クマさん、再び山賊と その2

 僕がようやく目を覚ましたのは、お昼少しすぎた頃でした。


 僕達は基本的に昼休憩は挟まないことにしています。

 休むのに適した場所がないのが一番の理由なのですが、それ以上に山賊の被害に苦しんでいる隣村に早くかけつけるため、っていうのもあるんです。

 そのため、日中、夕食までの間に小腹が空いたら布袋に入れて持って来ている干し肉などを適当に食べることにしていました。


 目を覚ました僕は布袋に手を伸ばそうとしたのですが……


(そうだ……その前に少し周囲の様子を確認しておこう)


 そう思い直して、耳に神経を集中していきました。


 やっぱり用心はしておかないといけませんからね。

 昨日うまく撃退出来た山賊だって、どこかで活動を再開しているかもしれませんし。


 そんな事を考えながら耳に意識を集中していると……僕はあることに気が付きました。

 脳内に、妙な物が浮かび上がった……そんな気がしたんです。

 それは、RPGのゲームなんかで出てくるステータスを表示するウインドウのような物のような気がしたのですが、そのウインドウの中には、


「神の耳魔法:マーキング済」

 と言う文字の下に、


 ミリュウ

 ピリ

 ラビランス


 という文字が刻まれていました。

 

 神の耳魔法?

 マーキング済?


 その言葉の意味が理解出来なかった僕は、思わず首をひねりました。


 おそらくこの神の耳魔法っていうのは、僕の遠くの声を聞くことが出来る能力の正式名称みたいですね。


 ……で、問題はその下の名前らしき文字です。


 ミリュウはわかります。

 村で僕の帰りを待ってくれている使い魔のラミアです。


 ミリもわかります。

 こちらも村で僕の帰りを待ってくれている料理人の女の子です。


 ……その下のラビランスって……誰?


 まったく身に覚えがありません。

 しかし、マーキング済とかいう表示の中に出現しているってことは、僕と何らかの接触があったというか、この神の耳魔法で接触したことがある相手ってことなのかもしれません。


 実際、この魔法でピリの悲鳴を聞いてかけつけていますし、ミリュウとはお話をしています。


 ……でも、このラビランスって名前の人にはまったく身に覚えがありません。


 村の人の声を聞いたことがありますので、村の人の誰かだったのかもしれませんが……それならもっとたくさんの名前が登録されているはずですし……いくら考えても答えを見いだせなかった僕は、とりあえずこの名前に意識を集中してみました。


 ……すると、


……まったく、昨日はひどい目にあったわね

……まったくですぜ姉さん


 そんな会話が聞こえてきました。


 その声に、僕は思いっきり聞き覚えがありました。


 ……間違いありません。あの人たちです。


 そうです……昨夜の山賊さん達です。


 僕が遠距離から声をかけて撃退することに成功した、あの山賊達さん達の声に間違いありません。


 ってことは……このラビランスっていうのは……『姉さん』って呼ばれている山賊達のボスの名前なのかもしれなませんね。


 僕はそんなことを考えながら、耳に入ってくる会話に意識を集中し続けていました。


……とにかくだ、昨日は不覚をとっちまったけど、今日はそうはいかないよ

……えぇ、今日はアジトの全員を引き連れてきましたからね

……あの街なんざあっという間に蹂躙出来まさぁ

……こっちにも被害が出るからあんまりしたくなかったけど、昨夜コケにされたお返しだ、一気にけりをつけてやろうじゃないのさ


(……うん、これはまずいんじゃないか?)

 この会話から判断するに、山賊達はこれから総攻撃をしかけようとしているに間違いありません。

 

 声しか聞こえないからなんとも言えないけど……どうにかして、ラビランスって人の様子を見ることが出切れればなぁ……僕の元いた世界でいうところの、千里眼みたいな能力があればあの村を救うことが出来るのに……



 僕がそんな事を考えていると、頭の中に新しいウインドウが開いたような気がしました。

 そのウインドウの中には、


『神の目魔法を発動』


 って文字が刻まれているような気がしました。


 次の瞬間。


 僕の脳内に見た事の無い森の光景が広がっていきました。


「え? こ、これって……」


 思わず目を丸くしてしまう僕。

 その光景は、シャルロッタの村の近くの森とは明らかに違います。

 近くに、村の周囲を囲っている柵も見えるのですが、その柵が石製なんです。

 ニアノ村の柵は木製ですからね。


 困惑しながらも、その光景に意識を集中させていると……


 石の柵の手前、森の中に山賊達が集結しているのがわかりました。

 ……その数は1000人近くいるんじゃないかと思われます。


 対する石の壁の街の方なんだけど……山賊達がすぐ近くに集まっているのにまったく気付いていないらしく、壁の周囲には人の気配が全然ありません。

 山賊達集まっているのは、村の裏側みたいですね……そのせいで護衛の人もいないみたいです。

 


……衛兵に忍び混ませているゴリンゴの手はずで、こっちには衛兵がいませんからね

……ふふ、アタシ達は労せずして村に侵入出来るってわけね


 そんな集団の先頭に立っている赤い長髪の女が不適に笑っているのが見えました。

 その声からして、この女がこの山賊団のボスで、ラビランスなのでしょう。


「さぁ、みんな、やっておしまい!」


 そう言うと、ラビランスは右手をあげました。


 まずいな…… 

 このままじゃホントに村が襲われてしまう。

 この数で、あの村が陥落してしまうかどうかはわかりませんが、どっちにしても被害が出てしまうのは間違いないでしょう。


 映画やテレビの中でしか知らなかった世界……襲撃、戦争、戦い……魔獣を相手に戦った事はありますが、山賊相手に……人を相手にして戦うことになるということを改めて実感した僕は、体が震えるのを感じていました。


 かといって、僕達はこの街にはまだ結構遠い位置にいるわけだし……となると、昨夜のように声で脅すことで、山賊達を撤退させるのが一番かも……それなら、被害に遭う人も出ませんし……


 そう考えた僕は、一度大きく息を吸い込むと、


「貴様達!まだ懲りてなかったのか!」


 そう、声をあげました。

 毛布を厚めにして口にあてがっているので、操馬しているシャルロッタには聞こえていないはずです。

 幸い、悪路を進んでいるおかげで、荷馬車がガタガタと音を立て続けていますし、多分大丈夫……だと、思いたい。

 もし聞こえていたら……とりあえず変な夢を見ていたってことでごまかそうかな……


 そんな僕の思惑どおり、シャルロッタは僕の声を特に気にしている様子はありません。

 

 一方、山賊達に対しての僕の声の効果は大きく、柵に殺到しようとしていた山賊達が全員その場に凍り付いているのが見えました。


「そ、その声は……昨夜のやつだね?」

「うむ、いかにも!」


 よし……このまま威嚇していれば、昨夜のように引き上げてくれるかも……

 僕はそう思っていたのですが、そんな僕の思惑とは裏腹に、最初こそざわついていた山賊達なのですが、その場で体制を立て直し始めていたんです。


「慌てるんじゃないよ! この人数なんだ、しっかり体制を整えていればそうそうやられることなんか、ありゃしないよ!」


 ラビランスの指示の元、あっという間に落ち着きを取り戻してしまった山賊達。

 その様子を確認したラビランスは、


「どこの誰だかしらないけど、姿を見せな! 昨夜のお礼もさせてもらわないといけないからね」


 周囲に向かって声を張り上げながら、自信に満ちあふれた表情をその顔に浮かべていました。


 ……これは困ったぞ……


 今日のラビランスはこの程度では引く気がないみたいです。


 よく考えたら……昨夜のラビランス達は奇襲を仕掛けるべく少人数の部隊で夜陰に紛れて移動していたわけですし、そこに声をかけられたから慌てふためいたわけでしたし、そりゃ逃げるよね。


 でも、今の彼女は山賊達全員でその場にやって来ているわけだし、確かに声だけの相手にひるむはずがないといいいますか……


 困ったぞ……こういう時、どうしたらいいんだ……


 僕は必死に考えを巡らせていったのですが……戦闘の経験も、交渉の経験も圧倒的に不足している僕が、ここですぐにいい考えが思い浮かぶはずがありません。


「どうした!? 怖じ気づいたのかい!」


 脳内で確認出来ているラビランスは、不適な笑みを浮かべながら周囲を見回し続けています。

 山賊達もすっかり体制を立て直していて、周囲に向かって警戒体制をとっています。


 このままでは、僕の威嚇が声だけだとバレてしまって、街に攻撃を仕掛けられてしまうのも時間の問題です。


 僕は必死に考えを巡らせていきました。


「どうしよう……どうしたらいいんだ……」


 ……と、その時でした。


『あのぉ……神の耳魔法に割り込みしちゃってすいません、お困りですか?』

「え?」

『あのぉ……もしお困りのようでしたら、お助けさせていただいてもよろしいのですが……』

「はい?」


 僕の耳に、聞き覚えのないそんな声が聞こえてきた。

 よく見ると、マーキング済リストの一番下に、


 ドラコ


 という名前が新しく加わっていたんです。


 ……っていうか、ど、どちら様ですか?

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