第21話 再会と別れ

 蛍は久々の対局で勝ち星をあげると、滝宗次郎に連絡をとった。

 母親の死について伝えたい事が出来たので、一度だけ那智に会う機会が欲しいと申し出たのである。

 待つこと一週間、滝から「彼女は水曜19時に東雲家を訪れる」との返事があった。


 当日、伝言通り那智がやってきた。


「お久しぶりです。蛍先生」

 彼女はまるで以前に時が戻ったかのように明るく振る舞った。

「やあ、来てくれてありがとう」

 彼女をリビングに通すと、蛍はシャンパンを震える手でグラスに注いだ。彼女はソファーの定位置に腰かけた。

「実は、東雲の別荘で警備員ガードマンをしていたミックという老人に会ってきたんだ」

 彼は自分が知り得た事を、包み隠さず全て話した。彼女は一言も発する事なく、黙って聞き入っていた。



「以上だ。全て、僕の祖父と祖母が仕組んだ嘘だったんだ。君の母親は僕の一族のせいで亡くなった。もっと言えば、妻子ある身で不貞をはたらいた曾祖父が全ての元凶だった」

 蛍はその場に土下座した。彼女の足元の絨毯に額を密着させる。

「母は、自ら飛び込んだのね。突き落とされたのでは無かった」

 那智は呟いた。

「那智さん、やはり君は……全て知っていたんだね」

「祖母の日記に記されていたことだけです」

「そうだったのか。僕の一族の罪は重い。許しは乞わない。ただ可能なら墓参を許してもらい、罪を償わせて貰えないだろうか」


 蛍の言葉に那智はかぶりを振った。

「絵画を取り戻したら、祖母は成仏しました。母は……母はきっと、私が東雲家に関わる事を望んではいないわ。償いはいりませんから、先生もどうか私の事は忘れてください」

 そう言うと那智は鞄を手にして立ち上がった。

「ま、待ってくれないか。その、アップルパイを焼いたんだ。最後に、食べていかないか?」

 那智は小さく微笑んでソファーに座り直した。蛍は慌ててキッチンに向かうと、昼間に焼いておいたパイをお皿に取り分けて戻ってきた。


「美味しい……あの夜と同じ味ですね」

 那智はあの日の事を鮮明に覚えている。つまらないやきもちを妬いて、深夜に飛び出した。彼は追いかけてきて、名前で呼べよと言った。

「うん。最後まで僕は『先生』だったなぁ」

 蛍は震える声を悟られまいと、笑顔を作った。

「そうですね。もし来世でまた会えたなら、その時は呼び捨てにしてあげます」

 那智はクスクス笑った。ゆっくりと最後のひと切れを食べ終えると、那智はペンダントを外し彼に返した。

 蛍はバス停まで見送り、彼女の姿が見えなくなると、体の力が抜けて地蔵の前に尻餅をついた。街路灯の電球が切れかかっていて、地蔵さまのお顔が見え隠れしていた。




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