07 パウバルマリ村に到着

 遠くに見えた街並みは、歩いて目指すにはやっぱり遠かった。

 二時間近くは歩いただろう。俺たちはようやくパウバルマリ村というリーナの故郷に足を踏み入れることができた。


 石畳の道路がまっすぐに奥まで伸びていて、その両脇を石造りや煉瓦の家が立ち並んでいる。

 この石畳の通りが村のメインストリートのようだ。


 宿場町と言うだけあって、様々な民族衣装を身にまとった人達が行き交い、活気に溢れている。

 よくよく見ると、俺たちと同じような人種に混じって、肌に鱗がついた人や、巨人のように体の大きな人、反対に小人みたいにちょこまかと動く人、全身を毛に覆われた獣人までいる。


 覚悟はしていたが、やっぱりこの世界は俺とおかんがいた世界とはまるでかけ離れている。

 その現実を突きつけられて、人心地がついたはずの俺はなんだか複雑な気分になった。


「質屋に行く前に、祖母の宿屋を案内しよう。私も一度家に帰りたいしな」


 リーナの案内で、俺とおかんはメインストリートの奥へ向かって歩き出した。


 途中、メインストリートと交差する通りには、多くの露店がひしめいていた。

 色とりどりの野菜やフルーツ、肉なんかが売られていて、マーケットになっている。


 その他にも、横に伸びる路地はいくつもあり、路地裏は住宅エリアになっているようだ。

 二階の窓辺に洗濯物がはためいていたり、路地を遊び場にした子供たちの笑い声が聞こえてくる。


 メインストリートに面した建物は、大きな宿屋や洋服屋、食堂などになっているようだが、リーナが案内した宿屋はその一本裏の通りにある、こじんまりした構えの建物だった。


「おばあちゃん、ただいま!」


 ベルのついた木製のドアを開けたリーナがそう声を張り上げると、奥の扉がギイっと開いた。


 そこから出てきたのは────


「おやおや、リーナかい。買い物はもう済んだのかい?」


 梅干しみたいにちっちゃくてしわくちゃな婆さんだった!


 リーナってエルフだよな?

 ってことは、この婆さんも元は超美形のエルフのはずだ。

 長寿で知られるエルフがこんなにしわくちゃになっちゃうなんて、一体この婆さんは何千年生きてるんだ?


「おばあちゃん、私は買い物ではなくギルドのクエストをこなしてきたのだ。十日ほど留守にしていたはずだが」


 苦笑まじりにリーナが答えると、「おや、そうだったかいねえ」と婆さんがすっとぼける。


 そんな祖母と孫のやり取りに、コミュ力の異様に高いおかんがにこやかに乱入した。


「おばあちゃん、わかるわあ。歳いくと、一日があっという間やからね。十日言われても、お茶すすっとるうちに気がつけばそれくらいは経っとるもんやしね!」


「そうそう。百年前なんて、つい昨日のことのようじゃよ」


 あっはっは、と笑い合うおかんとしわくちゃ婆さん。


 まるで旧知の知り合いみたいに話に加わったおかんを、婆さんもまた知り合いのように受け入れている。


 この異次元の波長に入ることができずに立ち尽くしていると、そんな俺に婆さんがようやく気づいた。


 皺に埋もれてどこにあるかわからないような目をかろうじて開き、俺をじっと見つめる。


「おや、この人はリーナのお友達かい?」


「うん、まあ、そんなところだ。実はユウトとオカンさんはニホンとかいう国からやって来たのだ。行くあてがないらしいから、しばらくうちに泊めてやってくれないか」


「ニ……ニホン、じゃと……!?」


 その時、皺に埋もれた婆さんの両目がかっと見開かれた。

 かなり白濁しているが、リーナと同じ翡翠色の瞳は、彼女がリーナの血縁者であることをはっきりと示している。


「おばあさんは、日本を知ってるんですか?」


 尋常ではない反応に驚きつつも俺が問うと、婆さんはややあってから見開いた目を再び深い皺の間に格納した。


「ううむ……。知っとると言えば知っとるが、知らんと言えば知らんのう」


「それはどういうことです?」


「この世界の言い伝えじゃ。魔族が蔓延りし時、魔王を倒す救世主が現れるのが、この世界のことわり。そして、その救世主は常にニホンという果てしなく遠き異国より、彗星にのって現れる、と」


 え、なにその設定。

 それって完全にラノベの異世界転生じゃないか。

 ってことは、俺は救世主としてこの世界に飛ばされてきたってことなのか?


 いや、待て、落ち着け。

 日本からきたのが何も俺たちだけとは限らない。

 何せ俺はおかんと一緒に来ちゃってるしな。

 おかん付き添いの救世主だなんて、カッコ悪すぎてラノベ的に有り得ないだろ。


「この青年が本当にニホンから来たのだとしたら、えらいことじゃ。リーナ、このお方達をすぐに村長のところに連れて行きなさい」


「あ、ああ……わかった!」


 そんなこんなで、俺たちは歩きどおしの疲れをおして、村役場へ向かうことになったのだった。

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