クマさんの魔法?

 僕とシャルロッタの乗った馬車は、街道を進んでいます。


 街道といっても、僕達の住んでいるニアノ村は森の奥深くにありまして、そこから獣道のような道が延びているのですが、どうもそれが唯一の街道みたいでして、その獣道を進んでいます。

 舗装も何もされていないので、この道に慣れているシャルロッタが馬を操ってくれていないと確実に道に迷っていると思います。


 そんな森の中の道を、ニアノ村の後方にそびえている高い山の裾野に沿うようにして進んで行く僕達。


「この山を越えた向こう側にリットの街があるのじゃ」

「へぇ、そうなんだ。ちなみに、どれくらいかかるんです?」

「そうじゃの……片道3日というところかの。その間に宿場町などもないでの、野宿をしながら進まねばならぬのじゃ」

 シャルロッタがそう教えてくれた。

 

 それを受けて、僕とシャルロッタは相談した結果、僕が昼間は荷馬車の中で休むことにしました。

 その間、シャルロッタが荷馬車を操馬して進み、夜は荷馬車を止めて僕が寝ずの番を行い、シャルロッタが眠るという分担で進むことにしたんです。


「じゃあ、僕は先に休ませてもらうけど、何かあったら遠慮無く起こしてね」

「うむ、その時はよろしく頼むのじゃクマ殿」

 僕は、シャルロッタと言葉を交わすと、荷馬車の中へ入っていき、その中央で横になった。


 板場の上

 よく揺れる馬車


 そんな悪条件のため、寝心地はあまりよくありません。

 そのため、僕はあまり深い眠りを得ることが出来ずにいました。


 ただ……その間に不思議な出来事が僕の身に起きていたんです。


 使用出来たり出来なくなったりしていた、あの超聴覚が、普通に使用出来るようになっていたんです。 

 うつらうつらしている僕の耳に、森のあちこちから様々な音が入ってきた。

 最初は本当に夢なんじゃないかと思っていたのですが……その中に、村に残してきたミリュウの話声が混じったりしたもんだから、

「あ、これは夢じゃないや」

 と、自覚出来たんです。


 ちなみに、ミリュウは、

『ダーリン~……速く会いたいの~』

 と、寂しそうに呟いていた。

 ん~……やっぱりちょっと可愛そうだったかな……

 何しろ村の中で、ミリュウと会話出来るのは僕だけですからね。

 村人達と、多少ボディランゲージでコミュニケーションがとれるようになり始めてはいるものの、それも全ては僕が一緒の時だけでして、ミリュウが1人でいる際に話しかけてくれる村人はいまだに皆無だったから。


「ミリュウ……早めに帰るからね……」


 僕は、夢見心地の中、独り言のようにそう呟いた。

 すると


『ダーリン!? ダーリンの声が聞こえたの!? 何々!? 魔法なの!?』


 慌てた様子の、それでいてすごく嬉しそうなミリュウの声が改めて耳に聞こえてきた。


「え? ぼ、僕の声が聞こえたの?」

『うん! ダーリンの声聞こえるの、すごいすごい!』


 僕が呟く度に、嬉しそうなミリュウの声が聞こえてくる。


 そのことを不思議に思っていた僕なんだけど、その時僕の身にさらに不思議なことが起きていることに気が付いたんです。


 遠く離れた場所にいるミリュウとの会話が成り立っている間、首にぶら下げているネックレスが光り輝いていたんです。


 それは、お守りとしてピリからもらった魔石のネックレスでした。

 その、魔石部分が光り輝いていたんです。


 その輝きは、ミリュウとの会話を辞めると消え、再度会話を行うと再び光りはじめるといった感じです。


 それはまるで、僕が超聴覚を使用し、同時に遠くの人との会話を行う際の補助をしてくれているように見えなくもありません。


 ……これは、あくまでも仮説なんだけど……


 ひょっとしたら、僕のこの超聴覚と、遠方の人と会話出来る能力って、スキルとかそういったものではなくて、魔法なのではないでしょうか?

 その魔法なんだけど……僕の体内に魔力が少ないせいで、普段は短時間しか使用出来なかったんじゃないかなと思ったわけです。

 魔力がたっぷりこもっている魔石のネックレスをピリからもらって身につけているもんだから、僕はその魔石の魔力を使用して、この魔法を使用出来ているのかもしれない……


 あくまでも、これは推測なのですが……とにもかくにも、この能力というか、魔法のおかげでミリュウがすごく嬉しそうにしてくれていたので、とにかくよかったと思うことにしようと思います。


* * *


 その夜。


 保存食での夕飯を済ませた僕とシャルロッタ。


「ではクマ殿、申し訳ないのじゃが妾は休ませてもらうぞ」


 シャルロッタはそう言うと荷馬車の中へと入っていきました。


 出来ることなら、星空でも眺めながらお話をしたいな、と、思ったりもしていたものの、仕事で街へと向かっている最中なわけだし、ここは我慢するしかないと自分に言い聞かせて、


「うん、お休みシャルロッタ」


 笑顔でシャルロッタを見送りました。


 魔獣除けのために、たき火を絶やさないようにするのも寝ずの番の大事な仕事です……もっとも、これはシャルロッタの受け売りなんですけどね。


 元の世界でキャンプなんかしたこともない僕ですから、そんな知識があるはずがありません。


 僕は、夕方の間に集めておいた薪を火にいれながら耳に神経を集中していきました。


 幸いなことに、荷馬車の近くには魔獣の類いはいないようでして、獣の声が聞こえてくることはありませんでした。


「……この魔法って、どれぐらいの範囲まで効果があるんだろう?」


 そう思った僕は、さらに神経を集中していきました。

 同時にネックレスの魔石が輝きを増していきます。

 ほどなくして、僕の耳に何やら会話のようなものが聞こえてきた。


 ん?


 首をかしげる僕。

 そんな僕の耳に聞こえてきたのは、複数の人達のひそひそとした会話のようでした。


……お前達、声をあげるんじゃないよ

……へい、姉御

……いいかい? この夜陰に紛れて、今夜こそリットの街に侵入するんだよ

……しかし、さすが姉御ですね、昼間わざと負けて敗走しておいて、もう懲りただろうと思わせておいて

……こうして夜襲をしかけるなんて、策士ですねぇ

……会ったり前だろ、あたしゃね頭の出来が違うんだよ、この街の暴れん坊領主とはね

 

 その声の主達は、そんな会話を交わしながら、森の中を進んでいるようだ。

 

(ひょっとして、これって……僕達が討伐に向かっている山賊達?)

 その声を聞きながら、僕はそんなことを考えていました。


 もしそうだとしたら……今、リットの街は、山賊達の作戦にひっかかって警備を手薄にしている可能性が高い……となると、このままでは、リットの街が危ないってことになります。


 ……だからといって、僕達は村を出発してまだ1日目です。


 リットの街へは、あと2日の行程が残っています。

 ここから僕が全力で走ったとしても、いつ到着するか予想出来ないし、もし僕がリットの村に駆けつけたとして、その間にシャルロッタが襲われるような事があったら元も子もありませんし……


 そんな事を考えていた僕は、ここであることを思いついた。


 一度大きく息を吸い込んだ僕は、

「お前達は完全に包囲されている!」

 そう大声をあげた。


 すると


『な、なんだぁ!?』

『ま、まさかバレたのかい!?』


 耳に聞こえてきている山賊達の声が慌てた様子に変わりました。


 どうやら昼間ミリュウと話が出来たように、今、僕の声が山賊達の元へ届いたよう

です。

 そのことを確信した僕は、再度息を吸い込んでいきました。


「すぐにこの場を立ち去れ!さもなくば皆殺しにするぞ!」

『こ、声はどっからだい!?』

『姉御、まっくらでさっぱりわかりませんぜ』

『と、とにかく今日のところは逃げたほうが……』

『くそう……いたしかたないわね、覚えてなさい!』


 その声を最後に、山賊達が後退していくのがわかった。


 あまりにも慌てて後退したためか、山賊達は森のなかでぶつかりあいながら懸命に後退していたようなんだけど、やがて

『あ~~~~れ~~~~~』

 どこかに落下していくような声を最後に、その後まったく聞こえなくなった。


「ど、どうやら……うまくいったみたいだ」


 思わず安堵のため息をもらす僕。


 すると、荷馬車の中からシャルロッタが顔を出した。


「……クマ殿……今、何か言ったかの?」


 僕が大声をあげたせいで、荷馬車の中のシャルロッタが起きてしまったようだ。

 寝ぼけ眼をこすっているシャルロッタ。

 そんなシャルロッタに、僕は


「ううん、なんでもないんだ。ごめんね、起こしちゃって」


 笑顔でそう答えました。

 するとシャルロッタは、


「そうか……ならよいのじゃ」


 そう言うと、あくびをしながら荷馬車の中へと戻って行きました。


 シャルロッタが荷馬車の中へ戻ったのを確認した僕は、改めてたき火の前に腰を下ろしていきました。


 ……こうやって少しずつでもシャルロッタの役にたっていけたらな

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