第44話 二人分のお弁当

 支援部に到着した俺は、机に翠の作ったお弁当を広げる。


 白ごはんに生姜焼きが乗っている生姜焼き丼、肉じゃが、オクラの胡麻和え、そして俺の大好き玉子焼き。なんとも腕白なお弁当だ。


 ……翠はこれ朝に作って、なおかつ食器以外の洗い物は終わらせたのか。


 多分肉じゃがとかは晩ご飯に残ってるだろうけど、凄すぎるだろ。


 俺が自分のお弁当に呆気を取られていると、真白もおずおずと自分の小さな巾着の弁当を俺の対面に広げると、大きな方の巾着は脇に寄せた。


 真白のお弁当はご飯はチャーハンになっており、おかずは春巻き、酢豚、グリーンピースの乗った焼売、プチトマトと彩り豊かな中華弁当となっている。


 これはこれでまた美味しそうだ。


「真白の弁当も美味しそうなあ」


 真白の弁当を覗いてポツリと呟くと、真白は嬉しそうにLEDよりも明るい笑顔を見せた。


「ほ、ほんとですか? 今日のお弁当、私が作ったんです。中華が好きで、中華いっぱいにしたんですよ。えへへ、褒めてくれて嬉しいです」


「へー、好きなものでテーマ決めて作ったんだ。すごいなあ。全部が全部うまそうだぞ」


 嬉しそうにお弁当の内容を語る真白を更に褒めた。テーマ決めてお弁当っていう小さな中にまとめるのは大変だと思う。


 真白の弁当はすべて美味しそうなメニューなのに、さらに彩も考えられていて食欲も増すようなお弁当だった。


 真白は上機嫌そうにニコニコしている。


「うふふ、でも、蒼兄のお弁当も美味しそうじゃないですか」


 機嫌よく真白が俺のお弁当を褒めてくれたので、俺もついつい嬉しくなった。


 自分が作った訳じゃないが、翠が作ってくれたものを褒めてもらえて嬉しくない訳がない。


「だろ? 翠が作ってくれたんだ」


「翠が……ですか?」


 俺も上機嫌で嬉しい気持ちを真白に伝えたところ、真白は少し顔色を変えて大きな巾着に目をやった。


 ちらりと巾着に目をやっては俺を見て、またちらりと巾着に目をやっては俺を見る。


 そして、意を決したように巾着を手に取ると俺に差し出した。


「あ、あの、これ。そ、その、つまらないものですが」


「え? 俺に?」


 お歳暮みたいな挨拶でおずおずと差し出された巾着を受け取ると、俺は巾着から四角の箱を取り出した。


 出てきたのは長方形の紺色の箱。


 ゴムの帯で縛られており、ゴムの帯にはお箸も括り付けられていた。


 これは、もしや。


「あ、あの、私もお弁当作ったんです。よ、よかったら食べてくれませんか? き、昨日のお礼も込めてるので。その、助けてもらったお礼です」


 真白は言葉を詰まらせながら一生懸命に気持ちを伝えてくれる。


 真白は昨日俺が助けた事に礼を感じているようだ。


 俺としては真白も大切な妹であり、ただ妹を助けただけなんだが、真白からすればかなりのピンチだったし怖かったはずだ。


 それに対してのお礼なのであれば、受け取らないのもまた失礼か。それに、美味しそうだ。


「おう、頂くよ。美味しそうだったし、食べたいなって思ってたんだ」


「そ、その、もし多かったり、いらなかったら返してもらって大丈夫ですからね? む、無理して欲しくないですし」


 真白は翠の作った弁当にちらりと目をやると、心配そうに手を差し出した。


 まあ、いつもより量は多い。だいぶ多い。めっちゃくちゃお腹いっぱいになるだろう。はっきり言って腹十二分目になると思う。


 でも、それが返す理由にはならんだろう?


「真白、俺は育ち盛りだからな。それに一度もらったものは返してやらないぞ。例え真白でもあげん。こんな美味しそうなものは独り占めする」


 俺は真白の差し出した手を戻すように、シッシッと払った。


「……ふふ。優しいですね。ありがとうございます、蒼兄」


 俺が手を払ったのを見て、真白は嬉しそうに礼を言った。


「礼を言うのは俺の方だ。それに優しい訳じゃない。欲張りなだけだ。という訳で、いただきます」


「ふふ、素直じゃないですねえ。いただきます」


 俺は真白と一緒に手を合わせて、食べる事への感謝を込めてお弁当を食べる。


 翠の弁当も、真白の弁当も甲乙つけがたい美味さを感じる。


 翠の弁当は生姜焼きのタレは市販じゃなくて、一から作ってるな。生姜の香りが違う。


 あと肉じゃが。味がめちゃくちゃ染みてる。冷えても美味しい作り方なんだろう。


 あと、玉子焼きは母さんが作ったのか? もしくは習ったのか? いつもの味がしてたまらない。


 そして、真白のお弁当はまず、チャーハン。パラパラでごま油の風味が効いている。ぼそぼそしてなくてすごく美味しい。


 春巻きもパリパリだし、焼売はジューシーだ。


 腹は膨れてきたが、食べる箸が止まらない。


「ふふ、蒼兄ほんとに美味しそうに食べますね。見ていて気持ち良くなります」


「美味しそうじゃないぞ。美味しいんだ」


「……もう、どうしてそういう事さらりと言えちゃうんですかね。私のお父さんにも見習って欲しいです」


 俺が弁当の感想を告げると、おじさんにちょっぴり真白の怒りが向いた。


 すまないおじさん。


 心の中で謝りつつ、お弁当を平らげ、空っぽの箱を前に手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした。あと、蒼兄お粗末様でした」


 案の定腹十二分目となり、腹がはち切れそうになる。


 充分すぎる程弁当を堪能した俺は、天井を見上げた。


「蒼兄、お昼休みってこれからなにか用事ありますか?」


「ん? 特になにもないけど?」


「まだ時間もありますし、もう少しだけ話しません?」


「おう、いいぞ。せっかくだし、何か飲み物でもいれるか」


 こないだとはうって変わって、穏やかに真白と過ごす昼休み。


 俺は立ち上がってカップにインスタントコーヒーを入れながら、久しぶりの平穏を満喫していた。

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