第14話 ここから仕事だねぇ②


 宮内庁官僚の青年と別れてから、数日が過ぎた。福山は焦っていた。株式市場の混乱は防げそうにない。日本の株式関係者では知り得ない情報を、福山は各国の原油ブローカーなどから入手していた。


 まず恐ろしいのは銀行倒産などで、預金していた資産が消滅してしまうことだ。福山は関係者に知られないよう、目立たない範囲で預金を引き出し、これを金に変えた。金相場におかしな噂が流れると元も子なないので、50万円分、35kgしか集めることができなかった。


 これでは全社員の1ヶ月分の人件費にしかならない。株式暴落が始まれば、混乱がどの位の期間続くか分からない。

 ハイパーインフレが興れば口座の資金は紙切れになるし、不況で失業者が多発すれば、スタグフレーションだ。油も売れなくなる。


 そんな折、半次から掛かってきた電話に、福山は飛びついた。

「ご連絡が遅れて申し訳ありません。やっと担当と折衝が終わりました。」

「いやいや。先日はご無礼をいたしました」

「早速ですが、800万円は金額が大き過ぎました。500万円まででしたら、枠を融通できるとのことです」


 素早く福山は計算する。金塊と合わせて11ヶ月分の人件費を確保できることになった。足りないかもしれないし、余るかもしれない。微妙な線だ。

「分かりました。契約書や各条件はどうなっているでしょう?」

「その件に関しましては、お尋ねした際に正式な書類をお持ちいたします。小切手のご用意をお願いいたします。また取引時点で為替が変動している場合がありますので、細かい数値変動があることはお含み下さい」

 2日後の午後に取引を行う約束を行い、福山は受話器をおいた。さて、500万の大金をどの銀行で動かすか。福山は算段を始めた。


 福山は、青年から渡された書面に目を通した。今回の連合債は3年物。年利は8%とある。東京の銀行貸付金利が12%前後だから、若干低いか。インフレに傾いた時、どれだけ持ちこたえるか、微妙な数値だった。

「今回は大蔵省が主幹でポンド建てとなります。両替その他は日本銀行で行いますので、日本円で頂いても構いません」

「残念ながらドルなら幾らか保留しているのですが、ポンドの手持ちが・・・ それでは円でお支払いさせていただきます」

 関連書類の幾つかに判を押し、小切手の入った封筒を出す。青年は預かりを差し出すと、青年は立ち上がった。


「では失礼します。証券は後日、大蔵省から送らせていただきます」

「その小切手をお一人で運ぶんですか? いくら何でも物騒だと思いますが」

 半次はニコリと笑って、帽子を被った。

「日銀は目と鼻の先ですし、護衛を連れた大名行列の方が目立って危険です。ご心配でしたら、そちらの社員の方に日銀本店まで付き添っていただいても構いませんよ」

 恐るべき胆力だ。福山は密かに、いつも使っている鳥打帽の密偵を青年に付け、送り出した。


 さて、目先の案件は片付いた。本業の方に精を出し始めた福山は、密偵からの電話で我に返った。気がついたら二時間が経っていた。

「社長! あいつ銀行には入ったんですが、いつまで経っても出てきません!」

「何を言っているんだ。彼は確かに銀行に入ったんだろう?」

「それはそうですが、それだけでは信じられません。私が中に入って、奴の姿を探しますか?」

「……少し待て。私が確認してみよう」


 福山は震える手で受話器を下した。そして小切手の振り出し銀行に確認の電話を入れる。

「……やられた」

 500万円は、既に口座から引き落とされていた。

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