第14話 花火大会、そして…… その1

 二年前。彼女と出会うまで彼の右隣はわたしの居場所だった。


 それまでわたしは、彼のことをそんな風には思っていなかったかもしれない。何年たっても変わらない関係でいられるなんて子供心に思っていたからだろう、きっと。


 けれど、そんな考えはある時を境に夢なんだと気づかされた。


 わたしが高校生になってやっと新しい日々に慣れてきたころ、わたしは彼のささいな変化に気づいた。いつもわたしが立っていた彼の右隣に彼女が立っていた。最初のころは偶然だと思っていた。けど、そのうちそれが偶然じゃなくて、必然なんだと感じ始めていた。そのころからだろうか、わたしが彼のことを『お兄ちゃん』じゃなくて『先輩』と呼び始めたのは。


 ある日、わたしは初めて彼女と話をした。といっても、こちらから話しかけたわけじゃなく、向こうから話しかけてきたのだ。どうやら、彼からわたしの話を聞いていて前から興味を持っていてくれたらしい。彼がわたしの話をしていたことに嬉しさを感じていた。その反面、彼がわたしのことをどう思っているのかが気になっていた。ちなみに彼女の名前は長谷川紗季と言った。彼と同じ天文部に所属していて、わたしがこの学校に入学するまでは二人だけで活動していたらしい。らしいというのも、もともと彼女──紗季さんはソフトボール部に所属していた。それがちょっとした出来事があってから一緒に活動することになって、星を見たりすることの面白さに気づいたそうだ。どちらにしても、もともと部員が一人しかいない廃部寸前の部活だったから、それも仕方ないのかもしれない。それ以外にも紗季さんはいろんなことを話してくれた。そのほとんどが彼と過ごしたことばかりだった。時折、紗季さんは彼のことを『ハカセ』と呼んでいた。わたしがなんでハカセと呼ぶのか? と尋ねたら、星に詳しいからハカセなんだと教えてくれた。


 それからしばらくして、彼と紗季さんと三人で会うことがあった。もちろん、わたしの居場所には紗季さんが立ち、わたしは自然と紗季さんとは反対の場所に立って歩いていた。三人で歩いていても、彼はずっと紗季さんと話していた。というより、紗季さんが一方的に話していて、彼がそれに相槌を打ったり苦笑いをしたりしていた。


 紗季さんが彼のことをハカセと呼ぶたびに、わたしの中にチクリと小さなトゲのようなものが刺さっていった。彼がハカセと呼ばれること、わたしはそれが嫌だった。まるでその呼び方が二人だけの絆のような気がしたからだ。


 そのころになると、もうわたしの居場所はなかった。そもそも、わたしだけの居場所だと思っていたことが間違いだったのかもしれない。


 本当は彼の右隣は誰のものでもなくて、たまたまそこが空いていたから入ることができた。ただそれだけのことだったのだ。以前までならわたしが、そして今は紗季さんがその居場所に立っている。ただそれだけのことだった。


 夏休みがすぎて二学期が始まる頃に、紗季さんが転校したことを知った。携帯の番号は交換してたし、お互いに電話やメールのやりとりもしていた。なのに紗季さんは誰にも別れを告げることなく姿を消した。もちろん彼にも。


 紗季さんがいなくなったことを彼はひどく悲しんでいた。わたしも紗季さんが急にいなくなったことに腹を立てたりもした。だけど一番腹が立ったのは、紗季さんがいなくなったことに、少なからずとも安心感を感じていた自分自身に対してだった。


 それから彼女がいなくなった穴を埋めるように、彼の右隣には再びわたしが立っていた。わたしはわたしの居場所を取り戻したはずなのに、心の中にあるのは居場所を取り戻したという充実感よりも、紗季さん対する申し訳なさだった。


 あれから二年が経ち、紗季さんが戻ってきた。再び会えることを嬉しく思いながら、だけど、また居場所を取られてしまうんじゃないかと思っていた。


 けれど、わたしも当時の紗季さんと同じ年齢になった。今ならきっとどんなことがあっても紗季さんに立ち向かうことができるだろう。相手は強力なライバルだ。ちょっとやそっとじゃ勝てないかもしれない。それでもわたしは、わたしの居場所を守りたい。それが彼のことを『お兄ちゃん』と呼び、今は『先輩』と呼んでいる、わたしにしかできないことなのだから。

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