第8話 祖母の写真

 次の土曜日、那智は滝を自宅に呼んだ。

「おじゃましまーす!」

「滝くんじゃないか! すっかり大きくなったな。アイドルの嫁さん貰ったんだって?」

 那智の父、紀伊 権之助が顔を出す。近頃てっぺんが禿げ上がってきたせいか、市松模様の三角巾を洒落て巻いている。

「かわいいですよ。今度連れてきますから、一局指導してやってください」

「舟唄くらいしか歌えんぞ」

「違いますよ、碁の方ですよ」

「そうか! 碁が打てる嫁は良いぞ。うちの家内やつも打てたが、たまにわざと負けてやったもんだ」

 小遣いが足りない時とか浮気がバレそうな時とかな、と権之助は豪快に笑う。

「なるほど」

 滝はふむふむとうなずく。



「何やってんの滝くん、こっちこっち」

 那智は恥ずかしくなって滝の腕を引っ張った。

「今日はどうした?」

「いいから、こっちに来て」

 自室のパソコンの前に彼を座らせる。

「これを見たいんだけど、勇気が出なくて」

「……超ミニUSBだな、どこで?」

 彼は察して小声になる。以前、彼がこんなUSBにユミたんの画像を入れて持ち歩いていた事を那智は覚えている。

「東雲家」

「なっ、お前それ犯罪だぞ!」

 滝の声が大きくなる。

「事情があるの。ほら、ちゃちゃっと見て」

 那智は滝の肩を叩く。

「先生んちのどこにあった?」

「……碁笥の中」

 那智はぼそりと言う。

「どこ?」

「碁笥の白石の中にあったんだって」

「お前、それは確実に男のロマンだろう。お前が見ちゃ駄目なやつだよ」

 滝は躊躇する。

「違うって。彼は碁笥を神聖な物と考えているの」

「神聖なじゃん」

「ああっ。じゃあ、私は見ないから、とにかく見てよ」

 話が進まない。滝を呼んだことを後悔し始める。

「よし、開くぞ、見るなよ!」

 那智は咄嗟に両手で顔を覆った。しばらく待つが、マウスのクリック音以外聞こえてこない。

「滝くん?」

 恐る恐る指の隙間を開ける。

「那智、これ残しておくか?」



 それは、危惧していたようなデータでも、滝が期待するお宝でもなかった。

 フォルダ名は『東雲吾郎』となっていて、中には二つのファイルが入っている。

 一つ目は百枚以上の絵画の写真と作品についての情報、二つ目には作者の写真や経歴などのプライベートな情報が入っていた。絵画の写真は全て同一人物によって描かれており、現在の保管場所や所有者、落札金額などが紐づけさせている。

「東雲ってことは、先生の血縁なんじゃないか? この絵、すごい高額で売れてるぞ」

 滝はゆっくり画面をスクロールして、全ての写真に目を通していく。彼は1つ目のファイルを見終えると、もう一方のファイルを開いた。

「おい、これ……お前がいるぞ」

「え?」

 写真の中に那智に瓜二つの女性がいる。背景にはどれも洋館が写っていて、集合写真には外国人も交ざっている。

「誰だ?」

「祖母かも。私は留美子の若い頃に似てるって父さんが言ってた」

「ここ、どこなんだ?」

「この人が祖母なら、フランスなのかも」

 よく見ると、どの写真にも緑のベレー帽の口髭の男が写っている。この人物には見覚えがある……。



「なあ、もしかして東雲先生の爺さんが画家で、ばあちゃんの師匠なんじゃないのか」

「でも、このツーショット写真、歳が離れすぎてない?」

 恋人というよりはむしろ親子にみえる。

「じゃあ、画家は先生のひい爺さん?」

「そうかも。蛍先生は欧州の生まれだって言ってたし辻褄が合う」

 那智は落ち着くために、深く呼吸した。

「実は、東雲家のリビングに三部作があったの。右下にはちいさく『g.s』と書かれていた」

 那智は滝に、絵の詳細を話した。

「東雲 吾郎なら、ビンゴだ。もしかして、絵画は画家の家に戻ってきていたんじゃないのか?」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る