可哀想な男

 怜央は可哀想な奴だと思う。


 高校一年の夏、怜央は学校祭実行委員をやることになった。他のクラスの実行委員とも業務連絡を取り合ったり面倒だといつも言っていた。男子の中で美人で性格がいいと言われていた、篠山という女子生徒がやたら怜央に親しくしているのを何度も見かけた。学校祭も無事終わっても、彼女はちょっかいをかけ続けた。好意を表すものと分かっていたが、彼女に興味がなかったのは見て分かった。

「モテてんなぁ。」

「そうか?」

「篠山だろ?美人って有名な。」


 ある日、彼女は学年中に怜央が彼氏だと言いふらした。両思いだったのが昨日分かったのだと、犬がマーキングでもするように周りに言ってまわった。

「なあ、怜央。篠山と付き合ってるって本当かよ?」

「そうらしいな。」

「らしいってお前、」

「あいつの頭ん中じゃ、そういうことになってるらしい。」

「いや、意味わかんないけど。」

「そもそも。女子トイレでピーピー男の陰口言う女と付き合うかよ、アホらしい。」

「じゃあ何で断らなかったんだよ、お前。気があったんだろ?」

「あるとかないとかの問題じゃないだろ、下手に断ってみろよ。それこそ、あることないこと言われるよ。」

「篠山ってそんなにヤバイの?」

「休み時間に男子の大便で静かにしてれば分かるこった。」

「は?」

 言う通り、休み時間にトイレに籠った。すると彼女が休み時間に女子トイレで男子達の愚痴を言っているのを聞いた。怜央のことをちょうどいい男だとも。顔も悪くないし、愛想はないから女が寄って来ない限り浮気の心配はないと。これを奴は知っていたのか?


「放課後に待ち合わせて寄り道して帰ろうって連絡がきたんだよ。」

「それで?」

「断ってもあることないこと言われるから行ったよ。」

「それで?」

「わざとらしい猫なで声で鼓膜がおかしくなった。」

「あれは女子の権利みたいなもんだからなあ。」

「ワタシタチ、ツキアッテルンダヨネ?ってさ。」

「都合よく上手く出来た脳だな。」

「あれは女子の権利みたいなもんだから。」

「それは俺が言ったんだ。」

 二人で顔を合わせて笑ったが、怜央の頬は少しひきつっていた。

 怜央は自然消滅か振られるのを期待しているみたいだった。それとなく帰る時間をずらしたり、彼女を避けた。篠山は他に好きな人ができたと怜央を振った。怜央は篠山と別れても大して傷ついた様子もなく、少ししたら他の子と付き合いだした。また別れて、また付き合い。女は面倒と言いながら、怜央は寂しがりなんだと思う。

 大学に進学して暫くしてから付き合いだした彼女は、どうやら本気らしかった。それまでは「彼女、どんな子?」と聞いても、別に、普通、としか言わなかったのに、「小柄で可愛い感じで、ちょっとおっちょこちょい」なんて具体的に説明をした。正直、怜央はLGBTなのかと思ったこともある。二年の夏、卒業したら結婚したいと思ってると言われた時は、自分がプロポーズされたくらい喜んだ。やっと、本気の恋になったんだと。その後、浮気されて別れてからは酷いものだった。大学の講義に出て、あとはバイト。時々家に行くと空になったアルコールの瓶が転がっていた。数本どころではなく、何本も。成績を落とさず講義も欠席なし、就職難と言われていたのにすんなり内定をもらい冬がくる前に辞め、引きこもっていた。

「店番やってよ。」

 軽い頼みごとだった。雇われ店長で昼間は喫茶店、夜はバー。夜の売上はそこそこあっても、昼間は閑古鳥が鳴く。

「客なんて、そんなに来ないから。」

 その通りだった。

「わかったよ。無職だし、働かないとな。」

 本当に昼間は暇な店だった。いつも同じ顔ぶれがいつも同じ時間に並ぶ。大体が近所のおじいちゃんとおばあちゃん。時々ママさん連中がワイワイやってくるが、そんなにしょっちゅうではないし、その時は俺が代わりに店に立てばいい。たまにやってくる独身の美人と飲みに行ったりして、距離が縮まって、怜央の冬が終わればいい。そう思ってた。

 ある日、俺達と同じくらいか少し上くらいの女性が頻繁に通うようになった。気の強そうな面立ちでハスキーな声、さほど積極的ではなく気が向けば話しかけ、いつも車の話で盛り上がっていたようだった。共通の趣味、程よい距離感に怜央の表情も柔らかい。バーの開店準備をする俺も話しやすくて悪い印象を持たなかった。

 彼女なら、怜央もあの失恋を乗り越えられるかもしれない。そう思っていた。左手の指輪を見るまでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る