悪役令嬢は魔法少女に転職しました

青峰輝楽

第1話

「シシリー。きみとの婚約を破棄したい」




 氷のような声で告げて来た、いとしいいとしいひと。幼い頃から一緒にいた、私の運命の王子さま。8歳で婚約して、私はただただ未来の彼の王妃として恥じないよう、彼の為に脇目も振らずに頑張って来た。なのに、なぜ?




「きみが、王太子の婚約者という地位を笠に着て、儚げなカナリアに嫌がらせをしていたと皆が。シシリー、ずっときみを愛していたのに、きみがそんな心無い女性だったなんて、僕は残念でならない……」







 わたくし公爵令嬢シシリー・イヴレーアは17歳。8歳の頃からレヴンスト王国王太子ローラントの婚約者……でした。自分で言うのもなんですけれど、見目麗しく頭脳明晰、人柄も良いと評判で、ローラントとわたくしは、互いを生涯の伴侶として尊重し合い、愛し合い、平和で豊かな王国の統治者として薔薇色の未来を約束されていた……筈でした。男爵家の養女カナリアがわたくしたちの間に入り込むまでは。


 礼儀知らずなカナリアは、ローラントが優しく、咎め立てしないのを良い事に、身分の差も相手に婚約者がいる事も気にもしない様子で馴れ馴れしく王太子に接して来たのです。そしてその無遠慮さが、奥ゆかしいわたくしとはまるで違って、何にもとらわれない自由奔放とローラントの目には映り――わたくしが何も気づかないうちに、そう時も経ず恋仲になったそうなのです!


 話を聞いて呆れ悲しみましたけれど、カナリアが王妃として認められるのは身分からも資質からも無理な話……そう思い、「もっと身の丈を弁えた方が貴女の為ですわ」とただ彼女に忠告を与えたのです。嫉妬なんてありません。だってローラントの愛は疑っていませんでしたし、一時の気まぐれ、息抜きは、まあ、身分のある男の方なら誰でもしたくなるものだと聞いていましたもの。


 ですけれどそうしたら、なんとカナリアは周囲に「王太子殿下にご挨拶しただけですのに、シシリーさまに『身の程弁えんと家ごと消すぞゴルァ。って言われました!』と訴えたそうで、何故かそれが真実として認知されてしまい、冒頭の事態に相成った訳なのです。




「ローラントさまも、国の重鎮もみんなあたまおかしいでしょ!」




 というわたくしの言葉に頷いたのは、幼い頃から傍仕えしている騎士のレイモンドただ一人。両親すら何故か何の弁明も聞いてくれずに、わたくしは『王太子殿下の温情により斬首を免れ』、レイモンドただ一人をお伴に辺境へ追放の身となったのでした。




「いや目下に注意しただけで斬首とか選択肢にあり得ないし!」




 弁解も開き直りも無駄でした。わたくしは、幼い頃可愛がってくれた亡き祖母が贈ってくれた館――いまやたったひとつ残された財産――へ行き、17歳にしてそこで余生を送る事になったのです。


 かつてはその風情を愛された辺鄙な田舎の館も、今は近隣の村もひとが絶えて、行き来する者もなく、偏屈な管理人が一人で住んでいるだけと聞いています。わたくしとレイモンドは、その管理人だけを頼りに今後生きていかねばならないのです。




「ずーっと我慢してたのに!! ローラントさまの癒しになれる女性になろうという一心で! あの女みたいにやりたい放題が良かったんなら、ローラントさまはそう仰って下されば良かったのよっ!!」




 金の縦ロールを振り乱し切なく叫ぶ声も、手入れの行き届かない街道の風にかき消されます。強気な本性をひた隠しに慎ましく振る舞った日々。国王陛下もローラント王太子も喜んでくれていた筈なのに、どうしてこうなったの?




◆◆




 馬車もなくレイモンドの愛馬に揺られて旅すること十日、悪役令嬢と騎士は辺境の館へ辿り着きました。そう、今や国中に名を知らぬ者はない、わたくしは悪役令嬢……悪役令嬢ってなに。悪い事をした令嬢ですか? わたくしは悪い事なんて何もしていないのに、何故だか当たり前のように人はそう呼ぶのです。


 手入れもされていない薔薇の門は錆び付いて、希少品種の薔薇は枯れ、野の花が通り道をも埋めています。わたくしはそんな名もなき花に我が身を重ねて、踏まずに避けて裏手に回り、




「わたくし、シシリー・イヴレーアよ! この館のあるじ。管理人はどこ?」




 と呼びました。どこかでがさがさと音がします。




「うはぁ、嬢ちゃん、花折らんかったんか。優しい心持っとる。合格やで!」




 わたくしとレイモンドは、庭園跡から姿を見せたモノに思わず目を剥きました。




「なにこの馬……」


「いえお嬢さま、これは普通の馬ではございません」


「そんなの判るわよ、なんか喋ってるじゃない!」


「喋る事もですが、角が……」




「いや、今大事なのはそこじゃないんや!!」




 ひそひそ話し合うわたくしたちに、馬(?)はツッコミを入れました。もわぁ、と馬(?)の呼気が漂いました。




「うっわ、何この馬、お酒くさっ!!」


「この館、裏庭の泉に冷酒湧いてんねん……って、それはどうでもええんや。わいはこの館の管理人兼ユニコーンやで!」




 角を生やした酒臭い白馬は勝ち誇ったように言うけれど。




「ええと、あの、ユニコーンさん? あなたはここでなにしてらっしゃるの?」




 わたくしは持ち前の愛想を取り戻して尋ねてみます。酒臭いユニコーンは鼻を鳴らすと居丈高にこう言いました。




「わいは嬢ちゃんを待っとったんじゃ。嬢ちゃん、魔法少女になりなはれ!」




◆◆◆




 いやもう訳わかんないし。とにかく相手は人間じゃないし、お澄ましも必要ないわね。


 そう判断した私、シシリーは腕を組み、おっさん臭い馬に向き合った。




「魔法……少女? それは、おとぎ話の魔法使いのことかしら?」


「ちゃうねん、魔法少女は変身したら魔法を使えて、世の為人の為に悪を倒すねん。わいと契約すれば魔法少女になれるんや……。んー、でも嬢ちゃんは、少女いうには歳行き過ぎか? いくつや、嬢ちゃん」


「じゅ、十七よ!」


「んー、まあギリオッケー? ならホレ、この契約書にサインしてくれや」


「ギリオッケーとは何事です! 歳行き過ぎとは何事です! わたくしに出来ない事などなくてよ!!」


「あー、スマンスマン、おっちゃんの言う事はあんま気にせんといてやあ。魔法少女っちゃ、JCのイメージやったから、ついな」




「お嬢様、これはきっと妖に違いありません。言葉に耳を貸してはいけません!」




 ここで、レイモンドが私を守るように前に出た。既に腰の剣に手をかけている。




「妖やないねん。聖獣や」


「そんなおっさん臭い酒臭い聖獣がどこの世界にいるか!!」




 すると、何故だかレイモンドの言葉に、酔ってテンション上がってた馬は急に肩を落として(肩よくわからないけど)溜息をついた。




「せやなあ。わい、この世界に不釣り合いやなあ。せやけど、おっちゃんユニコーンに異世界転生したんやから、しゃあないやないかい。そないにいじめんどいてや……」




 ユニコーンの目に涙が光る。私は思わず可哀相になって、レイモンドを押しのけて角のある額を撫でた。そう、元々私は馬が好きなのだ。




「嬢ちゃん……ホンマに優しいな」


「うっ……とにかくそなたはお酒臭い! しかもワインではないわね!」


「日本酒やがな。飲まんでやっとれんさかい」


「とにかく説明しなさい。そなたは何者でどこから来たの」




◆◆◆◆




 全てを理解出来た訳ではないけれど、ユニコーンは異界では中年男性だったと言う。それが不慮の事故で死んで、転生する時に神らしき存在から、『魔法少女を見つけて世界を救えば、元の世界に返してやろう』と言われたそう。




「……なんだかわからないけれど、わかったような気もするわ。でも、世界を救う、ってどういうこと?」


「それはつまり、あんたが魔法少女になって、『混沌の魔女』をやっつけてくれることや」




 『混沌の魔女』。そういえば最近宮廷でも話題になっていた。使い魔を操り、下々を苦しめているらしい。ローラントや陛下も頭を悩ませていたし、私も……。婚約破棄騒動で、もうどうでもいいと思っていたけれど、確かに私は、国を護る為に魔女を滅する事が出来たら、なんて思っていたのだった。


 この怪しい馬が、何故いきなりそんな大きな目標を語りだしたのか、この時の私は冷静によく考える事が出来なかった。もしも『混沌の魔女』を私が一人で滅せたら、ローラントや皆も、私の価値を思い出すに違いない……そんな思いでいっぱいになってきた。




「お嬢様?! まさかこんな怪しげな話を信用なさるのではないですよね?」


「怪しくたって、乗らなければどうせわたくしもそなたもここで朽ちていくだけなのよ。だったら……」


「私はお嬢様と二人でここで生きるのは本望で……」


「え?」


「いえ、何でもありません!」




 異を唱えかけたレイモンドが黙ったので、私は馬に向き直った。




「いいわ。わたくし、『混沌の魔女』を倒して王都へ帰る為なら、そなたの言う通りにしましょう」


「おお! さすがや、嬢ちゃん話が早い! じゃあな、ここにサインしてな、この変身アイテムを持ってやな……」




 私はサインし、馬がどこからか取り出した球体を持つ。




「ここに指を当てて、『ミラクルチェンジ!』って叫ぶんや」


「み、ミラクルチェンジー!」




 球体から光が迸る。




「きゃ、きゃあああ!」


「お嬢様?!」

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