ライオンハート~夢追い人のダンディズム~

 みなさんは電車内でのマナーを守っておられるだろうか。

 携帯電話をマナーモードにする。お年寄りに席を譲るなどという初歩的なことでマナーを守っているつもりかもしれないが、電車内には知られざる高度なマナーが存在するのだ。

 たとえば、今の私と同じような状況におかれたとき、みなさんはどういった立ち振る舞いをするだろう。



 まずは、現在私がおかれている状況を説明しなければならない。

 いつものように電車に乗り込みシートに座り込んだのが三分前。もちろん立ち振る舞いにぬかりはない。私はマナーの鬼、あるいはミスターパーフェクトと呼ばれる男だ。まわりに老人がいるならさりげなく席を譲ろうとあたりを見回す。そして正面の席にミニスカートのおねーさんが座っていることに気が付いたのであった。しかも脚をきちんと揃えてなくて、もうちょっとで見えそう。さらにうたたねをしているので膝の力が緩んできている。

 男なら無関心ではいられない状況である。すくなくとも少年のピュアなハートを持ちつづけている男ならば。

 かといって、子供のようにまじまじと見つめるわけにはいかない。少年の心は胸の奥にそっと隠しておくのが男の美学である。大人の男はマナーに従った行動をとらねばならない。

 みなさんには、私が今から示す行動を手本にしていただきたい。滝に打たれ座禅を組みようやく到達した私のマナーの極意を目に焼き付けるのだ。

 まずは、パンツなんか興味ないんだよ、といった態度を装う。こういうときのために私は演劇を学び、最新のメソッドを体得しているのだ。そして、おもむろに雑誌を広げたりする。ここで注意しなければいけないのは雑誌の種類である。くれぐれも三流エロ雑誌などを読まないように。念のために言っておくが一流のエロ雑誌もお勧めできない。一流エロ雑誌ってどんな雑誌なんだ? とふと疑問に思ったかもしれないが、そんな哲学的疑問を考察している暇はない。目の前のおねーさんに精神を集中するのだ。

 精神はおねーさんに、そして視線は膝の上の雑誌に。これがライオンハートをもつ正しい大人のとるべきマナーである。

 ライオンはわが子を千尋の谷底へと突き落とすという。パンツを見たいという自らの欲望を甘やかさず、雑誌の経済記事に視線をさまよわせる強靭なストイシズムが必要である。あせってはいけない。ターゲットはうたたねしているのだ。

 そして、右腕でスナップを効かせ、えぐりこむようにページをめくるその瞬間に顔を上げるべし。あくまでもさりげなくである。そのさい、一瞬の残像を脳裏に焼き付けるべし。

 一瞬にこめられた濃密な時間の密度。その瞬間、男は非日常の時間流のなかにいることを自覚する。トップアスリートたちの光り輝く一瞬と同質の経験である。完全試合を目前にしたピッチャーの最後の一球の瞬間。狙いすましたカウンターパンチが対戦相手のあごを捕らえたボクサーの一瞬。あるいは、百メートル走の記録を百分の一秒縮めたランナーの一瞬……。

 ――もっとも神に近づく一瞬。

 そして、男は気づく。人生で大切なのはパンツが見えたかどうかではないということに。時間を輝かせることの大切さに。

 このようなマナーを守らず、ぶしつけにおねーさんを眺めたり、座席からわざと体をずらしてパンツを見ようとする輩がいることは非常になげかわしい。

 なげかわしいと言えば、電車内での携帯電話のマナーが守られていないことも困る。ほら、となりの兄ちゃんの着信音でおねーさんが目を覚まして、あー! 膝を閉じてしまったではないか。

 電車の中では携帯電話をマナーモードにすることの大切さをわかっていただきたいものだ。 

 

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