二つの夜

 ようやく雪原を抜けた頃には、かなり夜も深まっていたものの、氷力マナの痕跡はさほど苦労せずに追うことが出来た。


 ひたすら跡を辿っていくと、前方にぽつぽつと建物が見えてきた。


 主に石などが使われている素朴な家だ。これは雪原近くの村に多い家で、建材に使えるような木が手に入らないので石を積み上げて作られているのだ。雪原から離れた王都グレイシアの近くくらいにしか木は生えていない。


 村の手前で光が途切れているのを確認する。どうやらこの村に潜んでいるようだ。幸い今は夜なので、ケット・シーがいくら夜目が効くと言っても隠れやすい。


 雪原近くはかなり荒れた土地のようで、岩と雪と、ひょろひょろとした枯れ木くらいしかない。多少ケット・シーが通った跡はあるようだが、すぐに雪に覆い隠されてしまうだろう。


『狂愛』は、どうやって村に潜伏しているのだろうか。雪原からかなりの距離があったことから推測すると、イヴェルアとは近くはないが、決して遠くは無いはずだ。居場所を悟られないようにするのは難しいはず。


 そもそも、いつもの事ではあるが『狂愛』の魔法がよく分からない。魅了系統ではないかと当たりをつけたものの、このまま突っ込むのは危険な気もする。


 というかようやく気づいたが、アルフェと合流していない。情報が分からないのは痛すぎるし、心配もされているだろう。どうやら、色々とショックが大きすぎて頭が回っていないらしい。


 一旦イヴェルアに戻った方がいいのではないか。そう遅ばせながら思いつくが、ラズワルドのことが気にかかる。


 今頃ラズワルドは街に着いているだろうし、一度殺されそうになったのだ、今度はどんな手を使ってくるか分からない。一緒にいてはアルフェにも危険が及ぶかもしれないし、どうなっているかが分からない以上、安易に街には近づきたくない。


 それともう一つ、デウス・エクス・マキナと契約者を追っている上で学んだのは、奴らを仕留めるのは早ければ早いほうがいい、ということだ。


 時間を掛ければその分相手はデウス・エクス・マキナを手懐け、より手強くなる。一般ケット・シーの被害も増える。悪いことずくめだ。あの村に潜伏していることがわかった以上、一刻も早い対応が必要だ。


 さっきは一応三、四時間ほど寝ていたわけだし何とかなるだろう、いや何とかしなければならない。


 村人は寝ているのか……最悪の場合死んでいるのか、家々には明かりは付いておらず、辺りは静まり返っている。


 炎の魔法は応用力が高いものの、さすがに物音を消したりは出来ない。雪はちらちらと降っているが吹雪という訳では無いので足跡が心配だが、夜にそこまで見えるかは怪しいし、そもそも俺にはどうすることもできない。すっぱり諦めることにする。


 村まで後200メラくらいの所まで来たところで魔法を発動する。いつも維持している体温維持、転倒防止の他にももう一つ、体温検知サーモグラフィーの魔法だ。問題は、三つの魔法と攻撃用の魔法を使うと氷力マナがすぐ空になりかねないということだ。


 短期決戦しかない。決意しつつ俺は素早く遮蔽物に身を隠しながら村に近づく。家の中には複数の反応がある。微動だにしないので、これは寝ている村ケット・シーか。


 デウス・エクス・マキナの痕跡を辿る魔法は解除しているが、契約者は身体能力が上がるため、体温が普通のケット・シーより高い傾向にある。


 村の外れのそこそこ広い家に反応が一つ。体温検知サーモグラフィーの魔法は、ケット・シーの体温を緑やオレンジから赤で視界に示してくれる。隙間を縫って近づいたその家の中の反応は、真っ赤だった。


 こいつが契約者で間違いない。普通のケット・シーはこんなに体温が高くない。追ってきた光の線はこの村に入ったきり動いておらず、この真っ赤な反応は一つきりだ。


 俺はそっと音を立てないように家の屋根に登った。薄紅の剣を抜いて構える。天井を破壊して一撃で気絶・・させる。一般のケット・シーの被害をこれ以上出す訳にはいかない。瓦礫で潰さないか心配だが、真上を抜く訳では無いので大丈夫だろう。剣を自分の前に向ける。


爆ぜろイフェスティオ!」


 小爆発を起こす。青い奔流が駆け抜け、石造りの天井が弾ける。欠片がエルラーンの体をかするが気にしない。そのまま無防備であろう契約者の首筋に一発入れようとした瞬間。


 肩にどん、と衝撃が走った。振り下ろした剣は狙いを外れて首を掠め、


 振り向いた契約者は、まるで俺が来るのを知っていたかのように親しげに、ゆっくりと口角を上げた。


◇◇◇


 太陽はとうの昔に沈んでしまった。


「遅いな……エルー」


 夕方から待っているのだが、待てど暮らせどエルラーンは現れない。


 別にすごく不自然という訳ではない。調査が長引いているのかもしれないし、フューリーと戦っているのかもしれない。それに、この辺りのフューリーに彼が遅れを取るとは思わない。私はそのくらいエルラーンの実力を信頼している。


 今にも彼は現れるかもしれない。きっとそうだ。入れ違いになったら困るのだから、ここで待つのがもっとも確実で現実的な判断だ。でも、


 ────気をつけるといい。


 やっぱり、不安だ。


「探しに行こう……」


 それが愚かな判断だと知りつつも、私は雪原に向かって歩き出した。




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