クマさんと、村の中 その1
僕とシャルロッタがリットの村に到着したのは、落雷騒動が起きた翌日のことでした。
あの落雷音のことをシャルロッタがひどく気にしたため、昼夜問わずに馬車を飛ばして時間を短縮したわけなんですけど……そこまでして急いで駆けつけた僕とシャルロッタの前に広がっていたのは、ごくごく普通な様子のリットの村の光景でした。
山賊達の襲撃にあっているため、城門などは警戒が厳重になってはいたんだけど、村の中はいたって平穏で、村の人々にも、慌ただしいとか過度に警戒しているといった様子はまったく見られませんでした。
……まぁ、それはそうですよね
ドラコさんの魔法のおかげで、この村を襲おうとしていた山賊達はすでに退治されているわけですから……
「シャルロッタ、よく来てくれたわね」
「ジェナではないか。無事で何よりなのじゃ」
そんな村の様子に唖然としていたシャルロッタを出迎えてくれたのは、この村の領主ジェナさんでした。
ジェナさんは、小柄なシャルロッタとは対象的に、かなり背の高いスラッとした女性です。
スリムな分……その、なんというか、胸のあたりかなり慎ましやかといいますか、小柄だけど巨乳なシャルロッタよりもかなり……まぁ、そんな方なんだと理解してください。
「わざわざごめんなさいね、遠路はるばる来てもらったりして……」
「何を言うのじゃ! 妾とそなたの中ではないか!」
金色で短髪のジェナさんと、金色で長髪のシャルロッタは笑顔でしばし歓談していました。
なんでも、このジェナさんはシャルロッタの幼なじみなんだとか。
互いに、早くに両親を亡くしていて、若くして領主の座を引き継いでいるそうです。
ジェナの両親は山賊を追い払おうとして……
シャルロッタの両親は魔獣の群れから村人を守ろうとして……
そのため2人は、何かあるとこうして連絡を取り合い互いに助け合っているそうで、今回の山賊退治もその一環としてシャルロッタへ依頼をしたそうなんですが……2人とも苦労したんだなぁ……なんか、話を聞いているだけで涙が出て来そうになって……
「しかし、どういうことなの? ……いつも同行してくる騎士や、あなたの村の義勇兵を全然引き連れていないなんて……」
そう言うと、ジェナさんは僕へ視線を向けました。
まぁ、その感想は当然だと思います。
山賊退治の助っ人として呼ばれたシャルロッタなのに、引き連れていたのが僕1人だったわけですからね。
そりゃ不振に思うなと言う方が無理だと思います。
そんなジェナさんに、シャルロッタはにっこり微笑みました。
「うむ、このクマ殿はの、1人で流血狼を何十頭も仕留める猛者なのじゃ。期待してよいぞ」
シャルロッタが満面の笑みでそう言うと、ジェナさんの後方に集まっていた騎士達が思わず声をあげていった。
ただ、その声は「それはすごい!」といった驚嘆の声ではなく、「そんな馬鹿な」的な、感じの声だったのは言うまでもありません。
ただ、そんな中、ジェナだけは、
「にわかには信じがたいけど……シャルロッタが言うんだもん、私は信じるわ」
そう言うと、僕に向かって右手を差し出してきた。
「わざわざ来てくれてありがとう。よろしくねクマさん」
「え?あ、はい、こちらこそ……」
ジェナさんがにっこり笑顔を浮かべたもんだから、僕も釣られるようにして笑顔を浮かべつつ、右手を差し出していった……んだけど、
ぐいっ
僕の差し出した右手をいきなり両手で掴んだジェナさんは、
「せいやぁ!」
いきなり僕の懐に入りこみ、そのまま前方に投げ飛ばそうとしてきました。
タイミングは完璧だったと思います。
格闘技には詳しくない僕だけど……おそらくこれって一本背負いってやつに近い格好なんじゃないかな。
以前の僕であれば、とっくに地面に叩きつけられて目を回していたと思います。
実際、ジェナさんも全力で僕を投げ飛ばそうとしていて、右腕はすごい力で引っ張られていましたから。
……でも、
「え?」
ジェナさんは……すぐにびっくりした声をあげました。
……ジェナさんに完璧なタイミングで懐に入られた僕だったのですが……僕の体はピクリともしなかったんです。
特に特別なことはしていません。
僕はちょっとだけ踏ん張った感じだったんだけど、そのちょっとの力だけで、僕の体はその場に根っこでも生えたかのように動かなくなっていたんです。
「嘘、そんな……」
ジェナさんは、困惑しながらも、僕の懐に何度か入りなおしては改めて投げ飛ばそうとしていました。
ですが、結局僕の体はびくともしません。
「どうじゃ? クマ殿のすごさがわかったであろう?」
その光景を、シャルロッタが満足そうに見つめていました。
最初にジェナさんが僕を投げ飛ばそうとした時は、少し慌てた様子だったシャルロッタなんだけど、それを僕がしっかり受け止めてからは、安堵した表情に変わっていたんです。
「……悔しいけど認めるわ。まさかこの私が投げられないなんてね……しかも、完全に隙をついたはずなのに……」
そう言うと、ジェナさんは僕の胸を右の拳でドンと叩きました。
その様子からして、さっきのは腕試し的なものだったのでしょう。
ジェナさんは、僕の力量を測るために僕を投げ飛ばそうとした。
シャルロッタは、ジェナさんがそうするのをわかってはいたものの、『クマ殿なら大丈夫』そう信じてくれていたからこそ、あえて何も言わなかったんだと思います。
結果的には、僕の超身体能力のおかげで事なきを得たわけだけど……出来ることなら、次回からはそれとなく事前に教えておいてほしいな、と、思いつつも、シャルロッタの期待にこたえる事が出来て安堵したのもまた事実でした。
……でも、なんだろう
その時の僕は、少し違和感を感じていました。
身体能力の向上
遠くの声を聞くことが出来る
遠くの様子を見る事が出来る
これらの能力のことを、僕はどこかで知っていたような……
「クマ殿、どうしたのじゃ? 早くくるのじゃ」
そんな事を考えていた僕を、ジェナさんに案内されて歩きはじめたシャルロッタが呼びました。
「あ、はい、すぐ行きます」
気にはなるけど、今はシャルロッタの護衛としての仕事をしないといけません。
僕は、あれこれ考えるのを一度中断して、シャルロッタの元へ駆け寄っていきました。
* * *
その後、僕とシャルロッタは街の役場へと案内されたのですが……
「先日の落雷の被害はどうなのじゃ?」
そうシャルロッタが訪ねたところ、
「落雷? なんのことかしら?」
と、ジェナさんはきょとんとした様子をしています。
それはジェナさんだけではありません。
その後方に付き従っている騎士達もジェナさん同様に首をひねっていました。
まぁ、これには当然なんです。
これは、山賊を追い払った後に、ドラゴンの魔法使いのドラコさんから後で教えてもらっていたのですが、
『念のために~村には魔法の防御壁を張っておきましたので~私の姿も見えていなかったと思いますし~、どっかん魔法の音も聞こえていないと思います~』
とのことだったんです。
なので、この村にはドラコさんの魔法の音は聞こえていなかったのですが、遠方にいた僕とシャルロッタにはしっかり聞こえていたわけです。
ただ、ここで僕が下手にドラコさんの事を口にすると、何かと問題が起きるかもしれないので、
「ひょっとしたら、あの落雷は僕達に近いところに落ちたのかもね。そのせいでここまで音が聞こえなかったのかも……と、とにかく街に被害がなくてよかったじゃないか」
その方向でどうにかごまかすことにしました。
最初は困惑していた様子のシャルロッタなんですけど、
「……まぁ、クマ殿がそう言うのであればそうなのじゃろう」
そう言って納得してくれました。
これで1つ問題が片付いたわけなのですけど……僕にはもう1つ対応しておかないといけない事がありました。
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