5-3

 細い路地の一角で一人の男が背後に女を守りながら魔物と戦っていた。

男は大振りの剣で魔物の攻撃を防いでいるが、いかんせん敵の動きが素早い。

まるで映画で見たエイリアンのような魔物だった。


「早く逃げろ!」


 再び男が叫んだが、女はそこを動かなかった。

愛し合っているカップルなのかもしれない。


 射線軸が男と被らないように移動してから、エイリアンに向けて魔弾丸マジックバレットを全弾発射した。

左後頭部に数発叩き込めたおかげでエイリアンは即死だったみたいだ。

エイリアンから浮き上がった白い光の玉が俺の体に飛び込むと、レベルアップのファンファーレが頭に響いた。


レベル :4 → 7

弾数  :6発 → 7発

リロード:9秒 → 8秒

射程  :25メートル → 27メートル

威力  :14 → 16

命中補正:5% → 9%

モード :??? →三点バースト、???


 一気にレベルが3も上がったところをみると、エイリアン型は強力な魔物だったようだ。

奴がこちらの存在に気がついていなかったのは運がよかった。

俺一人だったら倒せなかったかもしれない。


「怪我はないか?」


 戦っていた男は肩で息をしながらなんとか頷いた。

20代後半くらいでなかなかのイケメンだ。

女の人の方も同年代だった。


「助かった……ありがとう……ございます」


 男の手にしていた剣が光の粒子になって空中に消えた。

あの剣はこの男のスキルに関係するものなのだろう。


「良治……」


 心配げに女の人が男の腕に手を触れると、男は大きく息を一つついてから話し出した。


「すごい腕前ですね。エイリアン型はかなりヤバい魔物なのに」


 やっぱり名称はエイリアン型なのね。

同じ日本人だから発想が似ているのだろう。


「後ろから接近できなかったら倒せなかったかもしれない。運がよかったと思うよ。俺は反町寛二」

「石田良治です」

「南ゆりです」


 地元の人間に接触できたのは丁度良かった。

通りやすそうな迂回路でも聞いておくか。


「君たちはこの辺のコミュニティーの人?」


 そう聞くと石田も南も辛そうな顔になった。


「ここから北の亀戸中央公園です。だけど俺たちはそこから逃げ出してきました……」


 二人の表情に憎悪と絶望が滲んでいた。


 亀戸中央公園コミュニティーは、すぐ横に旧中川の水源をいただき、比較的安定した農業需給を確立した共同体だった。

専門知識を持ち合わせたリーダーたちが防衛、農業、狩猟に力を入れて、生存圏が存続されてきたそうだ。

ところが、狩猟担当だった結城真ゆうきまことという男が魔物との戦闘でスキルを磨き、コミュニティーを牛耳るようになってしまったのだ。


「奴に反抗した人間はみんな殺されました。自分のことを命がけで助けてくれた恩人たちを、奴は笑いながら殺していったんだ」


 生きるか死ぬかの瀬戸際だったから協力しあえていたのだろう。

しかし生活に余裕ができてくると人は我欲を抑えきれなくなるようである。

結城が南さんに手を出そうとして、石田君も逃げ出すことを決意したそうだ。


「あてはあるのかい?」


 石田君たちは悲しそうに首を振った。


「反町さんはどこを目指しているんですか?」

「俺は木更津に行きたいんだ。娘を探している。あっちの方がどうなっているか知っているかい?」


 石田君は申し訳なさそうな顔をしてしまった。


「わかりません。この先の小松川橋は崩落して渡れないんですよ。荒川にかかる橋は俺が知る限りどこも通れないと思います」


 それは困った。

いったん向こうに戻ってゴムボートでも買うか? 

それで渡れるレベルの川ならいいけど……。

もしかしたらエルナの魔法で何とかなるかもしれないけど、期待のし過ぎはよくないな。


「コミュまで行けばボートはありますが……」

 

 亀戸中央公園の脇を流れる旧中川は下流で荒川と繋がっているそうだ。

でも、やばい奴には近づきたくないしなぁ……。


「ありがとう。いい情報を聞かせてもらったよ」

「反町さん、腕を」


 南さんが手を伸ばしてきた。


「えっ?」


 触れられた瞬間に体が軽くなる。


「私のスキルは『疲労回復』なんです」

「俺のは見てのとおり『剣術』です」


 剣術の方は、剣を扱う技術もさることながら、魔力を具現化して武器を作ることもできる。

二人のスキルがあったからここまで生き延びてこられたのだろう。


「もしも渋谷までたどり着けたら、鍋島松濤公園っていうコミュニティーがある。俺の名前を出せば、塚本里奈って女の人が力になってくれるかもしれない」


 塚本さんの所属するコミュは、小さいながら規律のとれた場所らしい。

横暴な支配者はいないと聞いている。


「ありがとうございます。行けるようなら訪ねてみますよ」


 石田君はそう言ったけど、ここから渋谷まではちょっと遠いもんな。

直線距離でも10キロ以上はありそうだ。

迂回すればもっとか……。

リュックサックからライターや缶詰を取り出して二人に渡した。


「こいつを持っていくといい」

「ええっ!? これ……缶詰……」

「キノコのお山もあるぜ」


 驚きのあまりあんぐりと口を開けている二人に食料を渡した。


「本当は金を貰うところなんだけどね」

「は、ははは……」


 俺の言葉をジョークと勘違いしたのか、二人は乾いた笑いを漏らした。

いや、本当に金はほしいんだよ!

本来、これだけの品なら最低でも100万円はとるところだ。


「反町さん、本当にありがとうございました」

「いいってことよ。あっ、一応教えてくれるかな?」

「何でしょう」

「さっき聞いた結城真って男だけど、どんなスキルを使うの?」

「残影と呼ばれるスキルです。自分の幻影をいくつも生み出すスキルなんです」


  ヤバイ奴に好き好んで近づく予定はないけど、念のために聞いておく。

 俺たちは京葉道路を西と東へ別れた。

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