彼女取られたらアームシールド的なアイテムをもらったんだが

 その湖は、僕が在籍する全寮制の魔法学校に近い森の中にあった。週末は休日なので、僕はいつもそこで静かな時間を作っていた。授業や魔法の練習でうまくいかないことがたくさんあっても、ここにいたら何だか気分が落ち着くからだった。

 でも正直、この日はどんなに湖を眺めていても、落ち着けなかった。次の日は魔法学校で舞踏会がある。正直、みじめな形で舞踏会を迎える可能性が大きく、僕はその現実から目を背けていた。

 突如湖の中から、まるで魂が天に昇るようなノリで、妖精らしき生き物が現れた。

「またローレンス?どうしたの?」

 妖精の名はエミリア。この森の安穏を守っているのだが、時折ここを訪れた学校の生徒たちに、今後のウィザードライフにちょっぴり役立つ知恵を授けてくれる噂で評判だ。

「助けてくれないか」

「何かいつになく思いつめた顔ね」

「ハーマンにメリエルを取られたんだ」

「えっ?」

 エミリアは僕からの告白に衝撃を受けた。そりゃそうだ、僕だって、メリエルと一緒に教室に行こうと彼女の部屋へ迎えに行ったら、ハーマンとイチャイチャしてたんだから。

「それでどうしたの? メリエルに怒った? ハーマンとバトルした?」

「この近くでハーマンを呼び出して戦ったけど、ボコボコにされた」

 僕は忌まわしい記憶に押しつぶされそうな気持ちで、うつむいた。

「うわあ、すごいダメージね」

 エミリアが僕の右腕を見つめながら言った。あのときハーマンが必殺の魔法攻撃を出したとき、僕は怖くなってとっさに腕を顔の前に突き出して受けた結果、ローブの右腕部分がボロボロになってしまったんだ。それだけじゃなくて、ローブの前面がところどころチリチリに傷んでいる。現在の僕の境遇を示しているみたいだ。

「こんなんじゃ、舞踏会に行けないよ。最初は楽しみにしていたのに、今ではハーマンにやられたまんま、舞踏会の次の日ぐらいまで記憶がないままでいた方がよかったのかな」

 僕は辛さのあまり、本音をこぼしてしまった。


「ねえ、今でもメリエルが好きなの?」

 エミリアが素朴な質問を口にした。

「好きだよ。好きすぎて忘れられない。だって、彼女は僕にいろんなところで優しくしてくれたし、そのたびに僕の心が熱くなるのを感じた。心にこもった熱が、『メリエルと踊れ』『メリエルと付き合え』『メリエルとキスしろ』って語りかけてくるんだよ。今でも僕の心のなかには、メリエルの姿がはっきりと残っている」

「そうなの……」

 エミリアが複雑な表情でうつむいた。

「僕、やっぱりメリエルと踊りたい。ハーマンに取られたからって、代わりの女の子を取っ手つけの言葉で口説いて舞踏会のパートナーにしたって、全然楽しくないに決まっている。ひとりぼっちで舞踏会の時間を過ごしたって一緒だよ。どうしたらいいんだよ……」

 僕が草地に座り込んだまま、頭を抱えて、出口の見えない自問自答に苦しんでいたときだった。

「そうね、私からできることって、結構限られてるんだけど」

「何?」

 エミリアの思わせぶりな発言に、僕は顔を上げた。よく見ると彼女の右手が背中に隠れていた。

「ただの気休めかもしれないけど、とりあえずこれはつけておいて」

 エミリアは赤いアームシールドのようなものを僕に見せながら、空中をすべるように近寄ってきた。僕は言われるままに、アームシールド的なアイテムを受け取った。前腕の表側に銀色の十字架があしらわれている。

「アンタ、相手から恐ろしい魔法攻撃を受けるたびに、右腕をかばう癖があるみたいだから。これ以上余計なダメージに苦しまないためにも、しばらくそれはつけておいた方がいいわね。またハーマンに何されるかわからないし、ほかの恐ろしいウィザードに襲われるかもしれないから。とりあえずそれだけは守って」

 エミリアの言葉が今の僕に対するアドバイスなのか、正直ピンと来なかったが、彼女の目が、とにかくアイテムを使えと強く訴えているように見えて仕方がなかった。その眼力に操られるままに、僕は右腕にアームシールド的なアイテムを装着した。するとエミリアの表情が元の穏やかさを取り戻した。

「今私が『頑張って』といっても頑張れないかもしれないけど、とにかく自分の体を大切にすることだけは忘れないでね」

 エミリアの純朴な微笑みが、今となっては意味深に見えた。彼女はそんな僕の考えを知ってか知らずか、何事もなかったかのように体を回転させながら湖の底へ潜っていった。

 右腕のアイテムを見ながら、僕はこれが何の役に立つのかと、物憂げになった。


---


 タキシードに身を包んだ僕は、一人ぼっちで廊下を歩いていた。周囲のそこかしこに、舞踏会に参加する生徒たちが、男女一組となって、会場の大広間が開くときを待っている。僕は何かに取りつかれたかと思うほど、周囲を気にしていた。新たなパートナーを探すことよりも、メリエルの今の姿を追うことに夢中だったのだ。

 廊下から突き当たりにある、大広間前の玄関で、メリエルが一人で開始のときを待っていた。彼女はカールした茶色い髪の毛をポニーテールで束ね、甘美な桃色一色で、スカート部分が足元までふんわりと広がった、華やかなドレスに身を包んでいた。メリエルがこちらを振り向き、僕の存在に気づく。僕に見つかったことで、これから軽い呪いを受けることが確定したかのようにハッとしていた。

 僕は彼女の体に吸い寄せられるように歩み寄った。

「何?」

 メリエルが煩わしそうな顔をした。

「本当に、アイツと行くつもりか?僕じゃダメなのか?」

 僕は感情に流されるままに、メリエルに問いかけた。

「き、決めたのよ。舞踏会はハーマンと行くから」

 メリエルは強がっているように見えた。

「さっさとあっちに行ってよ。アンタの姿がチラチラ見えたら、楽しめる舞踏会も楽しめなくなるんだから」

「それ、本気で言ってるのかよ」

「だって、ハーマンの方が、力も強いし、アンタより一段ルックスも優れているんだもん」

「確かにウィザードとしてのスキルは、ハーマンの方が一枚上手かもな」

「二枚も三枚も上よ」

「最後まで聞いてくれ!メリエルを大切にしたいという想いは、僕の方が上だ。それが一番僕にとって大切なことなんだ。どうしても忘れられないんだよ」

「忘れられない一日にしてやるよ」

 どこからともなくアイツの声が聞こえてきた。周囲がひとつの方向に注目するので、僕もそっちを見た。壮麗なロングジャケットが特徴的なフォーマルルックを、貴公子のようにさらりと着こなしている。

「何でお前ごときがウチの彼女に近づいてんだ?」

 ハーマンが尊大な態度で僕ににじり寄ってきた。僕はその迫力に押され、体がのけぞる。

「メ……メリエルから……離れ」

「お前が離れろ!」

 ハーマンの掌から放たれた銀色の光の弾が、僕の体を問答無用で吹っ飛ばした。なおもハーマンが僕に堂々と歩み寄り、胸倉をつかんで無理やり起き上がらせる。

「メリエルは言ってたぞ。お前みたいなショボショボなガキより、俺みたいな威風堂々としたヤツが好きだって。俺のこの耳でしっかりと聞いたからな。お前みたいな虫けらは、邪魔なんだよ」

 ハーマンはそう言いながら、再び掌を広げ、銀色の光の弾を浮かび上がらせた。至近距離から撃たれる寸前に、僕はヤツの掌を明後日の方向に向け、そこへ弾を飛ばさせた。

 そこにいた二組のカップルが逃げ惑う中、弾は斜め前の壁に当たり、凄まじい衝撃とともに猛烈な煙を出した。煙が晴れると、岩がぶつかったような跡が壁にできてしまった。

「虫けらはこの神聖な魔法学校の壁も平然と壊してしまうわけだ」

「いや、お前が撃とうとしたから!」

 ハーマンは無言で僕に平手打ちを放った。素手での一発も顔の左側全体が腫れそうなほどに痛かった。そんな中、ハーマンは満を持したかのように後ずさりする。僕は何事かと思いながら、フラフラと立ち上がった。

「こんなザコ、相手にすることないかと思ったが、ザコだからこそどうやら舞踏会が始まるまでに排除しておかないとな」

 ハーマンはロングジャケットの懐からマジックロッドを取り出し、それを突き上げたロッドを持った親指をタップすると、先端のコアから恐ろしい勢いで、雷雲のような怪しい色味のエネルギーが膨らみ始めた。

「虫けらは大人しく森の彼方へ消え去るがいい、トータル・ライトニング・イレイザー!」

 ところどころに稲光が走るエネルギーは、ヤツの頭の3倍ぐらいに拡大していた。ハーマンはそいつを、何のためらいもなく僕にぶっ放してきた。

「やめろおおおおおっ!」

 僕はそう叫びながら、衝動的に右腕を突き出した。正直、右腕だけじゃなく、全身が粉々になると思い、その現実を受け止められないとばかりに目をつぶっていた。


 右腕に激しい衝撃が走り、体が少し後ろに流されたと思ったが、それ以外は何も感じない。おそるおそる目を開くと、僕はまだ立っていて、右腕のアームシールドが完全にトータル・ナントカカントカを受け止めていた。

 僕はこのバカデカくて忌まわしい球体を何とかしたい思いのあまり、右腕に左腕を添え、力づくで押し返すのに夢中だった。そのとき、プラズマを帯びて黒々とした球体が、僕の右腕があたっているところから、白っぽく変わっていった。白い煙が黒々としたビジュアルをだんだん浸食していく感じだ。僕も魔法エネルギーがこんな変わり方をするなんて見たことがないので、正直リアクションに困っている。

 それでも球体は、白の部分が雷雲のゾーンをだんだんと塗り替えていき、最後には100%煙のカタマリになった。

 そして煙のカタマリは、僕の腕に押し返されるように、ハーマンのもとへ飛んでいった。


「何……!」


 ハーマンはワケもわからぬ様子のまま、巨大な煙のカタマリに包み込まれてしまった。先ほどのような衝撃音が出るわけもなく、ただただ煙が一人のワルの体を余裕で包み込んでいる。僕もこれが何を意味するのがサッパリ理解できなかった。ただ、ハーマンの足元だけはわずかに煙の下から出ている。この煙って、アームシールドの効果によるカウンターと呼んでいいのか?


 やがで煙の球体が一気に形を崩し、跡形もなく消えていった。確かにハーマンはそこに立っている。しかし、ちょっと前までの威勢の良さは、その姿から感じられなくなっていた。それどころか、ヤツは周囲を見回し、不安をあらわにしているようだった。ハーマンはメリエルの姿に気づくと、彼女の真正面に立った。ヤツの唇は弱弱しく震え、目がうるんでいる。どうしたことか。

「メ、メ、メリエルちゃ~ん!」

 ハーマンはいきなり、5歳児が母に泣きつくような感じで、メリエルに叫んだ。

「あのひとこわいよ~。なに、あのへんなおにいちゃん。へんなおにいちゃんにいじめられた~。たすけて~」

「ど、どうしたの?」

 メリエルは彼に寄り添うどころか、急に態度が変わった様子にドン引きして軽く後ずさりした。

「ちょっと、にげないでよ、ママ~!」

 これでわかった。このアームシールド、相手の魔法をカウンターで返すだけでなく、煙に変えた後で包み込んだヤツをお子ちゃまに変えてしまうらしい。いろんな意味でエミリアはやってくれた。

「な、何よ、気持ち悪い。私はアンタのママじゃないわよ。何ならアンタの方が年上じゃないの」

「そんなこといわないで~」

 ハーマンはヒザをつきながら、両手でメリエルの腰につかみかかる。そしてあろうことか、自分の顔をドレスにうずめることで涙を拭こうとした。

「ちょっと!」

 メリエルがハーマンを突き飛ばす。

「わあああああん、いじわるううううう!どいつもこいつもいじわるううううう!うわあああああん!」

 ハーマンは泣きわめきながら、自分が来た道を戻るように走り去った。何ともいえない空気だけが、あたりに残っていた。


 僕はメリエルと目が合ったので、おそるおそる自分から歩み寄った。

「大丈夫?」

「何か、よくわからないけど、どうやったの?」

 メリエルは何が起きたのか、ハナから終わりまでさっぱりわからない様子だった。

「これだよ」

 僕はアームシールド的なアイテムを見せた。

「それって……呪いのカウンターシールド『IMYC』、『I Make You Curse』の略よ」

「何で知ってるの?」

「図書室で隣の生徒が広げていた本のページをたまたま見ちゃったの。そのページにこのアイテムがあった。このシールドがあれば、カウンターで相手の魔法攻撃を呪いの煙に変えてはね返しちゃうんだって」

「じゃあやっぱりこれって……」

「ハーマンを呪っちゃったわけね。あの煙に包まれたら、みんな呪いで恥ずかしいマネをしちゃうって」

「そうなんだ……」

「でもあれでいいの。私、あなたがここに来てくれたおかげで、本当に大切なことに目覚めたから。やっぱりアンタが一番大切」

「なんでそう思ったの?」

「私のためを思って、ここまで来てくれる人なんてそうそういないでしょう。つまりそれをやるあなたは、私の好きな意思の強い人。本当の強さは魔法スキルにあるんじゃないって、わかったから。だから私は、あなたの思いを素直に受け取るわ、ローレンス・ヴォン・ヘイレン」

 メリエルは僕に優しくハグをした。僕は、神からの救済を受けたみたいな、天に昇る気持ちで嬉しかった。

「それじゃあ、僕のパートナーになってくれるんだ」

「一緒に舞踏会に行きましょう」

 僕はメリエルが手を取ってくれるのを見て、ついに彼女への想いが通じたと確信した。

「ありがとうございます。メリエル・オフィーリア・シュタイン」

「それでは、舞踏会場への入場を始めます」

 二人のスタッフが、観音開きになっている2つのドアノブをそれぞれ取り、晴れ舞台を開いた。僕はメリエルとともに、喜びに心を満たしながら、輝かしき空間へ足を踏み入れた。


 こうして僕は、メリエルと体を寄せあい、夢にまで見た至上のひとときを全うした。これがローレンス・ヴォン・ヘイレンの、憧れのメリエルと結ばれるまでの記録である。


(完)

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