第11話 政治家との出会い


 女衒の顔役となった福山は、ある書生と出会う。大正デモクラシーで普通選挙を推進する会に所属する彼は、政治運動を行う危険人物として、地域公安課から目星を付けられていた。


 地方警察官僚に挨拶するために出向いた県警本部で、福山は書生と遭遇した。県警の裏口から、お偉いさんと談笑しながら出る福山。同じ出口から激しい尋問でボロボロにされ、投げ出された書生。

「おやおや。酷い目にあわされましたな」

「うるさい! 放っておいてくれ」

 書生の面構えを見て、福山は小首を傾げる。女衒も顔役も人を観るのが商売だ。何かを感じ取った福山は、彼を近所の一膳飯屋に連れ込んだ。ガツガツと定食を貪る書生。拘留中に碌な物を食べられなかったのだろう。福山は自分の分の定食も彼に与えた。


「……ご馳走様でした」

 書生は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「いやいや。これも何かのご縁でしょう。どうしてこんな目にあったのか、私に聞かせてくれませんか?」

 書生は正直に、これまでの経緯を話した。彼の話し方は誠実で、人を惹きつける何かがあった。将来は人の役に立つ政治家になりたいと話す彼を、福山はじっと見つめた。

「なるほど良く分かりました。しかし真っすぐだけでは、人は付いてこないのではないですか? 少し私がお手伝いしましょう」

 福山は溜め込んだ資産と、様々な手練手管を書生につぎ込んだ。彼が最年少で県会議員になるのに、それほど時間はかからなかった。


「この地域の人々は、まだまだ貧しい。福山さん、僕はどうしたら良いですか」

「そうですね…… 全ての人を平等に豊かにすることは不可能です。残念ですが優先順位を付けないと」

「……では一番初めは子供です。間引かれたり、売り飛ばされたりする子供の根絶を目指します。 ……あっ、失礼しました!」

「いやいや。いいんですよ、私も賛成です」


 福山は書生に農業政策および食品流通に関する資料を渡した。作物や魚を、そのまま都会へ運んでは、他地域との価格競争に巻き込まれる。そこで特産品を生産して、都会へ出荷すれば安売りをしなくても済む。

 また特産品を生産する過程で、雇用も維持することができるだろう。


「お陰様で、県内の出生率が向上しました。しかし、まだ学校にいけない子供たちが大勢います。

 これらのことは地方自治より、中央からの方が働きやすいと思います。幸い所属政党から支持も頂きましたので、国政選挙に打って出たいと思います」

「それはそれは。では、まず初めにご挨拶されるのは、A氏になさると宜しいでしょう。手土産はコレコレで、このようなお話をされるのが宜しい」

 福山は分厚い封筒を青年に手渡した。もう書生ではない議員は、その封筒を押し返した。

「今までも大変お世話になっているのに、これ以上ご協力を頂く訳には行きません。これまでの御恩ですら、何も返せていませんのに」

「いやいや。これは私の罪滅ぼしなんですよ。それに先生。これはあって困るものではないのですから、必要な時にお役立てください」

 福山はもう一度、そっと封筒を議員に手渡した。


「代議士になり2期目となりました。教育分野から資源・エネルギーへ担当が変わります。つきましては福山さんにお力添えをいただきたく……」

「はいはい。これからは石炭ではなく、原油の時代が必ず来ます。しかし我が国の埋蔵量には期待できない。国策で今から原油産出国と、繋がりを持つ必要があるでしょう」


 福山は私財で原油輸入会社を立ち上げた。まだ外遊が珍しい時代、代議士と共に中東へ出張し、日本独自のコネクションを築くことに奔走する。また欧米の資源メジャーが、目を付ける前の油田開発に入り込むことにも成功した。

「福山さんが仰る通り、帝国海軍の軍艦もエネルギー効率の良いデーゼルに変わりつつあります。これからの世の中は、石炭ではなく原油ですね。しかし列強と競って、適正価格で必要量を確保するのが難しい」

「問題は海外と競合するより、国内にあるのでは? 購入量が多くなれば、価格を下げることも可能になります。今でも地方では列車も石炭で動いているのですから、内需を高める方が重要だと思いますよ」


 福山は、原油を生成した軽油やガソリンを地方にまで、行き届ける配給網を構築した。便利になったその陰で、多くの石炭関係者が廃業に追い込まれ、歴史の影へと消えていった。


「うーん。この時期に福山の悪名は高くなっているねぇ。地方の女衒の顔役よりも、中央の大会社にしてからの方が、格段に人との関りが増えたんだねぇ」

 半次は闇の紳士録を括る。福山との販売競争に負けて一家離散になった一族も多いが、それ以上に理由の分からない訴訟が増えたのも、この時期だ。福山の悪名を利用して、小銭をせしめようとした小悪党が多かったのだろう。

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