14.彼女と先輩の板挟み

 図書室からの帰り道、ふとした拍子にため息を吐いてしまう。月城先輩にはお願いを断るために会いに行ったのだが、結果を見るとどうしてこうなってしまったんだと思わざるを得なかった。


 彼女は言った、男性恐怖症を克服しなければ後悔すると。そんなことを聞いてしまったからか俺は結局彼女のお願いを断ることが出来なかった。


 さて、そうなると問題になるのが四葉、一体彼女にどう説明すれば良いのか。彼女に伝える前に一度彼に聞いた方が良いだろう。


 というわけで孝太に聞けば、彼はなるほどなと一度頷く。


「……つまり彼女の頼みとその先輩の頼み、どちらかを選ばなければいけない状況でどうすれば良いのか俺に聞きたいと」

「ああ。頼む孝太、今はお前だけが頼りなんだ」

「分かったからそんなに急かすなよ。それで早速この相談に対する俺の答えだけど、俺だったら一度話し合わせるよ」

「話し合わせるって二人をか?」

「それ以外に誰がいるんだよ」


 孝太はそれしかないと断言するが、あの二人はどうも馬が合わないのだ。というより四葉が一方的に嫌っていると言えば良いのだろうか。だから二人が話し合っても無駄な気がした。


「そうは言ってもな」

「そんなに難しいか?」

「まぁ四葉がその先輩をすごい嫌っててな。別に二人の間に何もなかったと思うんだが」


 その言葉に孝太は先程までの難しい表情から一転、分かってないなというような表情を浮かべる。まるでそれが俺を責めているようで咄嗟に『なんだよ』と口を動かせば、彼は続けてため息を吐いた。


「お前それ本当に言ってるのか? 普通に考えれば分かるだろ」

「普通に考えて分からないからお前に聞いてる」


 孝太は既に諦めたような表情になっていた。


「……多分その先輩っていうのは女の人だろ?」

「ああ、そうだけど」

「つまりそういうことだよ、嫉妬だ。多分祝さんは他の女の人とお前が話してるのが気に入らなかったんだろ」

「それはないと思うんだが……多分」


 そう、元々は『それはない』と断言出来るはずだった。俺と四葉はただの協力関係でそこに恋愛感情はないはず。だがここ数日間くらいはよく分からなくなっていた。彼女の考えが読めないというか、意図が分からないというか、そういう行動をすることが増えたのだ。それが恋愛感情から来るものなのかが分からない、だから現状は嫉妬ではないと自信を持って言うことが出来なかった。


「多分ってことは絶対じゃないんだろ? だったら十分あり得る」

「まぁそうだな」

「よし、ここからが本題だ。二人を話し合わせる方法、知りたいだろ?」


 『ああ』と返事をすると孝太は至って自然に、平然と、当たり前のことを言うように口を開いた。


「方法はシンプルだ。凛、お前が話し合う場をセッティングすれば良いんだよ」

「そんな簡単なことみたいに言われてもな」

「事実、簡単なことだろ。お前がちょっと勇気を出せばな」


 話し合う場をセッティングするには少々勇気を出す必要がある。それは今のことを四葉に話すという勇気。きっと彼女の機嫌は悪くなるだろう。いや、なるに違いない。しかしそうしなければ四葉の機嫌がそれ以上に大変なことになるのは目に見えているのだ。


「分かった、そうする。でももし俺がピンチのときは助けてくれよ?」


 もしものときの保険として協力を依頼したのだが、孝太はそれに対して何一つ表情を変えずに返事をする。


「それは色々面倒そうだからパスで」

「おい」


 思いの外、冷たい親友の言葉にショックを受けつつも、俺は四葉と月城先輩の二人を話し合わせることに決めた。


◆◆◆


 放課後になって教室に残っていた四葉に声を掛けに行くと、彼女は何やら嬉しそうな顔をしていた。まるでこれから楽しいことでもあるかのような表情にチャンスだと思ったのも一瞬、すぐに目的を伝えるため彼女に声を掛ける。


「ちょっといいか、四葉」

「はい、なんですか?」


 声を掛けた目的は当然四葉と月城先輩の話し合いの場をセッティングするため。ちなみに先輩の方はついさっき連絡を取って話し合いに参加してくれることになったので、残るは四葉だけだった。


「ちょっと先輩のことで話したいことがあってな」

「先輩って、もしかして月城先輩のことですか? お願いはちゃんと断ったんですよね?」


 先程まで嬉しそうだった四葉の表情は一瞬にしてむすっとした表情に変わっていた。やはり月城先輩のことで何か思うところがあるらしい。


「それは色々あって……」

「駄目だったんですか?」

「結果的には」

「脱ぎます」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 勢い良くブラウスのボタンを外し始める四葉に慌てて待ったをかける。まさか本当に服を脱ぎ出すとは、大人しそうな見た目に似合わず飛んでもない実行力である。……って今はそんなことどうでもいい。


「何ですか、言い訳ですか?」

「まぁ言い訳というか提案というか」

「提案?」

「そう提案、先輩と一度話し合ってみないか」


 こんな状態の四葉に提案など絶対に受け入れられないとそう思っていたのだが、彼女は意外な反応を見せた。


「分かりました。話し合いをしてもいいですよ」

「本当か?」

「こんなことで嘘なんてつきません」


 そう断言する四葉はそれから腕捲りをする。


「何してるんだ?」

「気にしないで下さい。ただ暑いだけです」

「でもこのタイミングって……」

「ただ暑いだけです」


 なんとなく面倒事の予感がして、『程々にな』と一言呟けば四葉はニッコリとした笑みを返してくる。いつもなら彼女の笑みは安心できるのだが、この時に限っては何故だが恐怖を感じてしまっていた。

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