桜のないこの国はきっと寂しい

 本当にたまたま、どこかのTwitterアカウントがいいねしました、の表示を辿ってこちらの小説を読ませていただきました。
 久方ぶりに、こんなに不意に面白い物語に出会えて、とても感動しています。普通の書店で買った本を読んでいるような没入感で読むことができました。良くも悪くも玉石混合なインターネットでは、奇跡みたいなことだと思っています。
 物語の舞台は東京、桜が原因とされる謎の伝染病で廃れていく首都を取り巻く謎を追う話です。このように書くと映画的なサスペンスのようですが、描き方はもっと春らしいゆったりとしたものです。基本的に穏やかな文章(主観ですが)で描かれるので、ゆるやかな停滞と同居する圧迫感があるのですが、それがディストピア的な世界観とよく合っていると思います。ちょっと温かい泥沼の中をゆっくりと進んでいくようなイメージです。また、SFという一般にとロボット、AI、超技術といった無機質なものが主軸になる印象が強いが、こちらは心あるものにフォーカスされているので、古典的なSFより等身大で、すっと物語に馴染めます。加えて、伏線の回収が丁寧で、私は前半で散らばった伏線が後半で一本の真実に収斂されていく構成が非常に好きなので、その点も気持ちが良かったです。あまり書くとネタバレに近くなってしまうのでこの辺にしますが、とにかく読んでいて気持ちの悪い部分(引っかかる部分というか、現実に引き戻される部分と言い換えてもいいかもしれません)がなく、最初から最後まで通しで集中を切らずに読むことができました。もう細かい理屈は抜きに、つまるところ面白かったです。
 白状すると、カクヨムのアカウントなんてサービス開始時に登録してから一回も使っていませんでしたが、そんな人間が「そういえばアカウントあった気がする」と忘れかけていたパスワードを引っ張り出すくらいにはお勧めです。前述の通りカクヨムを全く使ったことがないので、私の文章がこの場で一般的に書かれるレビューに相応しいものであるか私には分かりませんが(不勉強ですみません)、鉄は熱いうちに打て、とりあえず面白かったと、ここに残させていただきます。

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