最凶最厄

 境内の警備と言っても、境内で騒いでいるアホをぶん殴る勢いで叱り飛ばしたり、如何わしい事をしようと人目に触れない暗闇に消えるバカップルを尾行したりと、別に大した仕事は無い。

 おかげで暇な事暇な事。欠伸を噛み殺すのも一苦労なくらいだ。俺自身この町内じゃ有名人だから、俺が警備に入っていると知っちゃ、おかしな真似をする奴も居ないし。

 だが、中にはやはりおかしな奴がいる訳で。

 おみくじ売り場に陣取っていながらも全くおみくじを引かずに、参拝客に声を掛けまくっているあの眼鏡をかけた小さい男とか。

 この元旦深夜に神社でナンパとか、実に泣ける話だから放置していたが、そろそろ営業妨害で売り子の巫女さん(バイト)キレそうだな。

 とか思ったら、売り場に巫女さんが居なかった。代わりにジャージを着た高校生くらいの小僧(バイトだ)が、おみくじやらお守りやらを売っていた。

 なんか変だとおみくじ売り場に向かう。


「!!!??」


 なんだ!?脚が動かない!?あのおみくじ売り場に向かおうとした途端、俺の脚が大地に根付いたように動かなくなった!?

「う!?」

 動かなくなった脚を自覚すると。身体中が震えた。そして本能が俺に喚き立てる。

 

 関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな…………………………


「な、なんだってんだ!?まさかこの俺がビビっていると言うのか!?」

 万界の鏡に原因を探って貰おうと試みるが、生憎と忘れて来てしまってそれも無理。

 なんで忘れたんだ俺!?いや、コンビニやスーパーに行く時は結構持って行ってないけど!!町内だから持って来なかったんだっけか!!

「く!!この俺がビビる事など有り得んだろ!!たかが町内の神社のおみくじ売り場に何があると言うのだ!!」

 根性を出して一歩踏みしめる。


 引き返せ……

 行けば後悔する……

 引き返せ……

 引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ引き返せ!!!!


 俺の危機管理能力が尋常じゃない程騒ぎ立てている。

 ジャケットが雪で濡れたのか、ぐっしょりと濡れている。

 いや、雪は降っていないから、これはまさか俺の汗か!?

「く!うっせぇ!この俺が怯む事など有り得ん!!」

 今も脳に囁いている『引き返せコール』を勇気で押し退けて、だがしかし、人混みに隠れながら進んで行く。

 途中、参拝客が嫌悪感丸出しの顔でおみくじ売り場から小走りで去っている様子も見える。お母さんらしき人が子供だろう、女の子に「見ちゃいけません」とか、「近寄っちゃいけません」とか注意をしているのも耳に入る。

 と言うか、全ての人々がおみくじ売り場から逃げるように、もしくは避けるようにこっちに向かって来ているではないか!!

 なんだあのおみくじ売り場の空間は!?俺は鏡がないと何も視えないし感じない筈なのに、強烈な邪気を感じるとは!?

 漸く空間が視界に入ってきたその時……

「あ、脚がこれ以上踏み出す事を拒絶している!このプレッシャーはなんだ!?」

 有り得ない程の拒否反応を起こした俺の脚。こんな経験は無いぞ!!

 その時、晴れ着のねーちゃん達が俺の方に逃げて来た。その先から聞こえた言葉………


「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!ねぇねぇ、一緒におみくじ引こうよ!」


 うん?と思っておみくじ売り場を見た。

 あの小男がおみくじやお守りを買いに来た客に声を掛けまくっている姿が目に入る。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!ねぇねぇ、一緒におみくじ引こうよ!おみくじ代奢ってあげるよ!」

 うん?と耳を疑った。おみくじを奢る?つうか今声を掛けたのは中学生くらいの女子だぞ?

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!ねぇねぇ、恋愛成就なんかどう?俺との恋を成就させる為にさ!!」

 更に目を疑った。だって今声を掛けたのは、家族で来ていたお母さんだったのだから。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!ねぇねぇ、一緒に、あ、何でもないです」

 自分の脳を疑って頭を振った。だって今声を掛けたのは、ロン毛の男だったのだから。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!ねぇねぇ、一緒におみくじ引こうよ!奢ってあげるから!あ、お守りは駄目だよ?150円しか財布に入っていないから買えないんだよね~」

 150円!?150円しか持っていないのに、あのキャバ嬢みたいな女共に声を掛けたのか!?5人も居たのに声を掛けたのか!?

 ま、まあ、ともあれ、あの儘じゃマズイ。おみくじもお守りも全く売れない状況だし。

 なので小男に向かって……歩けない!!

 え!?この俺があの小男にビビってるってーの!?この無敵無敗、史上最強の霊能者が!?

 つうか、俺の身体に異変を齎せたのがあの小男だっつーのか!?あの眼鏡のチビが!?ハンパなオールバックの冴えない野郎が!?

 そんな馬鹿なと有りっ丈の勇気を振り絞って……

 超重い脚なれど、どうにかこうにか絡まれている女子中学生の前に立ち、小男を見据えた。

 中学生らしき女子はこの隙に逃げて行く。

「あ―――――っっっ!!成功しそうだったのにっっっ!!なんて事しやがったあああああああ!!!!」

 成功しそうだっただと?逃げようとしていた腕を掴んでいたじゃねーかよ。

「なんだよお前!!俺と彼女のホットな会話に割り込んで来るなよな!!おかげで逃げられたじゃないか!!罰として女の子紹介しろ!!」

 涙目になってビシッと俺に指を差す。つうかホットな会話って。

「なんでお前に女紹介してやらなきゃいけないんだ?つか、お前誰だ?この辺の奴じゃねーよな?」

 訊ねたらしれーっとして視線を外した。いや、他の女子達を物色していた。この期に及んでも尚迷惑行為を続けると言うのか?つうか無視するなよこの野郎!!

「おい!!お前は誰だ?なんて名前だ?」

 肩を掴んで視線を戻そうとするが、こいつ、事もあろうか、それを振り払った。

「お前こそ誰だよ?人様に名前を訊ねる時は自分から名乗らなきゃ駄目だろ。躾がなってない大人だな。俺と同じくらいの歳なのに、常識を知らないのか」

 肩を竦めてやれやれと首を振った。ハッキリ言ってムカつくが、それはこいつの言う通りか。

「俺は北嶋。北嶋 勇だ。この町内……ん?ちょっと待って」

 なんかスマホがブルブル震えていたので手に取った。メールが入ったようだ。

 なになに……入居者が不在だから今日は除霊取りやめになった。か……

 しかし、だから神社の警備に参加するとは無かった。帰って一人で休むつもりか!!

「なんだよ、苦虫を噛み潰した顔をして?自分の名前がダサいから泣いているのか?」

「ダサいってなんだ!!勇の何がダサいんだ!!じゃあお前の名前はなんだってんだ!!」

 何故初対面のメガネチビにそこまで言われなきゃいけないんだ!!

「名前を教えてもいいが条件がある」

「は?条件だ?」

 頷くメガネチビ。その顔には信念が宿っていた。何が何でも成し遂げると言う、確固たる信念が宿った顔。

 名を名乗るのにそんな顔をするとはな……余程深い事情があるに違いない。

「いいだろう。叶えられるのなら叶えようじゃないか」

「……約束したぞ。俺の名は鹿島……鹿島かしま 雄大ゆうだい

 鹿島 雄大……

 別におかしな名前じゃない。しかし、名乗るのに事情があるんだ。それは一体なんだ?

「条件はなんだ?」

「なに、簡単な事だ。俺に女の子紹介してくれ」

 ………………ん?

「なんだって?もう一回言ってくれ」

「だから、女の子紹介してくれってば。この町に越して来て数日が経ったけど、全く女っ気がなくて困っているんだよ。ナンパは失敗ばっかだし」

 こいつ、そういやさっきも女紹介してくれって言ったよな?二度目だぞこれ?

「早く女の子紹介しろよ。今日は元旦だ。姫始めしなきゃいけないから」

「なんだこの馬鹿野郎は!?身体目当てで声掛けまくっていたのかよ!!最低過ぎるだろ!!」

 鹿島は心外だと肩を竦めて首を振った。

「身体目当てじゃねえよ。癒しだよ。主に肉体への快楽を求める為にだよ」

「それを身体目当てだって言ってんだ馬鹿野郎!!」

 こんな馬鹿は初めて見たぞ!!下心は確かにみんな持っているもんだが、こいつはストレートすぎる!!

「お前みたいな奴に女なんか紹介できるか!!俺の品性が疑われるわ!!」

「ふん、そんな事言って、アンタも女なんか紹介できないんだろ?ぶっさいくだからモテそうもないしな。なんだったら一緒にナンパしてやってもいいぞ。アンタ、二人組に声掛けろ。その後は俺のトークテクニックで恋に落としてやるから」

 嘲笑うように言いやがった!!誰がぶっさいくだこの野郎が!!つうかお前にトークテクなんかないだろ!!逃げられてばっかりの手当たり次第だっただろーが!!

「俺は婚約者がいるんだよ!!モテないんじゃねーよ!!お前みたいな真似をする必要がないんだよ!!」

 勢いの儘スマホの画面を翳して見せた。待ち受けにはタマを抱いて笑って写っている神崎の姿。

「これが俺の婚約者だうおっ!?」

 鹿島は高速で俺のスマホをひったくった。

 ひったくった!?俺相手に!?

「この綺麗なねーちゃんは誰だ!?お前の妹か!?」

 スマホをグイグイ俺の顔面に押し当てて、必死に。つうか妹って!!

「何が悲しくて妹を待ち受けにするんだ馬鹿野郎!!婚約者だって言っただろうが!!」

 スマホをひったくって奪い返した。つうか俺の顔面にスマホを押し当てただと!?マジで何物だこいつ!?

 しかし、俺は更に驚愕した。鹿島の姿が消えたからだ。

 と、思ったら、俺の脚元で土下座していやがった!!何つうスピードだ!?この俺が追えなかっただと!?

「その婚約者の友達を紹介してくれ!!頼むっ!!」

 この雪が積もっている状況でも全く躊躇する事無く、額が雪に埋まる程の土下座をかました鹿島。

 必死過ぎて引き捲るよ!!だから女も逃げるんだよ!!つうか、引くのを通り越して天晴れ過ぎる!!

「お前みたいな馬鹿野郎に桐生も有馬も勿体ねーよ!!つか、あいつ等彼氏いるから紹介できないけど!!お前に紹介する気全く無いけど!!」

 千堂は彼氏いなかった筈だが、やっぱりこいつには勿体ない。紹介する気は皆無だ。

「その女の子でいいから紹介してくれ!!頼む!!友達だろ!!」

 なんか脚に縋りつかれてそう言われた。誰が友達だ誰が!!

「彼氏いるっつってんだろ!!お前なんか下僕ですらねーよ馬鹿野郎!!」

 振り解くように脚をぶん回した。しかし、しがみ付いて離れやしねえ。この俺がぶん回しているっつうのに離れないのか!?なんだこいつはマジで!?

「お、お前、この神社にナンパに来たんだろ?この神社は恋愛成就に強いから、奇跡が起こるかもしれないぞ?」

 離す為に適当な事を述べる俺。それを聞いた鹿島はあっさりと脚を離した。

「それを早く言ってくれ。アンタみたいなぶっさいくの甲斐性無しに頼むなんて俺にとっては屈辱なんだから」

 この野郎、マジで殴りてえ!!誰が不細工の甲斐性無しだ!!婚約者いるんだから!!女っ気が何も無いお前より遙かにマシだろ!!天と地の差くらいあるだろうが!!

 つうか恋愛成就に強いなら、さっきのナンパとも言えないナンパも成功している筈だろ?馬鹿だからそこまで頭回んないのか?

「もういいや。兎に角、お前は迷惑だからもう失せろ!!」

 馬鹿の馬鹿話なんかに興味は無い。神社の秩序を護る事が最優先だ。

「え?女の子紹介してくれるから帰ろうぜって?」

「なああああああんでっっっ!そうなるんだ馬鹿野郎ぅぅぅっっっ!!神社はお参りする場所だから失せろって言ってんだよっっっ!!」

 平和過ぎる馬鹿耳には、自分に都合の良い事に変換してからじゃないと届かないのか?いい加減疲れてくるわ……つうかもう疲れているけども。

「お参り……そう言や、まだ初詣して無かったなぁ。折角だからお参りしていくか」

「え?お、お前、まさか初詣すっ飛ばしておみくじ売り場に来たのかよ?」

「そうだよ。初詣客は常に移動するから捕まえにくいだろ?おみくじ売り場なら、開いておみくじ見るってタイムラグがあるからな」

 つまり鹿島は元旦にナンパする為だけに神社に来たのか!!

 驚きなのは、それなりに理屈が通っているシュミレートを弾き出していた事だ!!

「んじゃ取り敢えず並ぶか」

 そう言って晴れ着のねーちゃんの後ろにピッタリ張り付く鹿島。

「そっちに並ぶな!こっちに並べ!」

 張り付く鹿島を無理やり引っ剥がし、オッサンの後ろに並ばせた。

「何すんだよ!せめて髪の匂いでも嗅がせてくれよ!!」

 うわ……晴れ着のねーちゃんの髪の匂いを嗅ぐ為に後ろに張り付いたのかよ……馬鹿も行き過ぎると嫌悪感しか無くなってしまうな……

「オッサンの整髪料の匂いでも嗅いでいろ」

「オッサンの整髪料じゃ妄想できないだろが!!じゃあ女の子紹介しろっ!!」

 どう切り返してもそこに行くのかこいつは。

「見ろ!オッサンがプルプル震えながらこっちを見ているぞ!お前が怒らせたんだからな!責任取って俺に女の子紹介しろよな!!」

 確かに俺がオッサンを怒らせたかもしれんが、その責任を取る為に馬鹿に女を紹介する意味がどう考えても理解できない。

 俺には難しい学問だな。『馬鹿学』は俺には向いていない。

 つか、よく考えたら、何故俺が馬鹿と並んでお参りしなきゃならんのだ?俺はタダの警備要員だと言うのに。

 これは確かボランティアな筈だ。しかも空き缶拾いレベルの、近所の神社へのボランティアだ。

 ボランティアで仕事以上に疲労する事があっていいのだろうか?

 自分の行動にかなぁり不思議に思って首を傾げる。

「おっ?そろそろだな」

 考えている内に、賽銭箱までもう少しの所まで来ていた。

「アンタはお参りしないの?」

「俺はいいんだよ。早くお参りしてちゃっちゃと失せろ」

 言われて財布から硬貨を出す馬鹿。

  ………1円………ま、まぁ、賽銭は気持ちだからな。銭の問題じゃない事は確かだ。多分。

「今年は彼女ができますように……今年は宝くじで10億円くらい当たりますように……今年はバイトじゃなく就職できますように……今年こそ彼女ができますように……今年はパチンコ無敗で行けますように……今年は必ず彼女ができますように……」

 1円の賽銭でどんだけ強欲な願いを言ってんだ!!しかも彼女って3回も言っているぞ!!

「おい、そんなに願いを叶えたいのなら、最低100円ぐらい入れたらどうだ?」

「え?100円の方が彼女できるのか?」

 彼女は永久にできそうも無いが、100円なら1円より可能性あるんじゃね?と、適当に言ってみる。

「そうか……じゃあ100円……………」

 そう言って硬貨を投げ入れた鹿島。

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」

 いきなり絶叫した。めっさビックリして訊ねた。

「ど、どうした?」

 鹿島は頭を抱えて悶えながら述べる。

「500円入れちゃったあああああ!!」

 天を仰いで叫ぶ程の失敗なのかよ……

「はぁ……まあ……入れちまったモンは仕方ないだろ。諦めて退けろ。後ろにも参拝客が…って!何やってんだお前えええええ!?」

 またまたビックリした。鹿島が賽銭箱に乗り上がり、事もあろうに手を突っ込もうとしていたのだ!!

 流石に俺だけじゃない、神主も慌てて飛び出して鹿島をホールドする!!

「離せ!離せよっ!神様、400円のお釣りくれっ!!」

 この馬鹿は、賽銭箱から400円取ろうとしたのだ!!

 本人はお釣りと言っていたが、やっている事は賽銭泥棒だ!!

 無理やり賽銭箱から引っ剥がし、胸座を掴んでその場を逃れた俺…

 鹿島は400円、400円と譫言のように呟いている。

「400円は諦めろ!!あと用事無いだろ!?ちゃっちゃと失せろ!!そして二度とここら辺りに来んなっっっっっ!!」

 こんなに恥ずかしい、こんなに疲れたのは初めてだ……本当に本当にもう関わりたくは無い……

「まだだっっっ!!」

 不屈の精神よろしく状態で復活する馬鹿。もーいーっつってんのに……

 疲れ果てながらも一応聞いてみる。

「なんだよ……もう用事無いだろが?」

「何はともあれ、賽銭500円と奮発した事には変わらない。つまり彼女ができる可能性が格段に跳ね上がった訳だ」

 だから何だよ、もーっっっ!!

「これで更に恋愛成就の御守りを買えば……俺に死角は無くなると言う事になるっ!!」

 さっきまで400円400円とブルーだったのが嘘のように希望に満ち溢れている馬鹿。

 本来なら一人で勝手に行って欲しいが、また迷惑行為をする可能性100%だったので、俺は疲れ果てた身体を引き摺って御守り売り場に鹿島を連れて行った……

 御守り売り場までにも、当然だが参拝客が歩いている。

 更に当然だが、ねーちゃん達も居る訳だ。

 俺はねーちゃん達を馬鹿の魔の手から守り、長い時間をかけて、漸く御守り売り場に着く事に成功した。

「随分時間が掛かったなぁ」

「ゼイゼイ……お、お前が……ゼイゼイ……見る女見る女手当たり次第に声掛けるからだろが……ゼイゼイ………」

 何故僅かな時間の道中にこれだけ疲労しなきゃならんのだ……喉なんてカラッカラだし……俺が此処まで追い込まれるとは、本気で何者だこいつは?

 ……馬鹿だったか。ご近所故に堪えている俺に色々枷が付いているから、この馬鹿の馬鹿行動に着いて行けなくなるから、見失ったり振り解けなかったりすんのかな?ご近所の好感度の為とは言え、辛い。辛すぎる。

「よし、恋愛成就の御守り買うぞ!」

 希望に満ち溢れた顔の鹿島。つか、どーでもいいから早く買って帰って欲しい。

 勇んで御守り売り場の窓口で財布を広げた鹿島。

 と、その時!!


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド゙ドドドドドド!!


 御守り売り場の屋根に積もっていた雪が鹿島に落下した!!

「うわあああああああああああああああああ!!」

 全て直撃し、雪に埋もれる馬鹿。

「………罰当たったんだな…」

 最早偶然では片付けられない鹿島のミラクル!!罰以外での心当たりが全く見当たらなかったのだ!!

「………恋愛成就ください」

 なんと!大量の雪を被った儘、鹿島はそれでも恋愛成就を買ったではないか!!恐るべし鹿島の彼女欲しい執念!!最早感心したとしか言えない!!

 まぁ、兎に角、だ……

「もう本当に用事無いだろ?はいバイバイ」

 初詣も終わった。恋愛成就の御守りも買った。後は帰るだけだ。

「いや!まだまだまだまだあああ!!!!」

 被った雪が全て蒸発するような熱を放っていきり立つ!!

「なんだよも――――っっっ!!もう用事無いだろよっっ!!」

 流石に地団駄を踏む俺!!

「俺は全ての段階を踏み、そして隙など一切無い、パーフェクトモテモテボーイとなった!!」

 段階って、間違って500円入れて賽銭箱に乗り上がり、400円のお釣りを貰おうとして、屋根の雪を全て被ってまで恋愛成就を買う事か?

 そんなんでパーフェクトモテモテボーイとやらになれたんだ。もういいじゃんか。

 溜息しか出ない俺だが、そんな俺に構わずに、鹿島が続けた。

「そこで最後の仕上げだ。おみくじを引いて俺の恋愛運がアップしているのかを確かめる!まぁ、確認作業だな」

 知らねーよっ!そんな確認どーでもいいよっ!!

 いや、それよりも……

「お前最初おみくじ売り場に居ただろうが!!」

 鹿島の話では、おみくじ売り場にて網を張り、彼女ゲット作戦を行っていた筈だ。

「だから、居ただけで引いてないから。バイトの巫女さん口説いていただけだし」

 …………そうか。まぁいい……アレを口説いていたと思うのもまあいい………

「おみくじ引いたら絶対に帰ろよな馬鹿野郎!それ以上は迷惑行為でポリに通報するからなああああ!!」

 言い終えて肩で息をする俺。鹿島は眼鏡をツイっと上げて。

「……ただ初詣に来ただけなのに、通報とか物騒な話はやめにしようぜ」

 途端に大人しくなったな。いくら馬鹿とは言え、やはり捕まるのは困る訳か。

 いや、自分が迷惑行為を行っている自覚があるから、通報を恐れているんだな。

 寧ろ馬鹿だから通報との単語にビビっているだけって線もあるか?

 つか、馬鹿の思考などどーでもいいわ。ちゃっちゃとおみくじ引いて帰って貰おう。

 やはり参拝客ねーちゃんを馬鹿の魔の手から守りながらおみくじ売り場に行った俺。当然の如く、着いた先では肩で息をする事になった。

「ちぇっ。バイトの巫女さん居ないなぁ」

「……ゼイゼイ……お、お前の姿を見たから……ゼイゼイ……逃げ出したんだろ……ゼイゼイ……」

 そんな俺の皮肉などどこ吹く風でおみくじを引く馬鹿。

「……吉…恋愛運は…末吉…か…」

「凶よりマシだろ。さあ、もう帰れ」

  シッシっと追い払う仕草をするが、鹿島はまったく応えずに微動だにせず、おみくじをじっと見つめていた。

 そして思い立ったように、再びおみくじを引く。

「何やってんだよ!早く帰ろっての!」

「……大吉を引く!それが最後の試練だ!!」

 ………………

 は?大吉?

 キョトンとしている俺を無視し、再び買ったおみくじを見つめる鹿島。

「もう一度だ!!」

 投げ捨てたおみくじには、末吉と描かれていた。

 こいつ…本当に大吉が出るまで引くつもりか…

 俺の予想通り、引いては見つめて捨て、引いては見つめて捨て、を繰り返している鹿島……

 確かおみくじは1回100円。

 地面に散乱しているおみくじ、既に15本…

 こいつ…おみくじに1500円使っている!!

 いや、問題はそこじゃない、こいつは150円しか持っていなかった筈だ。なんでそれ以上の金が使える?

「おい、お前150円しか持っていなかった筈だよな?なんで金を使えるんだ?」

「あれは使えるお金が150円しかないって意味だ。それ以外は家賃だよ」

 支払うべくお金、家賃を使っておみくじ買ってんのかこいつ!?

「それって使っちゃいけない金なんだろうが!?何で使っちゃうのお前!?」

「大丈夫だ。バイト代が年明けに出るし、アパートの方もなんかあったらしく融通が利く状態になったし、何ならパチンコ無敗もお願いしたから勝ってお金ゲットするし、彼女ゲットすれば同棲になるから家賃やその他は折半だし、取り敢えずその家賃を貸して貰うから何も問題無い」

 どんな理屈だそれ!?つうかギャンブルはまあ、ただの淡い希望で、負けようが知ったこっちゃないからいいとして、いきなり同棲まで飛ぶのが全く解らんけど!!しかも同棲相手に家賃貸して貰おうと思っているし!!

 こいつ、俺の事甲斐性無しとか言っていたが、自分の方がよっぽどじゃねーかよ!!流石の俺も家賃を女に貸せと言った事は無かったぞ!!

 つうか、それもそうだが、こいつは15回も引いて大吉を出せていない。

 恐るべし馬鹿の不運!!大吉なんか結構入っているだろうに。

 そんな事を呆けながら考えていると、鹿島が再び1000札を出した。

 おい、もう22本だぞ?まだやるのかよ?

 そして26本目を地面に投げつける鹿島。再び1000札を財布から出した!!

 おおいっ!!もう諦めて帰ろよ!!

 だが、鹿島は引き続ける……

 何度も何度も引き続ける……

 そしてまたまた財布から1000札を取り出した!!

 36本、大吉無し!!ある意味ミラクルだ!!

 顔を真っ赤にし、地面に投げつける様、最早悪鬼の如く!!

 執念……馬鹿の執念………

 呆れるのみの鹿島だが、この執念には、やはり呆れた……

「……大吉だ…やった…俺は遂に大吉を引いたぞたっ!!」

 歓喜して涙し、跳び跳ねる馬鹿だが、引いたおみくじは実に51本。大吉一本に5100円使った計算になる。

「なんつーか……やっぱり馬鹿だよな……」

 そんな馬鹿ともおさらばだ。念願の大吉を引いたんだから、今度こそ用事は無いだろう。

「さあ、もう全く用事は無いだろ。さっさと失せろ。そして二度と来んな」

 追い払う仕草をする。

 つか、今日何度目だこの仕草は。

「さってと。早速御利益に与るかな」

「そうそう。ちゃっちゃと帰って……って何だとお!?」

 耳を疑った俺。御利益に与るとか言わなかったか今?

「だから、今の俺は彼女ができる、パーフェクトモテモテボーイな筈だ。つまりはナンパすれば確実に引っ掛かる!!」

 親指を立ててニカッと笑う鹿島!!

「成功する訳ねーだろ馬鹿!!」

  あわあわしながら全否定する俺。こいつにはバラ色の未来が見えない!!万界の鏡を使うまでも無いわ!!

「そう……性交するのさ!!姫初めさ!!」

 再び親指を立てる鹿島だが、ニカッじゃなくニマァとなっている。

 こいつ絶対漢字間違っている!!

「やめろ馬鹿野郎!!これ以上俺のご近所の方々に迷惑行為を……」

「あ!女の子発見!!かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!」

 言うや否や!俺の視界から一瞬で消えた馬鹿!!

「な!?」

 振り向くと、馬鹿は既に晴れ着のねーちゃんに纏わりついている!!

「また!?速ぇ!!この俺が完全に振り切られた!?」

 馬鹿は文字通り火事場の馬鹿力を発動させ、俺の後ろにいた女に超高速移動したのだ!!

 女をナンパしたいが為にポテンシャルをフルに発揮し、肉体を限界以上に突き動かした!!

「なんという呆れ果てた馬鹿野郎だああああああああああああああ!!」

 俺はゴーン!となった!!

 ただナンパする為に、常人では不可能な事を平然とやってのけた馬鹿!!それが俺の目ですら追えぬ速さとなり、繰り解けないパワーとなった。

 俺は恐る恐る馬鹿野郎に目を向ける。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!ねぇねぇ、一緒に甘酒飲まない?甘酒タダだからかはあ!??」

 いきなり血を吐いてぶっ倒れた馬鹿。ねーちゃんは酷く驚き、脇目も降らずに高速で逃げ出す。

「あ、甘酒一緒に飲もう……よ……」


 ガクッ


 鹿島は地に伏した……

 肉体を限界以上に動かした代償……

 恐らくは、身体はボロボロに壊れている事だろう……

「な、何はともあれ、巨悪は滅びた。後はどうなろうと知った事じゃないが……」

 この寒空、ぶっ壊れた身体の儘、気絶した状態で放っておいたらどうなるのか?

「………間違い無く死ぬな」

 血を吐いてピクピクしている馬鹿は確かに自業自得だが、流石にこの儘では夢見が悪い。

「ちっ、しゃーねーな…」

 取り敢えずポリに通報してみた。

 程なくすると、一台のパトカーが到着する。

「おお~い、こっちだこっち…って、兎沢!?」

 パトカーから降りて来たのは、パンツが見えそうな程短く着物を改造した兎沢!!

「え?北嶋さん?え?ええ?」

 兎沢も俺を指差して口をパクパクとさせている。

「お前何で此処に居るんだよ?つか、なんだその恰好は?」

「は、はっ!此方の近くに同僚がおりまして!一昨日その同僚の結婚式でして、年末年始の休暇を利用し、結婚式に参加し、流れでダラダラと過ごしておりました所、緊急車両が通りかかり、同行を許可して戴き、参上した次第であります!」

 敬礼しながら話す兎沢。ウチの近くに兎沢の関係者がいるってのか?初耳だけども……

「まあいいけど……んじゃその格好は何だよ?」

 この寒空で改造着物から覗く生太ももを晒す兎沢。大変良い目の保養だが、風邪引くだろ。

「は、はっ!折角のお正月、晴れ着でもと思いまして!ちっ、因みに……着物は下着を着けないのが文化です……」

 頬を赤らめてモジモジ悶える。つかノーパンかよ!捕まらないか?いや、自らがポリか……

「まぁいいや。取り敢えず、そいつが迷惑行為の果てにぶっ倒れた馬鹿だ」

 馬鹿に指差すと、頷いた。

「できれば刑務所にぶち込んで一生出られなくして欲しいもんだが、取り敢えず適当にぶっ飛ばしてくれ」

「吐血が酷いのですが、病院に搬送の方がいいのではないですか?」

「大丈夫だ。馬鹿は死ななきゃ治らないらしいし」

「はあ……」

 兎沢は制服警官に命じて馬鹿をパトカーに押し込ませた。

「あの、一応病院に連れて行きますが、その後の容体、お知りになりたいですか?」

「いらん!!」

「そ、そうですか。失礼しました。ご苦労様でした北嶋さん!!」

 またまたビシッと敬礼し、パトカーに乗る兎沢。

 良く見るとノースリーブにまで改造している。あんなに素肌露出させて風邪引かんのだろうか。

 ともあれ、俺はこれで漸く帰宅できるのであった。

「あの、北嶋さん」

「ん?なんだ?」

 声を掛けて来たのはバイトの小僧。そしてとっても言いにくそうに。

「まだ終了時間じゃないですけど……いや、さっきのやり取りを見ていましたんで、お疲れなのは解るんですが……」

 ……そうか。俺的には一日分以上仕事した気分なんだがなぁ……

 俺は疲れきった身体に鞭打って残り時間、警備をした。

 これも好感度ゲットの為だ。いくら疲労しようが、約束は守らなきゃだな………

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