第25話妹思いの兄と姉

「蒼兄、話があります」


 俺のお昼休みは、真白の一言からはじまった。


 深刻な顔をしてそう言うもんだから、蒼兄は恥ずかしいとツッコミをいれるのを忘れて真白の後ろをついていった。


 連れていかれたのは生徒会室。ファイルをいれる棚や机、整理された書類と不必要なものがなにもないような部屋。


 支援部は部屋の隅っこに机を置いて、ポットやお菓子、ティーセットとくつろぐ為だけのものを置いてたりする。同じ生徒の為の志を持ってるのにこの部屋の差よ。


 もはや黄島先生のゆったり遺伝子を引き継いでしまったと再認識させられた。


「おかけください」


 まるで面接官のように真白に促されるまま椅子に座る。


 パイプ椅子と違って座りやすいクッションの敷かれた座椅子だ。羨ましい。うちにも導入しようか。


 椅子のふかふかに感動している俺をよそに、真白は俺の対面へと座って、俺を真っ直ぐに見つめた。


「蒼兄、大事な話があるのです」


「お、おう」


 いつになく真剣な様子の真白の言葉に、少しだけ姿勢を正した。


 なんだろう、愛の告白でもされるのだろうか。蒼兄好きって。兄思いの愛いやつよのう。


 でも、ちょっと茶化せるような雰囲気ではないな。口には出さないようにしよう。


「翠は大丈夫なんですか?」


「……大丈夫だと思うぞ」


 すごく心配そうな声で、翠を思いやる真白。ほんの少しだけ前のめりになって、強く俺を見つめている。


 普段は翠と喧嘩ばかりしてるくせに、本当は翠の事が心配で心配で仕方ないようだ。


「本当ですか? 私、心配で心配で。なにかあったら……」


「俺からすれば真白の方も心配だけどな」


「私よりも翠です。翠は私なんかよりも可愛くて、天真爛漫で、素敵な子です。だからこそ、翠に何かあると心配なんです」


 不安そうな顔をして真白の口から出てくるのは翠への心配ばかり。


 どういうタイプのツンデレなんだこいつは。翠と顔を付き合わせると喧嘩ばかりする癖に。


 俺は呆れてツッコミをいれることにした。


「……それ、翠に言ってやったら? 喧嘩ばかりしてないでさ」


「言えませんよ。私は翠の事がとても大好きですけど、翠にだけは負けたくない事がありますから」


 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗の生徒会長で誰よりもずば抜けてる癖にまだ負けたくない事があるらしい。


 真白は口元に人差し指を当てて言わないとアピールした。


 それはそれで気になるんだけどなあ。少し聞いてみるか。


「何で負けたくないの?」


「秘密です。蒼兄にだけは言えないですね」


 やっぱり教えてくれないらしい。俺にだけは言えないようだ。真白も俺に対して反抗期到来だろうか。残念だ。


「でも、翠に負けたくない対抗心は持っててもそれはそれ。心配はします。あの子の笑顔を奪うような事は許せません。蒼兄、私なりに動こうと思います」


 は? こいつは何を言ってるんだ?


 前半は納得して聞いていたが、後半急に納得しかねる事を真白が言い出して思わず目を見張った。


 心配するのは大いに結構だが、真白も危機が降りかかる可能性を考慮してもらいたい。


 そうじゃなきゃ、俺や黄島先生が考えて動いているのかがわからなくなる。


「いや、ダメだ。真白に危ない事はさせられん。黄島先生が真白に話したのも、危険から遠ざける為だ。自ら危険に首を突っ込ませる為じゃない」


「どうしてですか! 私だって、大切な妹を守りたい。蒼兄だって同じ気持ちでしょ? どうしてわかってくれないんですか!」


 真白の暴走を諌め、勝手な事をしないよう釘を刺すが、真白は聞く耳を持たない。


 真白は、ただただ翠の事が心配なのだろう。言ってる通り気持ちはわかる。だって俺も同じ気持ちだからな。


「お前の気持ちはわかってるつもりだ」


「だったら、どうしてですか!」


 真白の気持ちを汲み取り、理解はしている事を告げる。


 だが、真白は理解しながらも許可をくれない事に憤り、声を荒げた。


 だから、俺は諦めさせるよう心を鬼にして拒絶の言葉を吐いた。


「真白には守るだけの力はないからだ」


 本当は翠を守りたいと言ってくれてありがとうと言ってやりたい。


 だけど、真白の事を思えば言ってやれない。


 俺は極めて冷たい声音で言い放つと、真白はさっと顔を暗くした。


「……私じゃ、足手まといという事ですか?」


「そうは言ってない」


「……そう、ですね。熱くなりすぎました。すみません」


「……いや、俺こそすまない」


 真白はひどく落胆した声で、言い争ってしまった事への詫びを入れる。


 俺もつられて頭を下げた。


 真白が悪い訳じゃない。だけど、今真白にしてもらえる事がないんだ。


「蒼兄、それならどうかお願いを聞いてもらってもいいですか?」


「なんだ?」


「どうか、翠を守ってあげて下さい。あの子の笑顔を守ってください」


 真白はほんの少し涙目になりながらお願いを言って、頭を下げた。


 何も出来ない自分への憤りや悔しさが入り混じってしまったのだろう。


「無論だ。今回はダメだと言ったけど、もし真白を頼らなければならなくなった時、助けてくれるか?」


「勿論です。蒼兄の頼みで、翠の為であれば断る理由がありません。なんでも言ってください」


 真白を説得しきる事ができ、真白は少しぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。


 翠、お前の事を思ってこんなにも心配してくれる姉ちゃんがいるんだ。姉ちゃん孝行をたまにはしたらどうだ。

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