雷雲は道中に厚く

雷光よケラヴノス!」


 朗々とした低い声が命じると、音さえ置き去りにする真っ白な稲光が空中を駆ける。


 雷光は吸い寄せられるようにフューリーの頭部に直撃、重い衝撃とともに大型の身体が沈む。一発だ。


 フェンの魔法の威力は圧倒的だった。


 噂には聴いていたものの、今までまともに見た事がなかったが、想像以上だ。あんな遠距離で一撃……正直嫉妬の念すら沸き起こる。


 フェンが契約しているデウス・エクス・マキナ、雷龍キトゥリノは魔法追加型だ。俺やアルフェは元から使える魔法の威力や制御能力を高めたりしているが、フェンは元来の魔法『氷撃』とキトゥリノの『白雷』を使い分けている。


 あんな力があれば……と思ってしまうが、忘れてはいけないことがひとつある。この世の全ては等価交換だ。何かが欲しければ何かを差し出さなければならない。それが絶対のルール。英雄は突然現れないし、謎の力によって唐突にパワーアップすることもない。


 フェンは一体どれほどの代償を払っているのだろうか────


 俺のやや前方を歩くラウラがどこからか小さな水晶を取り出してぐっと握った。水晶はあっさり砕け、中から白い光のようなものが溢れてきらきらと舞う。さらに前方を歩くフェンが気づいて振り返った。


「悪いな、ラウラ」


「……これが仕事」


 氷力マナとは真っ白な紙の様なものだ。ケット・シーの体内には個人差はあれど存在しており、一部の者だけがそれに自分という色を付けて外に放出することが出来る。ラウラの魔法はそんな無色の氷力マナを物に貯めておける。もちろん、貯めておくだけではなく任意のタイミングで使うことも出来る。魔法名は『氷結』だ。


 フェンの強力な魔法には大量に氷力マナが必要で、俺の魔法もかなり消費する方だ。ラウラは非常に重要な存在といえる。


「妙だな」


 大型の元に近寄ったフェンが一言。俺も同感だった。


「空白地帯に肉食の大型がいるのは珍しいよな」


 この辺りはリスティンキーラの中でも特に寒さが厳しく、ケット・シーは殆ど住んでいない。寒さのためか、フューリーも出るからである。しかしその大半が比較的大人しい性質の雪食のフューリーばかりだ。とはいえ近寄れば襲われるが。


 フェンはまだ眉根を寄せて何か考えている様子だったが、ここであれこれ考えても仕方が無いと判断したのかすぐに歩き出した。


 ラウラがその後ろについていく。俺も追いかけようとしたが、


(……?)


 発動済の熱源探知サーモグラフィーにおかしな反応が灯り、足を止めて前方に目を凝らした。相変わらず降り積もる雪により視界は最悪だ。よく見えない。


「……なに」


 突然足を止めたエルラーンにラウラが訝しげに問いかけた。


「いや……なんか今変な反応が……」


熱源探知サーモグラフィーか?」


 察しのいいフェンが同じように吹雪に目を凝らす。その間にも反応はどんどんこちらに近づいてくる。まあ、ここが唯一の道らしきものなのでそれは当然かもしれない。フューリーではなさそうだが……?


「おい……あれ、ケット・シーなのか?」


 氷の神の寵愛を受けるケット・シーの瞳は、吹雪の中でも30メラくらいは見える。近づいてくるぼんやりとした影。しかし俺の目にはケット・シーの低い体温を表す緑色ではなく、オレンジが見える。


「違う……あれは……」


「サラマンダーだ」


 フェンが鋭く唸り、腰から銃を抜いた。銃、とはサラマンダーがよく使っている武器だが、フェンの銃、「スノウファーレン」は奴らの使うものとは違い、まず白い。大したことではないように思われるが、リスティンキーラにおいては白は氷の色、即ち神聖な色である。そして撃つのは鉄の弾ではなく雷だ。


 サラマンダーの銃はどうやら中で爆発を起こして鉄の弾を発射するようで、もちろん火はケット・シー的に許されない。


 雷はトワイライトファーレンと密接に関係している。聖氷書では、氷神が現れる時には猛吹雪が吹き、稲妻が空を奔ることになっているからである。フェンは白雷を使う際、スノウファーレンで狙いを正確にするのだとか。ちなみに、「スノウ」はリスティンキーラ語で白銀という意味である。


「踊る白雷よ《ライトニング》」


 彼は先頭のサラマンダーに向かって引き金を引きながら囁いた。


 ぱ、と猛烈な閃光が弾けて、こちらに気づいていないだろうサラマンダーたちを貫いた。二人ほどがもんどり打って倒れ、残りのサラマンダーたちは驚いたように辺りを見渡して武器を抜いた。シルエット的には、全て刀剣類のようだ。


 そこまで確認すると、俺は剣を抜きながら集団に向かって走った。先手必勝だ。スカーレットが今日も元気に騒いでいるが、無視する。いきなりの雷撃によりまごついているサラマンダーを切りつける。と同時に剣に氷力マナを纏わせる。


爆ぜろイフェスティオ!」


 瞬く間に青い炎が周囲のサラマンダーを薙ぎ払う。フェンが素早く二発目を右に向かって撃つ頃には、流石にサラマンダーたちも混乱から立ち直っていた。リスティンキーラのものとは違う、黒っぽい鉱石で出来た短剣やサーベルが襲ってくる。


 攻撃をいなしつつ、もう一度爆発魔法を放つ。流石に俺も、ここで躊躇ったりはしない。もちろん、いい気分ではないが。


 残りの一人をフェンが細い雷撃を放って倒す。軽く斬撃を受けはしたものの、大した傷は負っていない。傍に歩いてきたラウラがぼそりと呟いた。


「サラマンダー、耳が切られてる」


 言われて見てみると、確かに全てのサラマンダーの長い耳は、半ばほどで切断されている。


「奴隷サラマンダーか」


 フェンがサラマンダーの死体を眺めながら銃を戻した。鉱山では、戦争などで奴隷に落ちたサラマンダーを主に働かせ、そのまとめ役としてケット・シーが君臨している。


 この道の先にあるのは鉱山都市クリスタリア。つまり、奴隷サラマンダーが多く集まっている場所のひとつだ。


 なんだかこの近辺はおかしい。フューリーといい、サラマンダーといい、不穏な空気が漂っている。これはそんじょそこらの厄介事では済まなそうだ。


「気になるが、今日はもうこれ以上進めない。野営にしよう」


 フェンの言葉に頷く。焦ってもいい事はない。リスティンキーラの夜は危険だ。より一層冷え込む上に、吹雪と暗さで視界は更に悪くなる。いかにケット・シーであろうとも、夜には滅多に外出しない。


 空白地帯には小さい洞窟が転々としている事が多い。野営は主にそこですることになる。寒いが、無論外よりはマシだ。


 どんよりと厚い雲が覆う空を見上げれば、また激しい吹雪になりそうだった。














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