16 おかあちゃんを何やと思てんの

 ククシーをゲットした俺達は、レンとおかんが俺とリーナを待つ間にチェックインしておいてくれた宿屋へと向かった。


 小さな村だが観光客が多いため宿屋が何軒かあるらしく、今回の宿はレンが選んだらしい。


「レンちゃんはええとこの坊ちゃんやからな、フカフカのベッドやないと寝られんゆうて、村でいっちゃんいい宿にしたんやで」


 俺とリーナを案内しながらそう説明するおかん。

 半モンスターの格好でよく高級宿のドレスコードに引っかからなかったものだ。


「しかし、高級宿といったら、それなりの宿泊代金がかかるだろう? 星二つのクエストだと報酬はあまり期待できないし、赤字になるんじゃないか?」


 リーナが心配しておかんに尋ねる。


 うんうん。こういう経済観念のしっかりしたところ、リーナはきっといい奥さんに……




 ……って、俺までそんな妄想してどうすんだよ!?

 いかん、子宝の薬草ククシーを大量ゲットしたせいで、思考がおかしな方向に流れやすくなっているのかもしれない。




 村の歳費で暮らしてる身としても、無駄な贅沢は避けるべきだと俺も思うが、おかんはあっけらかんとしてリーナの心配に答えた。


「金のことなら心配いらんで。さっきレンちゃんが酒飲みながら、全額はろてくれるゆうたしな」


「全額!? レンがいくら金持ちでも、それは申し訳ないんじゃ……っていうか、おかん、まさかレンにしこたま飲ませて正体なくしてから言わせたのか!?」


「ユウ君、おかあちゃんを何やと思てんの!?」


 俺の指摘にムッとするおかん。




 おかんを何だと思ってるかって?

 そりゃもちろん、関西(風)のおばちゃん人類最強だと思ってますが。

 立ってる者は親だろうが息子だろうが金髪碧眼のイケメンだろうがこき使い、損得勘定がすべての行動原理になっているだろ。


「正体なくして言わしても、そんなん覚えとらんてシラを切られるのがオチや。正体なくす前に一筆書かせといたから安心せえ」




 ってか、息子が思ってる以上にえげつなかった!




 チェックアウト時にトラブルになりませんようにと祈りつつ、メインストリートを奥に進むと、豪華とは言えないまでもかなり立派で小綺麗な外観の宿に着いた。

 確かにここならば寝心地の良いベッドを備えていそうだ。


「さすがに一人一部屋っちゅう贅沢はできんからな。うちはリーナちゃんと、ユウ君はレンちゃんと同室や。それともアレか? ユウ君とリーナちゃんが同室の方が良かったか?」


 宿の中に入るなり、おかんがニヤニヤしながらそう尋ねてきた。

 息子にとって、こういう時のおかんのしたり顔ほど気持ちの悪いものはない。


「それはもちろん、私とユウトが同室に──」

「金を出させられる上におかんと同室になったら、いくらレンでも不憫だろ。俺はレンと同室で構わない」


 トンデモ発言をしそうになったリーナを遮り、俺は当初の部屋割りに同意した。


 不満そうに頬を膨らますリーナだが、子宝の薬草ククシーが山ほどある部屋でリーナと一夜を明かすなんて、俺の理性の耐久レースになってしまいそうだ。


 残念ながら、隣室のおかんが聞き耳を立てているかもしれない中でイチャイチャできるほど俺は勇者じゃないのだ。


 ☆


 レンが寝ている部屋のドアをそっと開けて中に入ると、俺の気配を察したのか、レンがもぞもぞと身動ぎした。


「レン、大丈夫か? 気分は悪くないか?」


 おかんがしこたま飲ませたんだと思うと、いくらこいつが嫌な奴でも、息子してちょっとは申し訳なく思う。


 声をかけると、レンは小さく呻きながらこちらへと寝返りをうった。


「う……飲みすぎてまだちょっと……。ところで、下見はどうだったんだ?」


 青い顔をしたレンだが、リーナが谷を下見に行くと出ていったことは覚えてるんだな。

 そこを気にするなんて、チャラチャラしてる割に根は案外真面目なのかもしれない。


 だが、レン、すまない。

 俺たち実はククシー採りに行っただけで、実際のところ下見らしい下見はしてないんだ。


「うん、まあ、歩いたのが昼間だったから、吸血コウモリは一匹しか現れなかった。ねぐらはレチムの群生地の傍らしいから、明日はそこを探せばいいんじゃないか」


 戻る途中に吸血コウモリが一匹出たのは嘘じゃないし、駅馬車で若奥さんから聞いた情報を付け加えながらもっともらしい報告をすると、レンは横になったまま小さく頷いた。


「しかし、僕は一人部屋がいいと言ったのに、いつの間に二人部屋に変更されたんだ……」


「変更したとしたら、おかんだろ。おまえの様子を見て、一人で寝かせるわけにはいかないって思ったんじゃないか」


 おかんは言うてもおかんだからな。

 レンが金を出すなら一人部屋にしても構わなかったんだろうが、もし嘔吐して吐瀉物を喉に詰まらせたりでもしたらまずいと判断したに違いない。

 そういうところはやっぱり気が回るんだよな。


「どうせ二人部屋なら、リーナとがよか……っうええええええ!!」


「げえっ!! 早速かよ!? 今は吐くな! 一旦飲み込め!!」


 俺はダッシュで洗面所に置かれた桶を取りに行き、レンの前に差し出した。


 両手で口を塞いでいたレンが、その桶を受け取ると同時に……って、そんな光景は見たくないので、俺はそそくさと離れ、窓を開けたり口をゆすぐための水を用意したりと忙しく動き回るはめになった。


 かろうじて寝具を汚すなどの被害拡大は免れたけど、レンがこんなじゃ、せっかくのふかふかベッドなのにおちおち休めやしない。


 こんなことなら、やっぱりレンとおかんを同室にしてもらえばよかった……と後悔する俺であった。


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