世界の秩序のためにラスボスを引き受けたけど、いつまで待っても討伐に来ないので迎えに来てみた

蒼衣 翼

始まりにして終わりの話

 俺はドラゴンの卵から人の形で産まれた、いわゆる鬼子という存在らしい。

 俺が兄妹達と投げ飛ばしごっこをしているときにやって来た、自称神とかいう奴がそう言った。


「鬼子は元となった種族の特性と、魔族としての特性を両方強く引き継いでいるので、ドラゴンの鬼子のあなたはちょっとこの世界では強すぎるんですよね」


 などと一方的にのたまわった神とやらは、俺に世界の秩序のために英雄に倒されてくれないか? と言いやがったのである。

 正直、まだ生まれて間もない時期の俺は、それほど賢くなかったので、とりあえずこの神とやらを食べてみようと考えた。

 考えると同時に食いつく。

 

「らんぼーですね! 私は実体じゃないから美味しくないですよ!」


 本人の言う通り、まるで霞を食ったような味で、全く美味しくなかった。

 それで、俺は途端にその神とやらへの興味を失う。


「ちょっと待ってください! 無視しないで! ほら、これ、美味しそうでしょ? 神の世界でしか実をつけない果物なんですよ」


 焦ったように言って差し出して来た果物を齧ってみると、確かにそれはとても美味しかった。

 俺は強欲ではないので、兄妹達にも分けてやる。

 みんなきゃわきゃわと喜んだ。


「あの、ちょっと、みなさん! はーい、ちゅうもーく、おねにいさんにちゅうもくしてくださーい!」


 おねにいさんってなんだ?


「え? ああ、実は私、男でも女でもないんです。あ、でも、天使ではないんですよ。ちゃんと神様なんです。ちょっと役割が特殊で」


 どうでもいいな。


「あ、はい。私に興味はないんですね。あの、さっきの果物の分、お話を聞いてくれますか?」


 わかった話せ。


「あのですね。実はあなたのような存在が生まれた理由がありまして。この世界はだいぶ長く続いているんですけど、その長年の淀みがたまりにたまって、世界の正常な運行に支障をきたすぐらいになっちゃったんですよ」


 ふーん。

 

「坊やにはまだ難しいかもしれないんですけどね。一応説明しておかないといけないので」


 つまり掃除をさぼったら、こびりついた汚れが落ちなくなったってことだろ?

 うちのいえは母さんがきれい好きだからいつもすっきりとしているけど、前に父さんのいえに行ったら、ヘドロのような汚れがあちこちにこびりついていて、臭くてたまらなかったから殴って文句を言ってやったんだ。


「……あながち間違った理解でもないですね。コホン。まぁともかく、その淀みの塊が、あなたという生命として誕生した訳です」


 えっ! 俺ってヘドロみたいなもんなの? それって、すごいショックなんだけど。


「今までで一番反応がいいですね。お父さんのお家そんなにひどかったんですか?」


 食べ残りもクソも一緒に部屋の空いてるところに固めていたんだ。

 あのドラゴン頭おかしいよ。


「あー。でもそういう人よくいるんですよ」


 いるのかよ! とんだクソな世界だな!


「それで、ですね。世界のバランスのためには、せっかく淀みがあなたという形を持ったので、その状態で、光の使者によって倒されてくれれば、万事解決という感じなんですよ」


 お前らが掃除をサボったツケを俺が払うのか?


「くっ、反論出来ない! まだまだ赤ん坊なのに、さすが淀みの申し子、賢い!」


 まぁいいや。わかった。


「えっ?」


 なんだ? わかったって言ったんだけど?


「え、そんな簡単にわかっていいんですか? つまりあなたに死んで欲しいと言っている訳で」


 それって今すぐって訳じゃないんだろ?


「あ、はい。今さら十年も百年も一緒ですからね。あなたが生きているうちに光の使者に倒されてくれれば問題ありません」


 つまり死に方を選ぶだけの話ってことだな。

 誰だっていずれは死ぬんだ。死に方ぐらいは譲ってやってもいいよ。さっきの果物美味しかったし。


「えー、果物で? いや、確かにさっきの果物は天界の果物なので、不老長寿と魔力増大の効果があって、とても貴重なものなんですけどね」


 まて、不老長寿ってなんだ? 俺は大人になれないのか?


「ああいえ、大人にはなれますよ。一番生命力がピークに到達した時点で固定するだけです。私達神と同じですね」


 ふーん。それってお前も不老長寿なだけで、死ぬってこと?


「えっ!」


 どうした? なんで黙った?


「あ、あの、そ、それは、内密に」


 ? ああいいぞ、内密にしてやる。


「ああ、なんて純粋でいい人……じゃなかった、いいドラゴン……でもない。ええっと、いい魔族なんでしょう!」


 さっきから気になっていたんだが、その魔族っていうのはなんだ?


「あ、気づいちゃいました? 魔族というキーワードに」


 うざい。さっさと話せ。

 テヘペロとかするな、食うぞ!


「私を食べても美味しくないですよ! あのですね。魔族というのはこの世界のことわりからはみ出た者という意味なんですよ。つまりイレギュラーですね」


 へー。


「じゃあ、納得していただけたようなので! 私の役目は終わりです。いつか光の使者があなたを倒しに訪れると思うので、そのときはよろしく、手加減してあげてくださいね!」


 俺は手加減は苦手だ。

 兄妹とも全力で遊ぶ。


「手加減してくれないと、光の使者はか弱いので死んでしまいます」


 なんでそんなの寄越すんだ? もっと強いのを寄越せ!


「あなたより強い人なんかいないんですよ! 自覚が足りません自覚が!」


 などと、言いたい放題して去ってしまった。

 それ以来、俺はいずれやって来るという光の使者なる者を、彼女も子どもも作らずに待っていたのだが、全く音沙汰ない。

 百年が経った頃には、すっかり待つのに飽きてしまった。

 そしてある日気づいたのだ。


「俺から迎えに行けばいいんじゃないか?」


 ドラゴンの特性として、狭いところでじっとしていることは苦痛ではないので、ずっと山のなかの自分の家でまったり暮らしていた俺だったが、光の使者を探すついでに世界を見て回るのもいいんじゃないかなと思えたのだ。

 あの神とやらは子どもの頃に一度来たっきりで音沙汰ないし、これだから長年掃除も出来ないような奴は信用ならない。


「という経緯で、光の使者を探している」

「いや、ちょっとそう言われましても……」


 神の寵愛を一番受けている生き物という理由で、人間の暮らす場所を訪れた俺は、探し物があれば見つけてくれるという連中が住む家に赴いて事情を説明した。

 しかし、そこにいた男は困惑したように俺を見るだけで、光の使者の居場所を教えてくれない。


「あの、あなたのその服装は?」

「ああ、人間は服とやらを装備するのが礼儀なのだろう? 俺は几帳面な性格なんで、人間社会に詳しい精霊に聞いたのだ。それで適当な葉っぱや毛皮で服とやらを作ってみた」

「ざ、斬新なファッションですね」


 俺の相手をしていた男の背後の扉が開いて、別の女が顔を出す。

 人間の男女は特徴があまりはっきりしていないのでわかりづらいが、だいたいは匂いで判断することが出来る。


「あの、主任……コスプレ姿で道を尋ねて来た人って」

「あー、それなんだが、どうも、何か妄想に取りつかれているようで、光の使者を探しているとか言うんだよ」

「妄想じゃないぞ! 神がそう言ったんだ!」

「あ、宗教の人?」

「そうかもしれないな。最近は終末思想とかで、変な宗教が流行ってるからなぁ」

「先日は龍脈の枯渇で、広大な地面の陥没が起りましたし、ここ何年もそういう嫌な災害ばかりですからね、気持ちはわからなくもないんですけど」

「おい。俺の前で堂々とそういう話をするな。俺は変な宗教家とかじゃないぞ。神と名乗ったのは子どもの頃にやって来た奴で俺がそう言っている訳じゃない」

「うーん。やっぱりうちの管轄じゃないような気がする。病院と神殿、どっちを紹介したほうがいいと思う?」

「まず洋服店でしょう」


 くそっ、人間が大勢住む場所に来れば、すぐに光の使者と会えると思ったんだが、なかなかそう上手くは行かないようだ。

 あと、この服装がイケてると言ったあの精霊、後でぶっ飛ばす。

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