょっと違っていた。

これで愛想が良かったらいいんだけどな。

やっぱり、どうもオレには仲良くできそうにないな……。

これから、この重たい空気のなかで生活していくとなると息がつまるなぁ……。

オレの元に自由よ、カムバック!

なんてことを考えている間にチャイムが鳴り、ホームルームは終わった。

次の授業が始まるまで少し時間がある。

そのためオレはすぐに席から立ち上がり、この重たい空気から少しの間、逃げることにした。監視だかなんだか知らんが、息苦しい雰囲気はいやだからな。

 出て行こうとすると彼女の周りには興味を抱いた奴らが群がるのがわかったが気にせずに教室を後にする。

どこにいこうかと考えたが、すぐに授業が始まるため教室から離れすぎると授業に間に合わなくなる。オレは教室から少し離れた階段の踊り場に腰を落とした。

ここなら人もあまり来ないし、教師に見つからない、すぐに教室に戻れる。

それにしても彼女の雰囲気はまずかったな……。

綺麗な顔してやることが怖いし、それがさまになっているからさらに怖い。

今頃、教室では『私に関わらないで!』とか滅茶苦茶怖い顔して、凍てつくような言葉を撒き散らしているんだろうな。

 ブリザド!とかいって。

周りの奴らが多分、凍えた顔で席についてるんだろうな。

「いやー、案外、それはそれで面白いかもな」

一人でなんだかにやけてしまう。

「何が、面白いって?」

「そりゃぁ、アレだ…!?」

振り返ったオレは一瞬で顔から笑顔は消えた。

声がしたから振り返ってみたら、そこには綾瀬川が無表情で立っていた。

蛇に睨まれた蛙のごとくオレは動けなくなった。

「いや、その……?」

悪いことをしていないのになぜか動揺してしまう。

「なんで動揺してるのかはよくわからないけど、ここで何してるの?」

「何もしてないよ……」君から逃げてたいたなんて馬鹿なことはいえない。

「何もしていないというよりは監視、つまり私から逃げてたといったら的確かしら?」

 綾瀬川は冷たい表情で言う。

一瞬、ドキッとするオレ。

「なにを言ってるんだよ……、そんなことあるわけないじゃないか。 あは、あはは」

「まぁ、冗談よ。私がいちいちキミのそばにいなくても、白石がちゃんと別の場所で監視してると思うから私から逃げても意味がないよ。ずっとキミのことを監視してるはずだからね」

「なっ……!? それは聞いてないぞ!」

「あくまで推測だけどね……。リーダーならやりかねないしね。 だから私は反対したのにね。無駄なことして……」

綾瀬川は興味なさそうに髪をかきあげた。

それが本当ならオレは四六時中、見張られてるってことか……。

綾瀬川だけでなくあの白い女の子にさえもか…、厄介だなぁ。

「それにしてもなんでここにいるんだ。 オレはまぁ、確かに君から逃げてたけど、それなら君がここに来た理由を知りたいんだけど」

「キミに用件があったの。 それがなきゃキミに用なんてないもの」

なんだかへこむようなことをさらっといったけどオレはスルーした。

「用件?」

「リーダーからの伝言で今日の放課後、また映画研究部の部室に来いってが言ってたわよ」

またオレはあの場所に行かなきゃ行けないのか……。

「これで用件は伝えたから」

綾瀬川はすっと立ち上がり、オレに背を向け階段を上り教室のほうへ向かう。

「あと……」綾瀬川は振り返った。

「私はキミと一切関わる気ないから」

彼女は警告とも聞こえるセリフを放ち、教室へと消えた。

確かに綺麗だということは認めよう。

なんだか、このあといいことがあるんじゃないかとか、いい関係にまでなれるんじゃないかとか谷山みたいにポジティブシンキングならいいが、どきどきはしたが期待は微塵のかけらも生まれない。

ということでやっぱり、オレは彼女と仲良くできそうもないな。

というかこっちから関わりたくない。

これからこんなへんてこな人たちと関わるのか…。

なんだかやりきれないような気持ちになった。

 それを無視するかのように無情にも授業開始のチャイムが鳴った。


―――教室に戻ると男子数名は机の上に撃沈し、女子の何人かは綾瀬川を不思議なものをみるかのようなしぐさをしていた。

授業が終わってから谷山に聞いてみた。

「おい、なんで男子数人はヘコんでるんだ?」

「あ~、彼女に何人かが話しかけたみたいなんだけど、なにか酷いことを面と向かって言われて撃沈したみたいだよ」

いい気味だと谷山は笑う。

どうやらオレの感は的中していたみたいだった。

「それに近づいてきた奴らに全員に『私に関わらないで!』とかこんな怖い顔して言ったもんだからみんな引いちゃって」

谷山は両目の端を上に持ち上げて、こんな感じでといった。

やはり綾瀬川は彼女が自分自身で言うとおり誰とも仲良くする気はないらしい。

「お前は綾瀬川に挨拶でもしようとかしたのかよ? へこむようなこと言われた割にはずいぶんと元気がいいみたいだが」

「いや~、出遅れちゃった。挨拶して仲良くしようと思ったら、出遅れちゃってさ。しかも私に関わらないでとかいってるから、今日はあきらめたんだよね」

やはり谷山はあきらめる気はないらしい。

「でもいきなり私に関わらないでなんてすごいこというよね。みんな、関わりにくそうにしてるけど、まぁ、はじめてだから緊張してるのかな?」

オレは谷山の質問に答えなかった。

多分、緊張もしてなさそうだけどな。

これから、彼女と接触しようとする人間はすくなからず不快感か、傷を負うだろうな。

まぁ、オレは綾瀬川と関係をこれから築けるかと言われたらたぶん無理と答えるだろうけどな。

――――何とか気まずい空気の中、無事に放課後まで過ごせた。

命があってよかったとほんとに思う。 しかし、これからバイトがないとはいえ、あの部室にいかなければならないと思うと気が滅入るが、とりあえず何か飲み物を飲んでから行くことにした。

学校のなかにある自販機でジュースを買う。

綾瀬川の怖い雰囲気の中で緊張していたためか疲れがどっと出て、中庭のベンチに崩れた座り方をする。

一口清涼飲料水を口にすると体が嬉しがる。

激しい運動をして汗を流した後にのむ水はどんなものを口にしたときより上手いっていうだろ? そんな感じでオレは清涼飲料水を味わった。ベンチに座りながら空を仰ぐ。

少しだけ空がオレンジ色に染まりかかっていて綺麗な風景だなと思った。

 なにも考えずにボーっとしているとオレの視界に何者かが入りこんできた。

「し、白石?」

オレの視界に入りこんできたのは白石優だった。

「よっ、よう。どうしたんだ? これから行こうとおもっていたんだけど」

「…………」

白石は何も喋らない

「…………」

「…………」

オレまで黙ってしまった。

「…………」

「何も喋らない。ただの屍のようだ」

「…………」

オレは困り、某有名ゲームのようなセリフをギャグとして言ってみた。

しかしこれは完璧に滑った……。

白石も人形のような無表情でオレを見続けている。

や、止めて、そんな目でオレを見ないで!

気まずい空気が流れる。

「…………」

「白石、なにか喋ってくれないか?」

「―――がこれないって……」

前半の部分が聞き取れなかった。

「もう一度、言ってもらっていいか? ゴメン」

白石は何も言わずにうなずく。

「持田は来れないって言ってた。 それをわたしは伝えにきた」

「来れないって」

来た意味なかった、オレ。

まぁ、以外と助かったのかも知れないが。

「彼は部室にいけないからゴメンといっていた」

「そっか、わざわざありがとな」

「礼はいらない」

「そうか」

確かに綾瀬川よりか楽だがこの子もこの子で結構、癖のあるタイプの人間だな。

しかしちゃんと喋ってるのは初めて見たな。

最初、会ったときあまり喋らない奴なのかとおもったが意外と普通に喋れるみたいだ。

「これで話は終わりなのか?」

「まだ……。 持田からあなたに説明しておいてと頼まれた」

一体、なにを説明するのだろうか? というかなんか早く帰りたいのが本音なんだが。

「説明ってなにを説明するんだ?」

「部活のこと」

「はい?」

部活のこと……? 何が言いたいんだ?

「部活って何のこと?」

「私たちの部活」

「あの映画研究部とかいうやつ?」

白石はなんの変化もない顔のままうなずく。

なんで部活のことがいきなり出てくるんだ? またあの持田とかいう善人の皮をかぶった悪魔のようなことをする人のたくらみだろうか?

「それがどうしたんだ?」

オレは一応、単刀直入に聞いてみた。

白石はポケットから小さい紙を取りだした。

それは折りたたまれており、彼女は小さい手でそれを取りだすと元の状態に広げ、オレに向けて差し出してきた。

「これ……」

それを受け取ると部活の入部届けだった。

「あの……、白石さん。これは一体何かな?」

 真っ白な頭の中に?マークが埋め尽くされるほど当惑するオレ。

「これが監視を軽くするための条件」

「監視を軽くするための条件?」

「そう。これから生活するのに持田が出した条件。あなたが入部すればいちいち、綾瀬川が監視しなくてもいい。それにあなたが楽だろうって持田は言っていた」

確かにずっとアイツに監視されるより、楽だ。

「今までと同じように監視は続けるけれど、部室に来た場合は監視を解くといっていた」

聞いてみるとオレにとって有利になる条件だ。

しかし、別に部活に入る必要性はないんじゃないのか?

何か、裏があってこれをだしたのだろうか?

考えているオレをみて白石はもう一枚、紙をとりだした。

オレはそれを受け取ってみると手紙のようだった。

差し出人の名前を見てみる。

フロム持田健人と書いてあった。

お茶目なことしてくれるな……。オレは手紙を開封して読んでみる。

内容はこう書かれていた。

『拝啓、末原太一様 

僕自ら、行くと約束したのにいけなくて本当に申し訳ない。このお詫びはまたいつかしたいと思うよ。

しかし、太一君がこの手紙を読んでいるということは、優ちゃんから話を聞いてどうするか迷ってるってことでしょう。

ただ僕はキミのことを思って提案したんだけど、お気に召さなかったかな?

選択するのは太一君、キミなんだ。無理にとは言わないけど入ってくれると嬉しいな。

僕はキミが着てくれることは大歓迎だからさ。

ただひとつだけ言わせてもらうと、入る、入らない、どちらかを(特に後者)選択したら大変なことになるのは太一君はわかっていると思うんだ。

もし決断できたら、入部してね。

そうだ、あとひとつ忘れてたけどくれぐれも幽霊部員にはならないでね~

                  

                 親愛なる友人 持田 健人より』

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

オレは天に向かって叫んだ。声が学校じゅうに響きわたった。

選択させるも何も、選択の余地を脅しでなくしてるじゃないか!

オレに人権というものはないんですか!

なんだか本当にやりきれない状態になってきた。

そんなオレを横目に白石はなんの感情もない顔でオレを見る。

 白石は口を開いた。

「部室は常に開放してる。 活動内容は特に決まってない。持田は来るけれど一週間に四日ほどしか来ない。綾瀬川は訪れるけれど持田より回数は少ない。極まれに近い。私はいつでもいる。鍵は私が持っているから学園がしまるまでいても大丈夫。ただわたしは持田や上のこととは関係なく、あなたには部活にはいって欲しいと思ってる」

なんの変化も見られない不思議と通る声で白石は言った。

「えっ?」

オレは聞き間違いだと思い、聞き返す。

しかし、白石は「じゃあ、これで」と言いすぐに消えてしまった。

 残されたオレはどうしていいのかわからず、辺りが暗くなるまでそのままベンチに座っていた。

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