第4話「変わりゆく」


気が付けば、私は人気のない見慣れた基地の格納庫の入り口にいた。

物音の一切しない、機体すら置いていない空間。


「ここは?」


バレンパン駐留基地のようで、そうでない場所。

少し不気味に感じた私は、格納庫から外へ出た。

でも、そこにも特に何もなかった。あったのはただ無限に広がる平原だけ。


「平原・・・?」


私はその平原を散策する事にした。

歩みを進めても景色が変わる事は無く、時間だけが過ぎていく。

後ろを振り返ったとき、基地の姿は無かった。


どうして。たかが数百歩歩いただけなのに。

ふいに、強烈な突風が吹く。私は思わず目を瞑った。


「っ!」


ゆっくり目を開けると、飛んでいる時の浮遊感と共に空の景色の中に居た。

いつもは自由に動ける空。

今は、それを感じられなかった。ただ広いだけの、何も出来ない空。


「な、何これ・・・」


―怖い。自由に出来ない空が、こんなにも怖く感じるなんて。


恐怖感に身体を支配され動けなくなった私の前に、黒い影が何十体と現れた。

影なのに、人と認識できてしまう。

より強い恐怖で私は小刻みに震え始めた。


「俺には護る家族がいるのに、どうしてこんな!」


「道連れにすら出来ねえのか!」


どれも、いつかの空戦で私が敵の背後に付いた時に聞こえてきた無線越しの声。


「嫌だ・・・ごめんなさい・・・嫌・・・っ!」


私は・・・いつまでこんな事をやっているんだろう・・・。

本当にこれが復讐になるのか。このままでいいんだろうか・・・。


「ふざけるな、こんなのありかよ!」


黒い影は銃を構える動作をしながら、ゆっくりと私へ近づいてくる。


「・・・嫌っ、やめて・・・」


そして私の一歩手前で止まった時。





私の意識は現実に戻された。

ハッと体を起こすと、いつもの42番隊の部屋だった。

外からは航空機の音は聞こえず、掛け声や雑談だけが聞こえてくる。


「どうしたんだ?すごいうなされてたぞ」


「ああ。ちょっと嫌な夢を見てたんだ・・・」


少しずつ自分の状態がわかるようになってはじめて、泣いている事に気が付いた。

どんな夢かは、あまりはっきりと覚えていない。

でも、これだけはわかる。私が今までしてきた事を、実感させられた。

飛んでいる時は漠然としていた。けど、初めて強く認識してしまった。



―私は、両親を殺された。だから、何人も、何十人も殺めている。



もう後には引けない事も・・・わかっている。

助けを求めるかのように、私はライアーを見た。


「ライアー・・・」


私は・・・。


「どうした?」




「私は・・・なんで復讐なんてしているんだろう・・・」




ライアーに問いかけても、答えが返ってくる事は無かった。

朝食も食べない。食べる気になれずにいた。

私は格納庫で翼を休めている愛機のイーグルの主翼の上へ仰向けになり、天井を見つめる。

何か嫌なことがあった時や、悩みがある時はいつもこうしている。

イーグルの大きな主翼の上は、なんとも言えない安心感があるから。


「ゆーい。どうしたの、こんな所で。また何か悩んでるの?」


天井を見つめていた私の視界に、友香の顔が映りこむ。

不思議そうにする友香。


「・・・うん。ただ、今は一人にさせて」


「って言われても、今からエアブレーキのチェックするからしばらく主翼の上にいるよ?」


「わかった・・・」


会話を終えてすぐ、私の腹の虫が鳴いた。

その音に気が付いた友香は、ふふっと小さく笑っていた。


「わかった。何か嫌な夢を見て、それで悩んでるとか?朝食は食べないとだめだよ」


「・・・」


こういう時の友香は本当に鋭い。

私は小声で返答をすると、手を天井へと伸ばす。


「覚悟はしてたのに・・・」


「覚悟ね・・・」


そして、友香の提案で私と二人は人気のない場所へやってきた。

今朝の夢の事を話すと、友香は草むらに腰を降ろして空を見上げる。


「由比はこの基地でトップエースとして称えられる一方、敵からは脅威として見られてるかもしれないよ」


「うん・・・」


「敵を落とすって事は、人殺しなのは間違いない。だけど、同時に何かを守っているんだよ」


・・・守る?何を?


「ふふっ、不思議そうな顔してるねー。由比は他の隊の人と話した事はある?」


「あまり」


私が来て1ヶ月と半分が経過する。だけど、他の隊の人とはあまり話さずに過ごしていた。

ただ復讐のために空へ上がり、敵を落として帰投する。暇な時は一人か、友香と喋ったり。

たったそれだけの交友関係しかなかった。


「いつの話だっけ?相手のミサイルを食らって本当に落ちそうになっていた所を由比に救われたって話のほかにね」


「そういえば・・・」


思い返してみると・・・。


「どう?心当たりはあるでしょ?」


私は小さく頷いた。


「他に、2機に追われていた所を助けられたって人もいる。だから由比、ちゃんと聞いて」


「うん・・・」


涙を堪えきれず、私は袖で拭っていく。


「由比がやっているのは、悪い事でもいい事でもどちらでも無い。もし由比を悪く言う人がいたら全力で止める」


「うん・・・」


「もう一度言うよ。由比がやっているのは悪でも善でもなんでもない。理由は違えど・・・」




―生き残るために戦ってる。



「呆然としていれば死ぬ。死ぬのが怖いから戦う。だから相手を殺さないといけない。それが戦争」


私の両肩に手を置き、真剣な表情で私を見つめる友香。


「本当に恨むべきは”戦争”。無くさないといけないのは軍隊じゃなくて戦争。戦争が無くなれば軍隊も縮小させられる。いずれは無くせるかもしれないから」


「友香ぁ・・・」


気が付けば、私は泣きじゃくっていた。

そんな私を友香が優しく抱き寄せてくれた。


「今は思い切り泣いていいよ。無理しなくていいから、辛かったら話してね」


「うん・・・」








それから数時間が経ち、私は自分の部屋へと戻った。

泣き腫らしていた目もようやく元通りになり、心も落ち着いた


「やっとわかったか?」


そう尋ねたライアーは、心なしか笑っているように思えた。


「うん」


私は一呼吸置き、言葉を紡いでいく。

友香に教えてもらった事を、想いを。


「俺たちは確かに命の駆け引きをしてるさ。でも、どこかで何かを守ってるんだ。だから俺はこの道を選んで、空に上がった」


「・・・私は、まだしばらくは復讐で空に上がると思う。でも、変わっていこうと思う」


・・・ううん、変わりたい。何かを守るために空へ上がりたい。。

それが、今の私の気持ち。


私はライアーにそれを伝えると、自然と微笑んでいた。

あの日、微笑む事ができなくなって以来かもしれない。

ずっと笑うことができなかった。


けど、私は既に変わっているのだと思う。


「いい表情してるな。悲しそうに空を見つめてばかりじゃ人は寄らないぞ」


「・・・うるさい」


私は再び少しムッとした表情になっていた。






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