第7話支援部の理念と本当の支援部

 デカデカと、支援部と墨で書かれた半紙が貼られている支援部部室前。うちの顧問、黄島先生が気合入れて書いたものだ。


 この支援部は、生徒が他人を慈しみ思いやり、支え援助するというボランティア精神に則り行動するという美しい理念を持つ部活である。


 ……というのは表の理由。本当は、黄島先生が手伝って欲しい業務があった時に、帰宅部という理由だけで拉致されていた俺を、ついには捕獲する為に生まれた部活である。


 恐るべきは黄島先生の楽する為の執念。部活にして顧問になる事で他の部の顧問をしなくても良いからラッキーとのたまった時には先生だけどしばくと思ったものだ。


 そんな、俺の為だけに作られた支援部ではあるが、創部して一年。なんの因果か後輩も出来てようやく部活らしさが生まれた。


 一応は部長である俺は背筋を伸ばして、扉を開いた。扉の先には長机に緑茶を置いて、まったりと啜っている春野。一口含んで、ぷはーと息を吐いていた。


「あ、皆野さん。お疲れっす」


「お疲れ様。まだ春野だけか?」


「そうっすね。その言い方だと他の人も来るんすかね?」


「ああ。生徒会の方も来るみたいだ。一応服装だけ直しとけ」


「了解っす!」


 春野に指示を出すと、春野はびしっと敬礼した。そして、一番上の空いたブラウスのボタンを閉めて、緩めていたリボンを正す。


 腰に巻いていたブレザーを羽織ってボタンを閉め、模範的生徒な春野に変身を遂げた。


「うう、堅苦しいっす」


「まあ、諦めろ。流石に翠程ではなくても注意されるぞ」


「仕方ないっすね。早く終わらせたいっすねー。いつくらいに来るんすか?」


「さあ。黄島先生に放課後聞いただけだから。詳しい事もここで言うって言ってたし」


「相変わらず黄島先生はゆるゆるっすね」


 春野はボソリと黄島先生に悪態をついた。一年生にまでそのゆるさがバレてしまっているのか。先生としてダメじゃないのか?


 ちょっと黄島先生に対して心配をしてしまう。


「よーっす。揃ってるなー」


 悪い話題の中心になっていた黄島先生が、話題の中心になってるとはつゆ知らずあくび混じりに部室へと入ってきた。


 そして、その後ろから現れたのは真白。ジャージ姿のだらしない先生を見てからだと、ただきちんと制服を着ているだけで背筋が伸びてみえる。


 生徒会と合同作業だし真白が来るのは予想通りではあった。そして、真白と一緒に作業するということは翠の機嫌が悪くなりそうだ。今からもう胃が痛い。


「まずは、今日の議題について話すぞー。とりあえず席つけー」


 黄島先生は、先生らしく俺たちに座るように促す。


 支援部には長机一つとパイプ椅子が五脚並んでいる。俺は適当に左端のパイプ椅子に腰掛けると、その右側に真白が座った。


 そして、春野はパイプ椅子を移動して机からはみ出すのを気にせず俺の左隣に腰掛けた。真ん中がガラ空きで端っこに集まるという謎の密集率に甚だ疑問だが、あまりにも自然な春野の動きにツッコミの言葉が出なかった。


「……春野に近藤。もっと広く場所を使っていいんだぞ?」


「構わないっす!」


「構わないです」


 暗に黄島先生は広がれと伝えるが、春野も真白も構わないと答え、黄島先生はこめかみを抑えた。先生、こめかみを抑えたいのは俺の方です。


 なぜか俺には広がるように促してくれなかった先生に心の中で呪詛をこぼしながら、甘んじて狭さを受け入れた。


 というわけで、広々とした長机の三十パーセントも使用していない謎の状況で打ち合わせがスタートする。


「まあ、このままはじめるぞ。君達に集まってもらったのは、最近の生徒達の服装の乱れが目立つという事が起因している。生徒会主体で服装指導を登校時間にしてもらってるのは知ってるよな、皆野。妹も有名だしな」


「……はい、そうですね」


 黄島先生がテーマの説明を始め、途中で俺に名指しで質問してきた。テーマと妹が関わっているだけに、すごく複雑な心境で頷く。


 そして、ちょっぴり嫌な予感。意図がなんとなくわかってきた。


「だが、生徒会だけでは間に合っていないと生徒会長から支援部に支援依頼がきてな。まずは今週、生徒会と合同で服装指導を協力出来ないかとのことだ」


 まあ、文脈的に予想通りだ。めんどくさいなあと思いながらチラリと春野を見ると、春野も春野で嫌そうな顔をしていた。


 春野も多少は服装を着崩しているからな。その顔も理解できる。


「この服装指導によっては、週に一回程度支援依頼があるかもしれないが、取り急ぎ今週やってみてほしい。皆野、春野、頼めるか?……という説明でいいか、近藤」


「はい。黄島先生、ありがとうございます。続きは私が」


 ざっくりとした説明が黄島先生からなされ、真白へとバトンタッチされる。真白は立ち上がって俺と春野の正面に立った。


 真白は黄島先生の近くではなく、謎に端っこに寄っている俺と春野の正面に来たもんだから、黄島先生だけはぶられているような雰囲気だ。なんでこっちに来るんだこいつは。


「黄島先生の説明を捕捉します。朝七時四十五分からショートホームルームまで、校門前で生徒の身なりを確認します。もちろん身なりがダメな生徒がいた時は注意してください。生徒会以外の方にも行ってもらう事で協調性を持ってもらう事が狙いです。ご協力頂けませんか?」


 真白は事務的に黄島先生の説明を捕捉していく。協調性だなんて大層なもっともらしい理由を述べているが、要は服装を直さない生徒のせいで他の生徒が駆り出されるのだよ。というスケープゴート的な役割なのだろう。


 まあ、毎朝毎朝頑張ってる真白の事を思えばスケープゴートも面倒だが受け入れようと思える。ましてや、翠の事があるし尚更。


「わかったよ、協力する。春野はどうする?」


「皆野さんが了承するなら文句ないっす。全然協力するっす」


「だとよ。支援部は俺と春野共にフルサポート体制だ」


 俺と春野は二つ返事で了承し、サポートを約束する。


 そんな俺たちを見て、あまり表情を崩さない真白が少し口を開けてぽかんとしていた。そして、すぐさまハッとする。


「いいんですか? 私がいうのもなんですが、大変ですよ?」


「まあ、いつも翠が迷惑かけてるからな」


「……そうですね。蒼司さんには協力してもらって然るべきですね」


 念押しするように確認する真白に、翠を引き合いに出して再度了承した。すると、すんなり真白は納得して深く頷いた。


 ほんとうちの翠がすみません。驚く程あっさり引き下がって行った真白に、おそらく相当溜まってるものがあるんだなと察して心の中で頭を下げた。


「じゃあ、明日から今週いっぱい、支援部は生徒会の協力で決定でいいな。オッケーなら挙手」


 話がまとまったのを確認し、黄島先生が最終確認を始める。俺と春野は指示に習って手を挙げると、黄島先生は満足そうに頷いた。


「よし、決定。早く決まって先生は嬉しいぞ。じゃ、私仕事あるから」


 黄島先生はビシッとサムズアップすると、出て行く理由を包み隠さず白状してあっさりと支援部部室から出て行った。


 それが、本日の依頼終了を告げているようなものだ。打ち合わせがスタートしてからわずかに五分で終了か。


「……蒼司さん、いつもこんな感じなんですか?」


「今日は議題がある分、ちゃんとしてる方。何もない時は黄島先生来る事もない」


「……やれやれですね。聞かなかった事にします。では明日、蒼司さん、春野さん、よろしくお願いします」


 真白は黄島先生に呆れつつ、俺と春野には深々と頭を下げて支援部を後にした。


 なんというか、黄島先生のサムズアップを見た直後のせいか真白がしっかりして見えてしまう。


 ものの五分で、評価の明暗を分けた黄島先生と真白に対して、よくも悪くも苦笑いを浮かべた。


「皆野さん、今日の依頼終了っすよね?」


「ああ、そうだな。もうちょっとのんびりするか」


「いいっすね。ちょうど新作のお菓子があるんで一緒に食べるっす」


 イレギュラーな依頼の話が終わり、まったりと出来るいつもの部活が始まる。


 鞄の中からコンビニの袋を取り出して、春野は机にお菓子を広げていく様子を眺めながらまったりとした時間を過ごし始めた。

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