8.友人との戯れ

「それでこれは一体どういうことなんだ、凛君」


 朝のホームルーム後、俺の席には孝太が来ていて、俺の携帯を覗き込んでいた。


「おい見るな、孝太。あとその呼び方は止めろ」


 友人である孝太から携帯を離してスリープすると彼はへいへいと返事をしながら俺の前に移動する。


「そんなこと言うなよ昔からの友達だろ、凛君」

「だからその呼び方は止めてくれ」

「そう呼んでいいのは彼女さんだけってか? それにしてもよくもあんなに化けたもんだな」


 その言葉に孝太の視線の先を見てみれば多くのクラスメイト──主に男子に囲まれる四葉がいた。既に朝のホームルームが終わってから十分、もうすぐ一時限目の授業が始まろうとしているにも関わらず、どうやらまだ質問攻めが続いているようだった。


「確かに見た目は少し変わったけどそれだけだろ」

「お、彼氏の言うことはやっぱり違うな。あーこうなるんだったら俺も早く祝さんと仲良くなるんだった」


 失敗したと嘆く孝太を横目に再び携帯の画面を見るとそこには何件ものメッセージが表示されていた。そのメッセージはどれも四葉からで全て助けを求めるような内容だった。


「孝太、悪いちょっと行ってくるわ。最初移動教室だけど先に行っててくれ」

「へいへい、凛は俺よりも彼女を取るんだな」


 少々面倒臭い絡みをする孝太を放置して四葉がいる席へと向かう。もちろんそれは彼女を救助するために。


「あのーちょっといいか?」

「げっ、二階堂!? いや俺はただ祝さんに挨拶してただけだから。じゃあ」


 四葉を囲む男子の一人に声をかけると、その男子は途端に慌ててその場から離れる。一体どうしたんだと思ったのも束の間、いつの間にか四葉の席の周りには俺以外誰もいなくなっていた。


「凛君、助かりました。このまま囲まれてたら私確実に死んでいましたよ」

「それはなんとなくメッセージの内容見てたら分かる」

「だったらどうしてすぐに来てくれなかったんですか?」


 酷いですと俺を見る四葉に俺はただ苦笑いすることしか出来ない。実際孝太とのやり取りが長引いたことが原因なのだが、それを言っても彼女が納得する言い訳にはならないだろう。


「俺にも色々あるんだ。それに少しは人慣れてもらわないとな。四葉はこれから注目されるだろうし」

「なんですか、その新人タレントのプロデューサーみたいな言葉は。でも凛君が言うならそうなるんでしょうね、少し気が重いですが」


 なんとなく四葉に俺という人間が過大評価されている気がしなくもないが、別にそれで問題があるわけではないし、なにより訂正するのが面倒だった。


「とりあえず移動教室だから早く行くぞ」

「分かりました。準備するので少し待っていて下さい」


 そういえば先程話しかけたクラスメイトの男子の反応はどういうことだったのだろうか。避けられていたので確実に何かあるはずなのだが、その辺は知っていそうな人に聞いた方が良いのだろう。



 というわけで授業終わりに孝太に聞いてみたら彼は何かを知っているような反応を見せた。


「ああ、そのことか」

「何か知ってるのか?」

「まぁちょっとフォローするのをミスったというか、あらぬ誤解を与えたというか」

「つまるところなにが言いたい」

「大声で彼女がいる宣言したときあっただろ? 流石に俺も悪いことしたと思って凛をフォローしようとしたらなんやかんや拗れて凛が男もイケるみたいな感じになった」

「どう言ったらそんなことになるんだよ」


 内心では何してくれてんじゃいとは思ったものの、ここは学校それも自分のクラスということもあって実際に孝太に対して制裁を加えることはしなかった。そんなことをすれば注目されて目立つ。そこまでのリスクを負って怒る気分にはなれなかった。それに行動に移すまで怒っているわけではなかったのも理由の一つだ。


「悪いとは思ってるが俺も頑張ったんだ」

「そうか、お前が頑張ったのは分かった」

「許してくれるのか?」

「まぁな、少なからず今俺と話してる孝太にも被害があるってことだろ? それだけが俺の救いだ」

「凛、お前本当に良い性格してるよな。それで聞かせてくれよ、祝さんとはどうなんだ? 上手くいってるのか?」


 突然なんだよとは思ったものの別に俺と四葉は答えられない仲ではないので誤解されないためにも適当に『ぼちぼち普通にやってる』と返事をする。


「ぼちぼちか、でも気をつけた方が良いぞ。しっかり捕まえておかないと他の男のところに行っちゃうかもしれないからな」

「不吉なこと言うなよ」


 口ではそう言ったものの内心ではそうなった方がいいと思っていた。別に俺と四葉は正式に付き合っているわけではない。全ては成り行きだけで決まったことで、もし彼女にそういう相手が出来たのならその相手といる方が彼女としても幸せだと思ったのだ。


「まぁまだ気にしなくてもいいと思うけどな、ほら」


 孝太の視線の先を見ればそこには四葉が、それもこれまた助けて欲しそうな目で俺を見ていた。今度はなんなのかと携帯を見れば『緊急事態です』という一言だけ。これは実際に行って聞いてみないと分からなそうだった。


「そうみたいだな。じゃあまた後でな、愛してる孝太」

「凛、お前がいくら人間関係に無関心だからって流石に吹っ切れ過ぎじゃないか?」

「そうか? じゃあ愛しのダーリンくらいにしておくか」

「寧ろ悪化してるわ! なぁやっぱり怒ってるのか?」


 孝太の問いかけには返事をしなかった。そのまま手を振って彼のもとから離れる。その後は彼の慌てた声が聞こえていたが気にせず四葉のもとへと向かった。

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