page.10 玉座の空洞

 ジークの元へ駆け寄ろうとしたところへ、通信が入る。


『……エクスカリバー、ハルジオン、聞こえるか!? 聞こえていたら公共放送のαアルファチャンネルを確認しろ!』


 ミトラィユーズ? いつも余裕綽々よゆうしゃくしゃくの彼の声が荒げられているのを、私は初めて聞いた。


 それに応えるのは、エクスカリバー。


『それどころじゃないだろ! 隊長が……!』


 今回ばかりは、エクスカリバーに同意する。

 しかし、ミトラィユーズの様子が気になった私は一瞬でαアルファチャンネルを確認する。


『この大都市まち全体で、人形アンドロイドによる同時多発自爆事件が発生しています。これは、反逆です! 人形アンドロイドが、私たち人間に、反旗を翻しました! 大勢の生命いのちが、今この瞬間にも失われていきます!!』


「……なんということだ」


 この一機だけではなかったのだ。街中で、同じことが行われた。人形アンドロイドを使った、自爆テロ。


 あの自爆人形アンドロイドのエラー挙動は、“全ての生命いのちに奉仕する”という私たちの行動原則を破壊した影響か。


 恐らく、まだこの街には複数の自爆人形が潜んでいる。これ以上、市民を襲わせてなるものか。これ以上、生命いのちを失わせてなるものか。


 ジークを見る。こんなとき、誰よりも早く行動を起こすはずの彼は、爆発痕の上から動かない。


 私は、ジークフリート隊に限らない全ての騎士隊ナイト・フリートへ無線を繋ぐ。ジークにできない今、これを告げるのは私の仕事だ。それが私の、相棒バディへの手向たむけなのだ。


騎士人形ナイト・アンドロイドの諸君に告ぐ! 私はジークフリート隊の、ハルジオン! 総隊長の代理だ! この大都市まちは今、未曾有みぞうの危機にさらされている……! 街中で、人形アンドロイドが市民を傷つけている。私たちの総隊長は、その危険から市民を救い抜いた! 彼こそ大義の化身! 私たちの規範となる姿! 私たちも続くのだ……! 我らの全てを捧げ、大義を貫け! おのれが破壊されることを恐れるな! 生命いのちある者をひとりでも多く、救うのだ!』


 無線から、聞き分けきれないほどの怒声が、雄叫びが、咆哮が届く。

 ビル一本を隔てた向こうの通りで、新たな市民の悲鳴が上る。


『……ここから先、総隊長の指示には期待するな。各隊、いや、各機の判断で自爆する人形アンドロイドを破壊しろ! 市民を守れ! 破壊された仲間へかまうのは、事態が収束した後だ! !』


 ジークを最も良く知る私だ。これ以上彼の命令を真似ることができる者など、在るはずがない。


 有言実行。ジークはそうだった。彼の代理を名乗った以上、私が隊に模範を示さなければならない。

 勝手に代理を名乗った私へ、いつもの説教もなく沈黙し続けているジーク。私はそれに、駆け寄らない。一人でも多くの市民を救うために、真っ先に私が駆けださねばならない。


 私は、まるでジークがそうするように新たな制圧対象の元へ突撃する。建物を迂回するのももどかしい。レーザー・ブレードで建物の壁に穴を開け、最短経路で悲鳴の元へ向かう。その先に見えた自爆人形を見据える。


 跳躍し、接敵。手榴弾フラグ・グレネードを握る両腕を切り落とす。裏返しにしたシールドで、地面に落ちたそれにふたをする。上に乗り、爆発を抑える。――爆発。数枚の破片が、シールドを突き破り私の純白の装甲に傷をつける。真紅のマントに穴を開ける。


 簡単じゃないか。こんな自爆人形、私ならば完封できる。なぜあのとき、ジークを助けに駆け寄らなかったのか。

 違う、だめだ、彼のことを考えるな。次の制圧対象の元へ向かうのだ。


 ジーク、貴方はこんなに重いものを背負っていたのか。やはり貴方は、そして私も、気付くべきだった。ジークフリートという存在に、替えなど利かないということに。

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