第50話 春野家は翠にメロメロ

 それから、仲睦まじい春野と翠のやり取りを見つつ春野母が持ってきてくれたお茶を堪能する。


 滞在時間は十五分程度だが、あまり長居するのは良くはないだろう。


「春野、今日はそろそろ帰るよ。ちょっとしんどそうではあるが、ひどくはなさそうで安心したからな」


「えー、皆野さん帰っちゃうんすか? もっと心配してほしいっす」


 布団の中で不満そうに抗議をしてきたが、流石に病気の人の部屋に滞在し続けるのは家族か彼氏くらいだろう。


 俺は春野に近づいて、そっと頭に手を置いた。


「バーカ。心配だからこそ帰るんだ。早く治して、元気な春野の姿見せてくれよ。俺もそうだが翠も待ってる。な、翠」


「うんうん、桃がいないと寂しいからね」


 俺は春野の頭を撫でながら言い訳をし、春野がなにかを言う前に翠に同意を促す。


 翠はコクコクと首を縦に振りながら、俺の意図する通りに首を縦に振った。


 春野は不満そうに唸ったが、観念したように眉を下げた。


「わかったっす。そこまであたしのことを待っていただけるのであれば、細菌だろうがウイルスだろうが倒してやるっす」


 やだ、この子発想が脳筋。


 春野は細菌でもウイルスでも倒してやると宣言し、その脳筋発想に苦笑いを浮かべる。


 でもまあ、それくらい頑張って直したいという事は伝わった。


「よし、約束だからな。じゃ、帰らせてもらうよ。お大事に」


「桃、ちゃんと栄養とって休むんだよ! じゃね!」


 俺は最後にもう一度だけ春野の頭をくしゃりと撫でると立ち上がった。


 翠は俺に続いて立ち上がると、右手の人差し指と中指をくっつけて手を振るジェスチャーをした。


「ありがとうっす」


 春野がベッドから少しだけ右手を振っているのを見て、俺と翠は春野の部屋を後にした。


 そして、案内された道を辿り、玄関までたどり着いた俺は靴を履いて、くるりと振り返った。


「お邪魔しました、ありがとうございました。帰らせてもらいます」


 俺がお礼を告げると、どこかの扉が開いてぱたぱたとスリッパが床をたたく音が近づいてきた。


「もう帰るのね~。こちらこそ来てくれてありがとう~。これからも桃ちゃんをよろしくね~」


 慌てたように登場した春野母は、俺たちに頭を下げ今後も春野と仲良くすることをお願いしてきた。


 そんなことお願いされるまでもないんだが。そう思っていると、翠が口を開いた。


「もちろんです。桃とは友達、いえ親友ですから」


 どや顔とは今の翠の顔のことを言うのだろう。まっかせなさーい。という文字が顔全体に広がっているようだ。


 その翠の見事なまでのどや顔を見て、一瞬春野母はぽかーんとしてたが、すぐにふふっと笑ってほほ笑んだ。


「ふふ~、それなら安心ね~。今度は桃ちゃんが元気な時にいらっしゃいな~。次は美味しいお茶菓子用意して待ってるわね~」


「はい! 楽しみにしてます!」


 翠は、春野だけでなく春野母とも仲睦まじいやり取りをしていてお兄ちゃんはとってもほっこりしました。


 翠ってああいう風に笑えるんだなあ。


 知らない翠の表情を今更知れたことに喜びとほんのちょっぴり寂しさを覚えたが、これから兄妹の仲を少しずつ取り戻せばいいだろう。


 春野が親友なら、俺も自慢の兄になれるように。


 俺はぺこりと頭を下げて玄関の扉を開けた。そしてもう一度春野母を見ると、春野母は優しい目で微笑みながら俺と翠に手を振っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る