暗闇に惑う

 知識ほど危険なものはない。


 真に恐ろしいのは、武器でも、魔法でも、フューリーでもなく知識である。


 私、ラウラはそう考えている。なぜなら、「武器を扱う」知識がなければ武器などただの長い棒、「魔法を使う」知識がなければそんなものはないのと同じだから。


 本の一ページでケット・シーを殺せる。


 だからこそ、知識を正しく扱えないものに渡してはいけない。


 たとえ自分が命を散らしたとしても。


◇◇◇


 気まずい。


 今の俺の心情を表すならばこの一言がもっとも相応しいだろう。しかもこのいたたまれなさを感じているのはこちらだけなのである。だからといって、この微妙な気後れを無視出来るほど図太くもないのが悩みどころだった。


 その気まずさと同時に、やるせなさも襲ってくる。


 もっと強くなる。そう決意したはずなのに……俺は、またしても怯えているのだ。代償を払うことに。もはや怒りを覚える、という所を通り越してため息をつきたくなってくる。またか、と。


 今はそんなことを考えている場合ではない、と思考を振り払った。とにかくはぐれたラウラを見つけなければならない。


 そういえば、と思い至ったことがあった。気後れする臆病さを押さえ込んで、フェンに話しかける。


「なあ」


「……なんだ?」


「フェンは、俺たちが誰かに嵌められたかもしれないって言ってたよな。確かにここではサラマンダーのストライキが起こってた。じゃあ、あの崩落は人為的に引き起こされたと思うか?」


 フェンは特に機嫌が悪い様子もなく、ごく普通に返した。


「それは分からない。が、タイミングが良すぎる」


「タイミング?」


「崩落は俺たちとラウラが離れていた時に起こった。それは偶然で片付けるには余りにも都合が良すぎる」


 確かにあの崩落は偶然では片付けられないだろう。誰かが見ていたのか……?しかし、そんなそぶりは無かったはずだ。もしかすると、協力者の「善良なケット・シー」とやらが魔法を使ったのかもしれない。あるいは、魔道具やサラマンダー側の技術という可能性もある。それこそ、渡されたペンダントがこちらの位置を筒抜けにしていたのかもしれない。


 先程サラマンダーが襲ってきた後、熱源感知サーモグラフィーの魔法をもう一度使ってみたのだが、反応はなかった。通路が分厚い瓦礫に覆われていることもあり、もともとかなり不安定だったのだ。それに、襲撃があった以上、そこにいつまでも留まっている訳にもいかない。


「……ということは、そのサラマンダーと協力しているケット・シーは、ラウラに用があったということなのか?」


「そうだな。逆に、俺たち側に用があった可能性もある。しかし、ラウラの戦闘能力は低い。もし俺たちを殺すのが目的なら、ラウラがいようといまいと大した違いは無いはずだ。つまり、あそこでわざと崩落を起こしたとするならば、ラウラの方をどうにかしたかったということになる」


 それなら、熱源感知サーモグラフィーにラウラが引っかからなかったのがなおさら心配だ。向こう側もサラマンダーは襲っているだろうし、そもそも相手は鉱山の内部を知り尽くしている。氷力マナの反応も地下では悪く、状況はこちらが不利になる一方だ。


 そもそも、誰がサラマンダーに協力しているのだろう。という俺の思考を読んだかのようにフェンが言った。


「サラマンダーと協力しているのはバルトハルト家かもしれない」


「バルトハルトって……確かシルスリムの管理者の?」


「そうだ。今のバルトハルト家の当主はラインハルト・フラン・バルトハルト。野心家だと聞いている」


 鉱山の管理者ならば、鉱山奴隷であるサラマンダーたちに接触するのも、武器を用意するのも容易だろう。その理由は分からないが。


 それにしても、常時発動している熱源感知サーモグラフィーの魔法が辛い。じわじわと氷力マナが削られていっているのが分かる。フェンも地下で戦うのは不利だと判断したのか、地上に向かっているようだが……


「エルラーン」


「ん?」


「……この分岐路、右と左どちらから来たか……覚えているか?」


「……え?」


 つまり……それを聞くということは。


「もしかして、迷った……?」


「……かもしれない」


 その瞬間、俺の頭の中ではあんなに自信ありげに歩いてたじゃん!と渡された地図も間違ってた可能性があるし、仕方ないんじゃないか……?の二つの意見が戦いを始めたが、結局、


「まあ……仕方ないんじゃないか」


 というとても無難な一言に収まった。


 というか、全然大丈夫ではない。迷ったのは仕方がないかもしれないが、それでは困る。俺は鉱山の構造など全く知らないし……地図を頭の中に入れていたであろうフェンが迷うということは、もうここには誰も正しい道を知っているケット・シーは存在しないということだ。


 ふと、ぴくりとフェンの耳が動いた。


「何か聞こえた気がするんだが」


「俺には何も聞こえなかったけど……」


 と返した直後、僅かに足音が聞こえた気がした。でも一体どこから。熱源感知サーモグラフィーは常時発動中だが、視界にはなんの反応もない。


 そうだ。熱源感知サーモグラフィーには一つ重大な欠陥がある!


「フェン、後ろだ!」


 素早く振り返ったフェンと俺の背後に、影から滲み出るようにサラマンダーたちが迫りつつあった。




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