第27話真白はどこへ

 本日の授業も終わったという事で、礼から聞いた情報を元に、日堂の弱点集めをする事にする。


 とは言っても翠を送らないといけないので、先に春野にラインだけ入れる。


【やりたい事がある。三十分程待っててくれ。後で連絡するから】


 俺は簡潔に春野にラインを送ると、目的地である黄島先生の元へ赴く事にした。


 何か知ってるかもしれない。そんな期待を込めて。






「悪いな、知らん。少なくとも報告がないから生徒間の噂で止まってるんだと思う」


 職員室へと赴いて、黄島先生に日堂の過去の事件について尋ねてみる。


 だがしかし、黄島先生は存じ上げておらず、俺の期待はものの見事に打ち砕かれた。


「そうですか。残念です」


「もしかして、妹の件か? 私は守るようには言ったが、行動を起こせとは言ってない筈だぞ」


 黄島先生は俺の意図を察して、やんわりと注意してきた。


 聞かなきゃ良かったな。釘を刺されてしまった以上少しだけ動き辛くなる。


 俺が苦い顔をしたのを見て、黄島先生は呆れたようにため息をこぼした。


「皆野。お前の気持ちはわからんでもないが、この件の解決は時間が必要だ。私が動いてるから少し待ってくれ」


「でも、その間近藤と翠は危険に晒され続けます」


「皆野、さっきも言ったがお前の気持ちもわからんでもない。だがな、お前が動くという事はお前も危険に晒されるという事だ。教師として、認められる訳がないだろう」


 黄島先生にピシャリとたしなめられて、言葉に詰まる。


 先生の言い分はもっともだ。教師なのだから、俺が自ら危険に身を晒そうとしてはいそうですかとは言えないだろう。


 俺はぎゅっと唇を噛み締めた。


 黄島先生のいう事はわかる。わかるが故に葛藤に心が痛い。


「……すまないな、皆野。一個人としてはお前のその誰かを思いやる気持ちはすごく嬉しい。だが、教師として認める事はできん」


「……いえ、わかりました。黄島先生の立場なら仕方ないですよね」


 俺は嫌ですと喉まで出かかった言葉を飲み込んで、嘘の言葉を吐いた。


 わかっていない。仕方ないなんて思ってもいない。なのに、それが言えない。


「話は以上か? なら、帰りなさい。妹を送らなければならないだろう? 私もそろそろ近藤を送らないと」


「そうですね、それでは……」


「おっ、蒼司じゃないか!」


 黄島先生は話を切り上げ、俺もそれに同意して軽く頭を下げた。そして、出て行こうとした瞬間俺を呼ぶ声がポニーテールを揺らして入室してきた。


 魅墨が嬉しそうに手を振っている。放課後に会うとは珍しい。


 黄島先生に用事があったのか、黄島先生の机まで歩いてきた。


「蒼司も黄島先生に用事か? 私、待ってた方がいいか?」


「いや、俺は用事終わったから。だからもう帰るところ」


「そうか。少しでも話せて良かったよ。じゃあ蒼司、また来週。学校でな」


「ああ。じゃあ」


 俺は魅墨と軽く会話を済ませて、魅墨と入れ替わるように黄島先生の机を離れた。


 はあ、解決する良きアイデアだと思ったんだが、ダメと言われちゃあ仕方ないよな。次の方法を考えないと。


 俺は肩を落として職員室の扉に手をかけた瞬間の事だ。


「は? どういう事だ?」


 黄島先生の切羽詰まったかのような焦った声が聞こえてくるりと振り向く。


 黄島先生は焦った表情で魅墨を見つめており、魅墨も魅墨で異変を察知したのか少し不安そうな表情を見せていた。


「ですから、近藤は本日用事があるので親に送ってもらうと言ってたのですが……」


 魅墨は不安そうに、真白が今日の帰る為の手段を黄島先生に伝える。


 なんらおかしい事はないはずだ。


「……皆野! ちょっと戻れ。土方、近藤に連絡しろ」


 黄島先生は俺を呼び止めて、同時に魅墨に真白に連絡するよう指示を出す。


 良くない雰囲気なのは伝わっている。


 魅墨はスマホを取り出して真白に電話を始めた。


 俺は黄島先生の机まで戻ると、黄島先生は手でこめかみの辺りを抑えながら考え込むように目を瞑っていた。


「繋がりません」


「繋がるまでかけてくれ」


 魅墨がおそるおそる真白のスマホに繋がらない事を黄島先生に告げるが、黄島先生はかけ続けるように指示を出した。


「どうしたんですか?」


 俺は状況を飲み込めず、黄島先生に尋ねてみると、黄島先生は俺をじっと見つめてゆっくりと口を開いた。


「近藤には、例え親と帰ることになろうが私に必ず電話するように伝えている。安否確認の為だ。ただ忘れてるだけなら注意すればいい。……だが、お前と同じ考えだとしたら?」


 黄島先生は低い声で、淡々と考えを述べていく。


 黄島先生には根拠はなにもないだろう。俺と同じ考えかもしれないなんてあくまで推測にすぎないはず。


 だがしかし、俺は知っている。


 真白が俺と同じ考えを持っている事を。昼休みの真白の告白を聞いているから知っている。


 ゴクリと唾を飲み込む。背中に汗が伝って、シャツがぺたりとへばりついた。


「黄島先生、出ません」


「……わかった。土方すまなかったな。あとは私がやっておく。皆野も……皆野!?」


 魅墨は再度真白が電話に出ない事を黄島先生に告げ、黄島先生はあとは自分がする事を告げた。


 だが俺は、いてもたってもいられなくなり、先生が俺を制止する前に職員室を飛び出して走った。


 無事なら無事でいい。


 俺はがむしゃらに走りながら真白に電話をかけた。


 一コール、二コール、三コール。電話には出ない。


 教室に戻ったが、真白の姿は見当たらない。


 俺はスマホを耳に当てたまま、またさまよい走る。


 四コール、五コール、六コール。電話には出ない。


 玄関に向かったが、真白の姿は見当たらない。靴はある。まだ学校にはいるようだ。


 そしてまた、走り回る。


 何コール鳴ったかはわからない。いろんな教室も回ったが見当たらない。


 髪を振り乱し、服装もよれよれ、足もふらふらになりながらたどり着いた支援部部室。頼む、ここにいてくれと扉を開いた。


 だがそこにいたのは翠と春野で、二人とも驚いた顔で俺を見つめた。


「お、お兄、どうし……」


 翠が俺に声をかけると同時に、コール音が止まる。


 俺は手をかざして翠を黙らせると、耳の穴にめり込むくらいにスマホのスピーカー部分を押し当てて音に集中した。

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