4.不幸体質

「本当にごめん!」


 放課後、人目のつかない学校の体育館裏で祝四葉に手を合わせて謝る。いくら何もかもがどうでもよくなっていたとはいえ、他人を巻き込んだことは決して許されることでないだろう。


「いえその、私も話をややこしくした内の一人ですし、そんなに謝らないで下さい。私の方が逆に申し訳なくなります」


 パタパタと自らの胸の前で両手を振る彼女は『これ以上謝られたら申し訳なくて死にそうです』とでも言っているようで、こちらとしては頭を上げるしかなかった。こうして自然とお互いを見つめ合う構図が出来上がったわけだが、どうにも間に気まずい空気が流れているような、そんな気がした。


「えーとなんだ。今回の件だがどうする? 俺達付き合ってるってことになったんだが……」


 気まずさのあまり本題について彼女に質問すれば、彼女は少し頬を赤くして下を向く。


「……そ、その色々落ち着くまではこのままで良いと思いますがどうでしょう?」

「それってこのまま付き合ってることするということでしょうか?」

「……そういうことです?」


 疑問に疑問で返す不思議なやり取りが段々とおかしく思えて、気づけば軽く笑っていた。それに釣られてか彼女の方もクスッと笑う。


「まぁなんか色々あったけどこれからよろしくってことでいいよな。そういえば名前をまだ言ってなかったけど、俺は二階堂凛」

「はい、よろしくお願いします。私はほうり四葉よつばと言います。私のことは四葉と呼んでください。多分そっちの方がそ、そのカップルっぽいです!」

「……じゃ、じゃあ俺のことも凛でいいから、四葉」

「は、はい分かりました。り、凛君!」


 付き合い初めてから自己紹介とは少しぎこちない気もするがこうして正式に祝四葉──四葉と付き合うことになった。


 それから校内に戻っての一言目。


「ところで四葉、ずっと疑問に思ってたんだけど毎日なんで制服じゃないんだ? 今日は見てたから分かるとして流石に毎回こんなことがあるわけじゃないだろ?」


 落ち着くまでとはいえ付き合い始めた勢いで四葉にずっと気になってことを聞いたのだが、それに対して彼女は首を横に振った。一体どういうことなんだと彼女に話の続きを促すと、彼女は少し恥ずかしそうに話し始める。


「そのお恥ずかしい話なんですが、実を言うと今日みたいなことはいつものことなんです。昔からそういう体質で、制服も月曜日から金曜日までの五着分はしっかりと用意してるんですがこの有り様で」

「つまり色々不幸なことに巻き込まれる体質だと」

「……そういうことになりますね。本当に嫌になりますけど」


 素直に驚いた、まさか本当に色々不幸なことに巻き込まれる体質──不幸体質である人が存在したとは。普段ならもっと疑うところだが、四葉に関して言えば最早疑いようはないだろう。不幸を呼び寄せてしまう、それがどういう感覚なのかは分からないが、一つ確実に言えるのはそんなの自分だったら耐えられないということ。だからだろうか、彼女の体質を知って見ぬ振りするなんてことは出来なかった。


「だったらその体質を治さないか? 俺もそれに協力する」

「治すですか? 確かに今までそんなの考えたことなかったですけど、そんなことが出来るんですか?」

「それは正直分からない。でもやってみる価値はあると思ってる」

「やってみる価値ですか」

「ああ、もしその体質が治せれば普通に暮らせるだろ?」

「普通に暮らす……」


 四葉は傍から見ても分かるほど『普通』という言葉に反応していた。それは多分今まで普通に生きていけなかったから。ただ『普通』に生きたいという他人にとって当たり前のことが彼女にとっては特別なことだったのだろう。


「あの凛君……」


 先程とは違う空気にやや真剣な顔で四葉の方を見る。随分と考えたのだろう、それから彼女はまるでプロポーズでもするかのような勢いで深呼吸をするとまっすぐこちらに目を向けた。


「例え結果的に駄目だったとしても私は凛君にかけてみようと思います。なので凛君、どうかよろしくお願いします」


 四葉から感じられるのは必死さと緊張感。つまりはそういうことなのだろう。彼女は昔からこの体質で苦しんだと聞いた。彼女にとってこの不幸体質というのはいわば因縁の敵でそれを治すということはその因縁の敵を倒すということに等しいのだ。


 果たして俺に彼女の因縁の敵を倒す手助けが出来るだろうか? どこからともなくそんな心配事が浮かんでくるが、それでは駄目だと自らを鼓舞する。せめて俺だけは彼女にとって頼りになる存在にならなければ駄目なのだ。そうしなければ彼女は頼る先を失ってしまう。だから俺は彼女の言葉に対してこう答えることしか出来なかった。


「おう、俺に任せておけ!」


 果たしてこれから一体どうなってしまうのかとなんとなく先が見えないことに不安になるが四葉にああ言った手前、それを言葉にすることはない。俺はただ決まったことをやるのみである。


「じゃあ手始めにそうだな。その前髪を切らないか?」

「……前髪ですか」


 物事を始めるときにはまず形からということで言ったのだが、四葉はあきらかに戸惑っていた。


「嫌か?」

「いえそういうわけではないのですが、今までこの長さだったので切るのが少し不安で」


 自分の前髪を押さえながらそう言う四葉は若干尻込みしていた。確かに今までの自分を変えるのは勇気がいる。しかしだからと言ってずっと変わらないままなのはただ逃げているだけなのだ。それに……。


「大丈夫だ、四葉は多分前髪を切った方が似合うと思う。いや、切った方が似合う! 俺が保証する」

「本当ですか?」


 四葉にとっても前髪で顔を隠すよりは切った方が確実に良いと思った。今日の朝、彼女の髪と髪の隙間からチラッと見えた顔を見る限り彼女はかなり整った顔立ちをしていた。『病は気から』という言葉もあるように『不幸体質も気から』なのだ。髪を切ったことで彼女に自信がつけば自然と不幸体質も改善される。そういう考えだった。


「凛君がそんなに言うんだったら私、やってみようと思います」


 ただまぁ実を言うと彼女の素顔が見てみたいというのも少しはあった。

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