クマさんと、透明なあなた その1

 リットの村にあるミミー商会との取引が始まって1ヶ月がたちました。


 ミミー商会の荷馬車隊は週に1度やってきていて、今日で4回目の来村となっています。


 取引品目はピリの缶詰だけなんだけど、


「おかげさまで、この缶詰が冒険者の携帯食として飛ぶように売れているんです」


 ミミーさんは満面の笑みでそう言いながら、缶詰の詰まった木箱を部下のみんなと一緒に荷馬車へと積み込んでいました。


 ピリによると、


「ミミーさんってば、村に滞在している間はさ、いつもアタシの食堂で食事をしてくれるんだけどね、いっつも


『私の商会が経営している食堂で働かない?』


 って誘ってくるのよねぇ」


 とまぁ、缶詰の調理人であるピリを引き抜こうとしているそうなんだ。


 ミミー商会を率いるミミーさんとしては優秀な人材を迎え入れたいという当然の行動なんだろうけど、ちょっと複雑な心境というか……もしこれでピリがミミー商会に引き抜かれてしまったら、このニアノ村で流血狼を調理出来る人がいなくなってしまうわけで、それはつまりこのニアノ村で缶詰を作ることが出来なくなってしまうことを意味しています。


 ……でも、この話を聞いたシャルロッタは、


「……確かに、ピリには村でこれからもずっと一緒に頑張ってほしいのじゃが……リットの村へ行った方が、ピリも調理人として有名になれるのではないかと思うと……」


 そう言いながら、すごく複雑そうな表情を浮かべていました。


 それは、この村の長としてのシャルロッタの思いと、ピリの友人としてのシャルロッタの思いが複雑に絡み合っている……そんな感じの表情だった気がします。


 確かに、シャルロッタの意見はもっともです。

 ピリの将来を考えたら、大きな村でお店を持った方が良いに決まっています。

 シャルロッタは、ピリの将来を考えているというのに、僕はそこまで考えがいたっていませんでした……


 すごく反省している僕と、複雑な表情をしているシャルロッタを前にしてピリは、


「何言ってんのさ。アタシが故郷のニアノ村を捨てるわけがないじゃん。馬鹿なことを言わないでよね」


 そんな感じで、一笑に付してくれました。


「……まぁ、確かにさ。調理人としてはアタシの料理をもっともっと多くの人に味わってほしいとは思うよ。でも、それはこの村にいたって出来ることじゃん。アタシの料理で、もっともっとこの村にお客さんを呼び寄せてみせるから、シャルロッタもクマ様も楽しみにしといてよ」


 そう言って笑うピリ。

 そんなピリに、シャルロッタは、


「うむ……そのためなら妾は出来る事ならなんでも協力するからの、ピリ」


 嬉しそうに微笑みながらそう言いました。


 シャルロッタとピリは、共にこの村で産まれてこの村で育った仲良しだし、ホント、こういう友人関係って、横で見ていてもなんか胸にグッとくるものがありました。


 ……元の世界の僕には、そんな友人なんて1人もいなかったんだよな……

 幼少の頃から太っていることをバカにされて、からかわれ続けていた僕は、すごく引っ込み思案な幼少期をすごしていて……その後、小学校、中学校、高校と進んでいっても、その状況はずっと同じだった。


 そんな僕だからこそ、このシャルロッタとピリの友人関係を守ってあげたいと強く思っていたんです。

 正直なところ、何をすればいいのかはさっぱりわからないんだけど……と、とにかく2人のためにも、これからも出来る事を頑張ろうと思います。


◇◇


 ミミーが


「ピリさん、次回こそいいお返事を聞かせてくださいね」


 そんな言葉を残して村を出立したのは数日後のことだった。

 ピリは、

「あはは、1週間後にまた缶詰をいっぱい買ってくれたら考えてもいいわよ」


 笑顔でそう言いながらミミーを見送っていたんだけど、ミミーの荷馬車が見えなくなると、


「……ま、考えるだけで受ける気はさらさらないけどね~」


 そう言って、べーっと舌を出していました。


 まぁ、ピリらしいと言えばらしいんだけどね。


 そんなニアノ村に、見慣れない荷馬車隊がやってきたのはお昼過ぎだった。

 その荷馬車隊のリーダーらしい、小柄で男性冒険者の服を着込んでいる女性が

「ここがニアノ村で間違いないようですねぇ」

 そう言いながら村に入ってきた。


 その報告を、城門を警護している騎士達から受けた僕とシャルロッタは、すぐにその荷馬車隊を出迎えに向かった。


 その荷馬車隊は南方からやってきたそうで、

「私、辺境都市ナカンコンベでドンタコスゥコ商会を経営しております、ドンタコスゥコと申しますねぇ」


 小柄な女性はニコニコ笑いながら、僕とシャルロッタにそう挨拶をしてくれた。


 ドンタコスゥコ商会は女性だけで運営している商会だそうで、荷馬車に同乗してやってきていた皆さんは全員女性だった。


 ……で、ですね、その女性の皆さんはシャルロッタの横に控えている僕へ向かって一斉に視線を向けてきたんだけど


「……デブね」

「……しかもどんくさそう」

「……あれはないわね」

「……うん、ないわ」

 

 ひそひそとそんな話し声が聞こえてきた気がしたわけで……うん、まぁ、僕にはシャルロッタがいるからいいんだけどね。


 ちなみに、この荷馬車隊には護衛の冒険者が同行していたんだけど、その数2人。

 お母さんとその息子さんのコンビらしいんだけど……その息子さんの方が、なぜか女性冒険者の格好をしていて、顔にどぎつい化粧までしていた。

 なんでも、女性ばかりの商隊の護衛なので、失礼がないようにそうしているそうなんだけど……生前の僕の世界で例えるなら、ミッツマング●ーブが一番近いと言うか、あんな感じで背も高くガッチリした体型をしているもんだから、その女装がとにかく浮いているというか、なんというか……


 ただ、その剣の腕前は相当なものだそうで、このドンタコスゥコ商会の護衛を専属で引き受けてから1年近く経つそうなんだけど、1度として山賊や魔獣の被害を出したことがないんだとか。

 しかも、

『母さんは危ないから下がっていて』

 といって、どんな大群が相手でも常に息子さんが1人で突っ込んでいって、1人で解決してしまうんだとか。


 ……なんと言うかホント人は見かけによらないってヤツなんだなぁ。


◇◇


 で、そのドンタコスゥコさんですが、

「この村で販売しているという流血狼の缶詰をぜひ売りの商会でも買い取らせて頂きたいと思ってお邪魔したんですよねぇ」

 そう、シャルロッタに言いました。


 なんでも、ミミー商会が販売している流血狼の缶詰がナカンコンベでも大人気になっているそうで、ならば直接仕入れることが出来ないかと思って、遠路はるばるやって来てくれたんだそうなんです。


 これを受けて、シャルロッタはピリと相談をしていったんだけど、

「う~ん……ちょっと困ったなぁ……」

 ピリはそう言って首をひねってしまった。


 肉に関しては、僕がドラコさんと一緒に狩りをする回数を増やせばなんとかなるんだけど、


「問題は、この缶詰の容器なのよね」

 ピリが言うには、彼女が料理を詰めるのに使用している缶詰の容器は、村の少し北にあるドワーフ集落で作ってもらっているそうなんだけど、

「それがさぁ……どういう訳か最近、品物が届かなくなってるのよ……このままだと、来週、ミミー商会に納品するのに使用する容器まで足りなくなりそうだから、近いうちに様子を見にいかないとなぁ、って思ってたとこなのよね」

 ということらしい。

 ただ、ピリは食堂が忙しいというか、流血狼の料理がメニューに加わってからというもの、ピリの食堂は大盛況になっていて、集落まで出向く時間を作ることが出来なくなっているんだとか。


「なら僕が行ってこようか?」

「え? クマ様が?」

「うん、こんな時くらい力にならせてよ」


 僕はそう言って胸をドンと叩いた。


 週に何度かドラコさんと一緒に夜中に狩りはしているものの、日中の僕はほとんど何もしてないからね。

 こんな時こそ立候補して、みんなのお役にたたないと、と思ったわけです。


「では、クマ殿にお願いしようかの」


 シャルロッタもそう言ってくれたので、僕は早速ドワーフ集落に向かって出発することにした。


「道案内したいんだけど……ごめんねクマ様」


 ピリは食堂が忙しいので、同行するわけにはいかなくて、


「すまぬのじゃクマ殿……妾もこっちが忙しくて……」

 シャルロッタも、はじまったばかりの治水工事の指揮をしないといけないため、村に残らざるを得なかった。


 そんなわけで、僕はピリが書いてくれた地図を片手に山道を進んでいきました。

 とはいえ、基本的に一本道らしく迷うことはまずない……はずだったんだけど……


「……なんだこりゃ?」


 しばらく道なりに進んでいった僕は、そこで思わず目を丸くしてしまいました。


 右が切り立った山で、左が崖という山道を通行している最中の僕だったんだけど、僕が立っている場所から先の道路が崖ごとえぐれて崩落していたんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る