39.プレゼントは気持ちが大事③

 プレゼントを選んでから数日後の昼休み、俺は教室の自分の席にいた。そしてこの数日間、選んだプレゼントを渡せずにいた。


「……凛君? 私の話聞いてますか?」

「えっ? ああ、聞いてる聞いてる」

「じゃあ私が何の話をしていたか分かりますよね?」

「それはあれだ」

「どれですか?」

「えーと……」


 俺が答えられないのを見るや否や四葉はため息を吐く。それから彼女は『今度はしっかり聞いて下さいね』と念押しした後、コホンと小さく咳払いをする。


「その、ずっと謝れなかったのですがこの前は突然取り乱してすみません。少し思うところがあってそれで凛君に八つ当たりしちゃいました」

「いや、あれは俺も悪かったっていうか無神経だったかもしれないからお互い様だ」


 続けて頭を下げようとする四葉を俺は慌てて制止する。そう、あれは彼女の気持ちを汲み取れなかった結果が招いた俺の失態だ。


「それでその、お詫びというかだな。趣味に合うかどうか分からんがこれ」


 ここであれを渡さなかったら次に渡す機会は早々ないかもしれない。そんな思いから俺はここぞとばかりに今の今までバッグの中に忍ばせていたラッピング済みのプレゼントを机の上に出す。


「何ですか? これ」

「……まぁお詫びの品というか、プレゼントだ。受け取ってくれ」


 これはあれだ、選んでいるときも薄々気づいてはいたが実際渡すとなると相当恥ずかしい。それになんだよ、受け取ってくれって。格好つけすぎだろ。ああ、死にたくなってきた。


「これを私にくれるんですか?」

「ああ」

「今開けても良いですか?」

「あんまり期待するなよ」


 俺がそう言って視線を逸らしたタイミングで四葉の方からラッピングを外す音が聞こえ始める。その音は二十秒ほどで止み、俺が再び彼女の方へと視線を向けると彼女は俺が選んだプレゼントを持って俯いていた。


「もしかしてそのプレゼント、四葉の趣味じゃなかったか?」


 プレゼントが気に入らなかったのかと不安になって四葉に問いかけるが、彼女は首を横に振る。


「いいえ、違うんです」


 若干涙ぐんでいるように見える彼女にどうやら気を使わせてしまったようだと反省していると彼女は続けて言った。


「……違うんです。私、凛君からプレゼントを貰ったことが嬉しくて」

「そうなのか?」

「はい」


 元気よく返事をした四葉は笑みを浮かべながら顔を上げた。目元は赤く、頬には涙が伝っているがこれが少し前に見た涙と違うことは流石に俺でも分かる。


「泣くのは我慢したかったんですけど、やっぱり駄目でした」


 こうストレートに嬉しさをぶつけられると俺の方も顔がニヤけそうになるのを抑えるのが必死だった。


「一応それ俺も持ってるんだ。えーとあれだ、ペアマグカップっていうのか。そこのところイラストがあるだろ? 俺のと合わせると一つの絵になる」

「……凛君」


 少し気持ち悪がられたかと思ったのも束の間、四葉はいきなり椅子から立ち上がる。それから彼女は手を合わせた。


「顔を埋めさせて下さい!」


 この子教室で一体何を言ってるの?

 周りを見ればいつの間にか俺達に注目が集まっていた。まぁ普通に考えてそうなるだろう、いくら四葉の行動に慣れたクラスメイト達も彼女が大声でいきなりそんなことを言えば誰だって気になってしまう。


「ちょ、ちょっと落ち着け。大きく深呼吸だ。吸って、吐いて……」


 四葉にしばらく深呼吸を続けさせる。少しは落ち着いたかと深呼吸を止めさせるが、彼女の目は変わっていなかった。


「それでいつ埋めさせてくれるんですか?」


 こうなってはもう駄目だ。そう思った俺は羞恥心を捨てることにした。だがまぁプレゼントは喜んでくれたようなので良かったとしよう。


◆◆◆


 放課後、俺は久しぶりに教室で孝太と雑談していた。


「それにしても昼休みはいつも以上にすごかったな」

「あまり思い出させないでくれ、親友」

「そんな嫌だったか? 俺から見たらただ羨ましいだけだったけどな」

「いや羨ましいとかそういう以前に恥ずかしいだろ」


 そう恥ずかしい。別に四葉に顔を埋められるのが嫌なわけではないのだが、なんというか人目が気になるのだ。


「そういうもんか」

「そういうもんだ。俺には公然の場でイチャイチャするカップルとか意味わからん」

「まぁ今はその意味わからんカップルにお前達も含まれてるけどな」

「お前達って?」


 質問すると孝太にスッと指先を向けられる。いや俺と四葉はそこまでじゃないだろ。一応まだ四葉に顔を埋められるのと彼女を膝の上に乗せたことくらいしか俺はした、されたことはない。あれ、これはアウトなのか。


「とにかく俺は羨ましい。何故凛には彼女が出来て、俺には出来ないんだ。不公平だろ」

「知らん、あと暑いからくっついてくんな」

「つれないこと言うなよ。俺達、親友だろ?」

「親友でもくっついてくんな」


 だる絡みしてくる孝太を剥がしつつ、ため息を吐く。こうなった彼は本当に面倒くさい。


「そうかよ、彼女は良いのに俺は駄目なのかよ」

「いや流石に男同士は受け付けてない」

「俺達親友だよな?」


 俺が完全に拒否すると孝太は突然笑みを浮かべてくる。以前孝太に俺が男もイケるなんていう噂を流されたことがあったが、もしかしてそれで彼はそっち側に目覚めたのだろうか。


「なんだよその笑顔。もしかしてそっちに目覚めたのか?」

「もしかしたらな」

「……今日は帰るわ、今までありがとう」

「あからさまに引きすぎだろ。冗談だ、冗談」


 立ち上がったところで孝太に引き留められ、席に座らせられる。


「話を元に戻すと、文化祭が彼女を作る良いチャンスだと思うんだ」

「はぁ……」

「そこでお願いがあるんだが、文化祭で俺が彼女作るのを……」

「すまん、無理だ」

「まだ最後まで言ってないぞ」

「どうせ彼女を作るのに協力して欲しいとかだろ?」

「そうだけど」

「だったら無理だ、すまん」

「彼女と一緒に回る約束でもしてるのか?」


 四葉と約束しているかどうかで言えば、約束はしていない。ただ、もしかしたら一緒に回る約束をするかもしれない。俺は文化祭が終わるまで彼女を優先すると、そう決めた。だからこれだけは絶対に譲れない。


「もしかしたら約束するかもしれないからな」

「……そうかい、分かったよ」


 お詫びに後で飲み物でも奢るとしよう。残念そうにため息を吐く孝太に俺は心の中で謝った。

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