第43話

 昨日の夜は、翔ちゃんとマートの荒々しい言葉が頭を巡り、よく眠れなかった……。


 〜初めて会った時、ポチやバンをパンドム星に連れて帰りたいと思った〜


 〜お前、ポチやバンを、研究材料にしようとしてたのかよ!〜


 〜なんだよ! 地球人だって、動物を使って研究してるし、牛や豚を食べてるじゃないか!〜


 〜結局、感情も心もない宇宙人となんか理解しあえないんだよ! お前なんか、もう友達じゃない!〜


 頭の中がパニックで、自然に涙がこぼれてくる……。


(このまま別れるなんて、悲し過ぎる……。マートに会いに行かなきゃ!)


 急いでミントグリーンのワンピースに着替えていると、机の上で携帯が鳴った。

 未来ちゃんからだ。


「もしもし、瑠璃ちゃん?」


「あっ、未来ちゃん! 電話しようと思ってたの! 昨日は、マートに色々と言ってくれてありがとう」


「じゃあ、マートと仲直りしたんだね」


「それが……、まだなんだぁ」


「えっ、だって、マートはもう……。朝早くに帰るって言ってなかった?」


「えっ、宇宙船が出発するのってお昼じゃないの? 何時って言ってた?」


「時間は聞いてないけど、気圧の関係で早まったって……」


 部屋の壁時計を見た。

 午前8時15分だ。


「まだ間に合うかもしれない! 未来ちゃん、一旦電話切るねっ」


 そう言いながら、階段を駆け下りていた。


「ちょっと、出掛けてくる!」


 勢いよくドアを開けて、急いで外に出る。

 暗い朝、今にも雨が降りだしそうだ。


「なんで、出発時間が変わっちゃうの!」


 出発は、お昼だと聞いていた。

 マートは、淋しくなるから来なくていいと言っていたけれど、私は見送る気でいた。


「嘘っ!」


 なりふり構わず全速力で走っていたのに、大通りの赤信号に勢いを止められてしまった。


「お願いっ、早く変わって!」


 青に変わるまでの時間が、もどかしい……。


「謝らなきゃ! 私、マートに謝らなきゃ!」


 信号を渡って、また全速力で走りだす……。


 ようやく、コンビニの駐車場に辿り着いた。


「ハァ、ハァ、マート! マートーーッ!!」


 シェルターがあったであろう辺りを重点的に、必死に呼び続ける。


「マート! マート、まだ居るよね!」


 ふと、真上から射し込んでくる強い光を感じた。


「……えっ?」


 そのまま空を見上げると、大きく光るオレンジ色の物体がキラリッと輝き、厚い雲に吸い込まれていった。


 マートだ!

 あの光は、マートが乗っている宇宙船だ。


「マートーーッ!! マートーーッ!!」


 涙まじりの声で精いっぱいに叫んだ。けれども、もう、私の声は届かない……。


 間に合わなかった。

 マートは、パンドム星に帰ってしまった。

 もう、謝ることも、仲直りすることも出来ない。

 ラインも電話も、手紙さえ届かない遠い星に帰ってしまったのだから……。


「ヒック、ヒック……、マート……、マートーーッ!」


 マートが消えた途端に、マートとの日々が鮮明に蘇ってくる……。


 フォローシートを失くして困っていた、超イケメンなマート……。

 うちの食卓に平気な顔で参加していた、人懐っこいマート……。

 夏祭りで不器用に焼きそばを食べていた、可愛いマート……。

 太陽の下で楽しそうに笑っていた、笑顔が眩しいマート……。

「ルリの星は、僕の宝物」と言ってくれた……、私の大好きなマート……。


 マートは一生懸命に、地球を理解しようとしていたのに、どうして私は、マートの言葉を聞いてあげなかったんだろう……。


 悔やんでも悔やみきれない。


「ヒック、ヒック、マート……。マート、ごめんねーっ。マート……、どうか、地球を……、地球を嫌いにならないでーっ! エェーン、エェーン」


 胸が痛くて苦しくて、その場に泣き崩れた。

 涙が次から次へと溢れてきて、乾ききったコンクリートをポタポタと濡らしている。


「瑠璃ちゃん……」


 声のする方を見た。

 未来ちゃんだ。

 部屋着のままで駆けつけてくれた未来ちゃんが、心配そうに覗き込んでいる。


「未来ちゃん、私……、私、マートを傷つけちゃった……。未来ちゃんがせっかく仲直りするように言ってくれたのに……、マートがわざわざ謝りにきてくれたのに……、私、マートをすぐに信じられなくて……、ヒック、ヒック」


 未来ちゃんが、私の背中を撫でながら、声を上げて泣いている。

 こんなに優しい未来ちゃんを、私は悲しませてしまった。


 コンビニの駐車場に、砂ぼこりが舞った。

 まるで、何かの終わりを告げるように……。








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