33.文化祭の季節

 文化祭、それは恐らくどこの高校でも盛り上がりを見せるイベントの一つであろう。世の中の高校生達は盛り上がるために準備から気合いを入れて行う。

 もちろんそれは俺達の高校でも同様だった。


「……というわけで文化祭でのクラスの出し物を決めようと思いますが何か良い案はありますか?」


 このクラスの文化祭実行委員──柏木かしわぎゆうが中心となり、クラスの出し物を決めるためクラスメイトに発言を促す。てっきり誰も意見を出さないと思っていたのだが文化祭の効果だろうか、ことのほか多くの手が上がっていた。


「はい! ありがちだけどメイド喫茶とかが良いと思います」

「……メイド喫茶っと。あと他に案がある人は?」

「それだったらお化け屋敷もやりたいな」

「いや、ここはクラスの団結が試される劇しかないだろ!」

「いいや、それだったら絶対にお化け屋敷以外あり得ない。準備の段階からクラスの団結力が試されるだろ」

「それは劇だって同じだ!」

「静粛に! ここは文化祭の出し物を決める場です。喧嘩は他所でやってください」


 ヒートアップしたクラスメイトに一喝入れる柏木はそれから全体を見渡す。他に手を上げている人を探しているのだろう。だが先ほどのヒートアップしたクラスメイト達のせいか、それとも大声を出した柏木のせいか分からないが教室は怖いくらい静まり返っていた。


「こんなところでしょうか。あまり時間がないのでここで多数決を取ります。他に案がある人は今のうちに挙手をお願いします」


 柏木は再びクラスを見渡した後、多数決を取ろうとする。だがこのタイミングで俺の左斜め前の席からすっと手が上がった。


「はい。私は文化祭の出し物でミス&ミスターコンテストがやりたいです」


 というか手を上げたのは四葉だった。確かにこの学校にそれらしきコンテストはないので注目はされるだろう。だが果たして上手くいくのだろうか。そんな俺の心配を他所にクラスメイト達のテンションは最高潮近くまで上がっていく。


「お、それ面白そうだな」

「確かにやったら盛り上がりそうよね」

「俺は絶対祝さんに入れるぜ!」


 クラス内のボルテージが上がった中で柏木は再び多数決を取り始める。


「ではここでもう一度多数決を取りたいと思います。一人一つやりたい出し物に手を上げて下さい」


 この空気の中で多数決を取れば、結果はもはや決まっているようなものだった。

 候補にあった『ミス&ミスターコンテスト』が読み上げられた途端に多くの者が手を上げる。これはもう数えるまでもないだろう。柏木も最初数えていたようだが、途中から数えるのを止めていた。結果は俺の想像通りだったようだ。


「多数決を取った結果、ミス&ミスターコンテストに決まりましたが以上で決定してよろしいですか?」


 柏木の最終確認にも異論を唱えるものは現れず、こうして俺達のクラスの出し物は『ミス&ミスターコンテスト』に決定した。それにしても四葉は何を思ってこんなことを提案したのか。彼女の実際を知る俺としては何か裏があるような気がしてならなかった。



 そうしたことを考えながら迎えた昼休み、屋上まで行くのが面倒で久しぶりに教室で昼食を取ることにした俺は彼女に例の案を出した真意を聞き出そうとしていた。


「……私がどうしてミス&ミスターコンテストを開きたかったかですか? そんなの決まってるじゃないですか」


 急に下を向いたと思ったら四葉は今まで見たことがないほど緩んだ表情になる。そんな彼女の表情は何か良からぬことを考えている時に見るものだった。端的に言うと嫌な予感がした。


「どういうことだ?」


 疑問というよりかはほとんど恐怖を感じながら四葉に問いかけると、彼女はそれから少々恥ずかしそうに言葉を口にする。


「だって私がミスコンに出て、もし優勝することが出来たら凛君がその……私の魅力に気づくかもしれないじゃないですか」


 初めは自分で言うかと思ったが、顔を赤らめて恥ずかしそうに下を向く四葉を見ていると段々そんな彼女もありなんじゃないかと思い始めていた。

 とにかく彼女が何か良からぬことを考えているわけではないようだ。


「でもあれだ、それだったらミスコンだけでいいだろ? なんでミスターコンまでやるんだよ」


 俺の素朴な疑問で途端に四葉の表情はパッと明るくなる。今にも『よくぞ聞いてくれました』という言葉を発しそうな勢いだった。


「それはもちろん凛君にぜひ優勝してもらいたいからです。なので凛君にはミスターコンに出て欲しいんですが……駄目ですか?」


 四葉にうるうると今にも涙が溢れそうな目をされれば断るに断れなかった。狙ってやっているのだろうか、そうだとしたら彼女は相当な策士である。


「でもちょっと待ってくれ。俺が出ても優勝とかは無理だと思うぞ、普通に」


 そう、出るのは良いとして優勝するかまでは約束出来ない。寧ろ優勝する可能性の方が低いだろう。


「もしそうだとしても大丈夫です。凛君が出ることに意味がありますので」

「出ることに意味がある?」

「そうです。出ることに意味があります」


 具体的にどういうことなのか聞こうとする前に四葉は若干鼻息を荒くしながら俺の求めていた答えを口にする。


「それでコンテストの衣装ですが、ぜひ私に任せて下さい! とっておきのを用意しておきます!」

「あ、ああ分かった」


 つまりはそういうこと、四葉が俺をミスターコンに出させようとしてくるのはコンテストで俺が着る衣装を決めたいからなのだろう。彼女が一体俺にどんな格好をさせる気なのか気になるところだが、聞いたところで教えてくれそうにないので一旦は置いておくしかない。だがせめて無難なもので頼むと四葉に任せた時点で叶いそうにない夢を俺はただ願っていた。

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