13 この世界の理は、ひどくラノベ寄りらしい

 リーナはクエストの下見に行くと言って、一人で店を出て行った。


 自分のことは気にするなと言い残していったけど、俺としてはやっぱり気になる。


「リーナぁぁ。せっかく同じパーティになったのに、俺を置いて行かないでくれぇぇ! 俺も下見に行くからぁぁ……っ」


 レンが情けない声でそう叫んで後を追おうとするが、千鳥足が酷くて全然頼りにならない。


 リーナはこれまでも一人でクエストをこなしてきたわけだし、俺が同行してもかえって足でまといになりかねない。

 でも、パーティメンバーとして、やっぱり単独行動はさせられないよな。


「レンはおかんのご機嫌取りでもしていてくれ。俺が一緒に行ってくる!」


「はぁぁ!? お前みたいな冒険者ビギナーが何言って──」


 レンの言葉を最後まで聞くことなく、俺はリーナの後を追って店を出た。


「リーナ!」


 広場を抜けようとする銀髪ロングの後ろ姿を見つけ、俺は彼女の名を呼んで駆け寄った。


 俺の声に振り返ったリーナが、驚いて目を見張ると、みるみる顔を真っ赤にした。


「なっ、ユウト!? 私が一人で行くと言っただろう? なぜ追いかけてきた!?」


「下見ったって、これから日が傾いていく時間じゃないか。 いくらリーナが強くても、同じパーティのメンバーとして、女の子を一人で行かせられないよ」


 俺がそう告げると、リーナの顔の赤さは耳まで広がり、戸惑いを表すように翡翠色の瞳が揺れた。


 なんでリーナはそんなに恥ずかしそうなんだ……?




 ……ハッ!!




 もしかして、便意(大きい方)をもよおしたけど、店のトイレを使うのが恥ずかしくて公衆トイレを探していたとか?




「あー……なんかごめん。もしかして、めちゃくちゃ余計なお世話だったかな。単独行動の方が都合良ければ、俺は店に戻──」


「ククシーだ」


「……は?」


「今日のうちに、谷へククシーを探しに行きたかったのだ。明日はクエストがあるし、皆を巻き込んで薬草探しをするのも気が引けるし……」


「ククシーって……」


 どっかで聞いたワードだな、と俺は記憶を巡らせる。

 目の前で真っ赤になって照れるリーナの姿とリンクして、それが薬草の名だったことを思い出した。


「あの若奥さんが言ってた、子宝の薬草か? どうしてリーナがそんなものを探しに行くんだよ?」


「どうして……って。必要になるかもしれないじゃないか」


「ククシーが必要? 近親者にでもあげるのか? だったら俺も手伝うけど」


「ちが……っ!」


 俺が親切心でそう申し出たのに、リーナは顔をますます赤らめて形の良い眉を吊り上げた。


「薬草は乾燥させておけば一年はもつ。一年後に薬草があれば、何かと安心じゃないか!」


「誰が安心だって?」


「私達が、だっ!」


 半ばヤケになったように声を荒らげたリーナ。

 すぐに意味が分からず、俺はそのまま固まってしまった。




「一年後に、ユウトが救世主として魔王を倒したら……。世界を救った英雄が助けた女の子と結ばれるというのは、この世界のことわりだろう?」


「え……っ!?」




 それってつまり──


 英雄が、助けた女の子リーナと結ばれて……子宝の薬草があると安心な状況になるということか?


 日本から異世界転移した人間が魔王を倒す救世主となるのも “この世界の理” で、その救世主が救った女の子と結ばれるのも “この世界の理” だと?


 この世界の理って、どんだけラノベ寄りなんだよ!?




 ……と、誰にツッコミを入れるともなく突っ込んでみたところで、俺の頭にふと疑問が浮かんだ。


「そう言えば……リーナはエルフなんだろう? この世界では、エルフと人間は結婚できるのか?」


「当たり前だろう? うちは両親ともエルフだったが、エルフと人間の夫婦も多くいる」


「だって、エルフの寿命は人間の数倍もあるんだろう? 人生の伴侶としては、あまりに釣り合わなくないか?」


「ユウトは何か勘違いをしているんじゃないか? エルフの寿命はせいぜい百二十年。確かに大抵は人間のパートナーの方が先に逝くことになるが、愛があれば数十年の孤独を覚悟して結婚するエルフも多いのだ」


 エルフの寿命って、この世界ではそんなもんなのか。


 っていうか、だとしたらエベリ婆さんは一体いくつなんだ?

 あの干からびようからして、数千年は生きていると思い込んでいたが。




「そういう訳で……寿命の差をユウトが気に病む必要はない。私にはすでにその覚悟はできている」


「いや、あの、今は別にそこを気にしてるわけじゃないから!」


 しかし、これで合点がいったな。

 リーナが妙に新婚夫婦を妄想していたのは、救世主とヒロインが結ばれるという “この世界の理” を意識していたからだ。


 確かに、俺は救世主として、ダークエルフ化に怯えるリーナを救いたいと思っている。

 それに、リーナみたいな美人と結ばれるとしたら、正直まんざらでもない。


 けど、リーナとは出会ってまだ数日だし、日本に戻る望みを捨てないうちは、魔王討伐後のことなんて──




「ああ、ここにおったんか! 間に合うてよかったわあ」




 不意に聞こえてきたおかんの声に、俺はぎょっとして顔を上げた。

 見ると、サーベルベアーを頭に被った半モンスター姿のおかんがのそのそと歩み寄ってくる。


「気ぃついたらユウ君とリーナちゃんの姿が見えなくてな。酔いつぶれたレンちゃんをはたき起こしたら、二人で谷へ下見に行く言うて出て行ったて言うやんか。おもろそうやし、おかあちゃんも一緒に行くで!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る